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2019年10月19日 (土)

幸福について/ショーペンハウアー

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 その人がどんなものを所有しようとも、他人の目にどう映ろうとも、そうしたすべてよりも、あきらかに彼にとってはるかに重要なのは、「彼自身にとって彼は何者なのか」ということだ。それこそ、孤独のなかで彼に寄り添い、何人たりとも、与えることも奪うこともできないものである。

ショーペンハウアーは本書で、幸福について述べている。

彼は、私たちの目に映るこの世界は、私たち各人の主観の世界なのだから、各人の脳裏に描かれたその世界はそれぞれ異なるものであると説く。

現実世界のいかなる出来事も、すなわち、人間の心を占めるいかなる現在も、主観と客観という二つの側面から成り立っている。

主観と客観は緊密に結びついているとはいえ、客観的半面がまったく同じでも、主観的半面が異なっていれば、世界はまったく別様なものになる。

客観的半面がどんなに美しく良いものであっても、主観的半面が鈍くて不出来なら、劣悪な現実と現在しか存在しない。

ひとりひとりが生きる世界は、何よりもまず、その人が世界をどう把握しているかに左右される。

世界は、いまこの世界を前にした自分の表象なのだから、自分自身の意識が変われば、見えてくる世界も変わってくる。

彼は、人生の財宝を三つに分けている。

第一の財宝、「その人は何者であるか」ということ。

すなわち、最も広義における人品、人柄、個性、人間性こそが幸福の鍵を握ると明言する。

この第一の財宝には健康、力、美、気質、徳性、知性、そして、それらを磨くことがふくまれる。

第二の財宝は「その人は何を持っているか」ということ。

あらゆる意味における所有物や財産がここにふくまれる。

第三の財宝は「その人はいかなるイメージ、表象・印象を与えるか」ということ。

しかし「その人は他者の表象・印象において何者なのか、すなわち、そもそも他人の目にどのように映るか」というのは、実質的にはその人に対する他者の評価にすぎない。

ショーペンハウアーは、いかに世間の人がこの第三の財宝を重視しすぎているかを指摘し、名誉も地位も名声も、所詮、幻想にすぎないと強調する。

第一の財宝にくらべて、第二・第三の財宝など人生の幸福にとっていかほどのものでもない。

「何者であるか」ということのほうが、「何を持っているか」よりも、はるかに私たちの幸福に確実に寄与する。

その人自身に常にそなわっているもの、つまり「何者であるか」こそ、人生の幸福にとって最も本質的なものだと。

「自分は何者なのか」改めて考えさせられた。

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