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2019年10月20日 (日)

劣化するオッサン社会の処方箋/山口周

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 劣化したオッサンは、なにも一朝一夕にできあがるわけではありません。ワクワクする仕事を追求することもなく、システムから与えられる理不尽さに対して何年、何十年ものあいだ妥協に妥協を重ねてきた結果として、生み出されているのが劣化したオッサンなのです。


本書で用いる「オッサン」という用語は、単に年代と性別という人口動態的な要素で規定される人々の一群ではなく、ある種の行動様式・思考様式を持った「特定の人物像」として定義される。

その思考様式・行動様式とは

1:古い価値観に凝り固まり、新しい価値観を拒否する

2:過去の成功体験に執着し、既得権益を手放さない

3:階層序列の意識が強く、目上の者に媚び、目下の者を軽く見る

4:よそ者や異質なものに不寛容で、排他的

というもの。

本来、社会常識やマナーの模範となるべき中高年が、些細なことで激昂して暴れているわけで、まったくこの世代の人たちの人間的成熟はどうなっているのだろうかと考えさせられる。

「劣化したオッサン」が生まれるのには時代的な背景がある。

昭和の高度経済成長を支えた一流のリーダーたちは、二十代・三十代を戦後の復興と高度経済成長のなかで過ごした。

だから、社会の模範となり得る人材を多く輩出した。

対して、現在の「劣化したオッサン」たちは、同じ年代をバブル景気の社会システム幻想の中で過ごした。

つまり「会社や社会が示すシステムに乗っかってさえいれば、豊かで幸福な人生が送れる」という幻想のなかで過ごしてきた。

これは人格形成に決定的な影響を与えたと思われる。

現在の五十代・六十代の「オッサン」たちは、「大きなモノガタリ」の喪失以前に社会適応してしまった「最後の世代」だというのである。

そう考えると「劣化したオッサン」もまた「時代の子」なのかもしれない。

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