« ビジョナリー・カンパニー【特別編】/ジム・コリンズ | トップページ | ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか/熊谷徹 »

2019年9月 3日 (火)

古代日本人と朝鮮半島/関裕二

Photo_20190901075101

 田中臣の答えが、興味深い。「そうではない」といい、
「百済は是反覆多き国なり」
 すなわち、百済は信用ならないというのだ。すぐに、約束を違えると言っている。

日本と韓国との関係がうまくいっていない。

「なぜあんなわけの分からないことを言い出すのか」

「なぜ、互いの主張が平行線を辿るのか」

とつい思ってしまう。

本書ではそのような問題意識のもと、せめて、日本と朝鮮半島の関係を、古代にまで溯って見つめ直し、そのヒントを見つけようと試みている。

日本には独自の文化がある。

第一に、青銅器が日本にもたらされる以前、すでに日本列島には、一万年の縄文時代があって、現代人の想像を遥かにしのぐ、独自の文化を形成していた。

第二に、「縄文文化という確固たる基礎」が出来上がっていたので、次から次へとやってくる新たな文物や発想に、すぐに適応していったことだ。

すべてを受け入れるのではなく、取捨選択し、不必要なものには見向きもせず、気に入ったものには磨きをかけ、いつの間にか実物を凌駕してしまった。

つまり、「最果ての地」「吹きだまり」だったことが古から現代に至るまで、日本人の素質を決定づけてきた最大の原因だったのではないかと思えてくる。

結論を先に言ってしまえば、お人好しで戦いに弱く、争いに敗れ追い出されてきた人間が、最後に辿り着いたのが日本列島であり、もう逃げ場がない列島人は、この地でいかに生きのびるかを模索したのだろう。

われわれの御先祖様たちは、他と比べて「弱かった」「お人好しだった」から、豊かな土地をどんどん追い出され、ついに、極東の島国に辿り着いたのではなかったか。

文物の通り道であるがゆえに、つねに隣国の侵略の脅威に怯え続けてきた朝鮮半島の人たちとは、根本的な発想が違っていて当たり前だ。

「文物の通り道(朝鮮半島)」と「最果ての地(日本列島)」に別れた人たちの意思疎通がうまくいかないことは、むしろ当然のことといえるのかもしれない。

« ビジョナリー・カンパニー【特別編】/ジム・コリンズ | トップページ | ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか/熊谷徹 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事