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2019年8月20日 (火)

ユリウス・カエサル ルビコン以後――ローマ人の物語Ⅴ/塩野七生

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 「人間ならば誰にでも、すべてが見えるわけではない。多くの人は、自分が見たいと欲する現実しか見ていない」

ルビコン川を渡ったカエサルは、たった5年間であらゆることをやり遂げる。

地中海の東西南北、広大な地域を駆けめぐり、全ての戦いに勝ち、クレオパトラにも出会う。

ついにはローマ国家改造の全改革をなし遂げて、元老院・共和政に幕を引く。

カエサルのリーダーシップや聡明さ、また敗者に対する寛容な態度については前巻に引続き描かれている。

2000年前に古代ローマ現れた英雄、ユリウス・カエサル。

歴史上の聡明な人物との出会いを、本書を通じ存分に味わうことができる。

武将には、全軍の準備が整うのを待って決定的行動を開始する人と、自分がまず行動を開始し、後から追い着く兵士たちを待って決戦にのぞむ人の、二種があるように思う。

ポンペイウスは前者であり、カエサルは後者だった。

カエサルという男は、失敗に無縁なのではない。

失敗はする。

ただし、同じ失敗は二度とくり返さない。

カエサルの考えた「祖国」には、防衛線はあっても国境はない。

本国に生まれたローマ市民の、しかもその中の元老院階級に生まれた者だけが、国政を専有しなければならないとも考えていない。

だから被征服民族の代表たちに元老院の議席を与えて、ローマ人純血主義のキケロやブルータスらの反撥を買ってしまった。

カエサルには、国家のためにつくす人ならば、ガリア人でもスペイン人でもギリシア人でも、いっこうにかまわないのであった。

ただし、カエサルの「祖国」は、ローマ文明の傘の下に、多人種、多民族、多宗教、多文化がともに存在しともに栄える、帝国であったことは言うまでもない。

このような考え方も相まって当時の支配階層の反発を買い、カエサルは暗殺される。

カエサル暗殺の真の首謀者は、ブルータスではなくてカシウスだった。

だが、暗殺グループは、ブルータスがリーダーになることではじめて機能した。

ブルータスには、高潔な精神は不足していなかった。

しかし、キケロの教養が先見性を欠いていたのに似て、ブルータスの高潔な精神も、ローマ人に、進むべき道を指し示す役には立たなかった。

それにしても、もしもカエサルが殺されていなかったら、暗殺直後からはじまって紀元前30年でようやく終わる、混乱と破壊と無秩序と殺戮の13年は避けられたのではなかろうか。

カエサルが暗殺された「3月15日」は、それゆえ、単なる最高権力者の暗殺、ではなかった。

弱気になったときのキケロが吐露しないではいられなかった「不毛の悲劇」であった。

殺した側にとっても、殺された側にとっても。そして何よりも、ローマ世界に住む人々のすべてにとっても。

「人間ならば誰にでも、すべてが見えるわけではない。多くの人は、自分が見たいと欲する現実しか見ていない」。

カエサルのこの言葉、いつの時代でも陥りがちな我々人間の普遍的な行動パターンとして腹落ちするフレーズだ。

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