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2019年9月 9日 (月)

自分を嫌うな/加藤諦三

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 人間はすっ裸で街を歩くことはできないが、心は裸で歩くことができる。それなのに、心について裸に自信のない人は、つい着飾ってしまう。


他人のために、いろいろなことを一生懸命にやるのだけれども、なぜかうまくいかないという人がいる。

その人はまず、自分が何に囚われているかをはっきりさせるべきである。

「自分は愛されていない」という根源的な恐れを持っている人は、人にやたら親切にしたり、お節介をする。

それによって相手から感謝されたり「ありがとう」といわれることによって、「自分は愛されている」と認識したいからである。

そして、自分は愛にあふれた親切な人だと思い込もうとする。

つまり「見た目」と「内面」とは違うのである。

何かを抑圧して生きている人は、まず自分が何を抑圧しているかをはっきりさせ、一日もはやくその抑圧をやめることである。

ナルシシストは、現実をあるがままに受けとることができない。

自分のナルシシズムに適合するように世界を変形して受けとる。

ヒトラーは、自分の信者を発見し、批判者を弾圧した。

そして、自分を神だと信者に思いこませようとしたし、信者もまた神だと狂信したがった。

うぬぼれている人間は、心の底では自分はたいしたことはないと自分に失望している。

自分の無価値感から必死に眼をそらしている。

自分はダメな人間だという感じ方を意志の力で無意識へ追いやっているのである。

人の心を歪めてしまっているのは、ストレートな利己主義ではない。

愛他主義の仮面をかぶった利己主義である。

人の心を歪めてしまっているのは、ストレートな敵意ではない。

敵意を隠した親切である。

人の心を歪めてしまっているのは、ストレートな憎悪ではない。

愛情に擬装された憎悪である。

人の心を歪めてしまっているのは、ストレートな自己本位ではない。

他人本位の底に隠されている自己本位である。

まず、内面に目を向け、自分が何に囚われ、動かされているのか?

それを知ることが大事ということではないだろうか。

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