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2020年1月 8日 (水)

アウシュヴィッツの図書係/アントニオ・G・イトゥルベ

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 人類の歴史において、貴族の特権や神の戒律や軍隊規則をふりかざす独裁者、暴君、抑圧者たちには、アーリア人であれ、黒人や東洋人、アラブ人やスラブ人、あるいはどんな肌の色の、どんなイデオロギーの者であれ、みな共通点がある。誰もが本を徹底して迫害するのだ。本はとても危険だ。ものを考えることを促すからだ。

本書は、第二次世界大戦中、ユダヤ人であるがゆえにアウシュヴィッツ゠ビルケナウ強制収容所に送られた少女ディタ・クラウスの実話をもとに書かれた小説だ。

この物語は事実に基づいて組み立てられ、フィクションで肉付けされている。

ディタと両親が収容された家族用キャンプBⅡbは、「死の工場」とも呼ばれたアウシュヴィッツ゠ビルケナウにあって異色な存在だった。

教育も本も固く禁じられていたその場所に、青少年のリーダー、フレディ・ヒルシュは密かに学校を作っていた。

そこにはわずか八冊だけの小さな図書館もあり、先生たちに「授業」のための本を貸出し、一日の終わりに本を回収して秘密の場所に隠すという危険なミッションがディタに託された。

ディタはそれらのわずかな古本を慈しみ、修繕し、ナチスに見つからないように洋服の内側に秘密のポケットを縫い付けて、本を持ち運びした。

本が大好きなディタは、『世界地図』を開いては収容所の柵を超えて世界中を旅することを想像し、『兵士シュヴェイクの冒険』をこっそり読みながら、主人公のドタバタに笑顔になる。

ディタは、恐ろしいナチスの絶滅収容所の中でさえ、生きる意欲、読書の意欲を決して失わない。

なぜなら「本を開けることは汽車に乗ってバケーションに出かけるようなもの」だったのだ。

ホロコーストの惨状は読み進めるのが辛くなるほどだが、この本は間違いなく文学に対するオマージュ、そして文学が人間に与える影響についての讃歌だ。

命の価値が全くない絶滅収容所で、子ども達に勉強と読書の楽しみを与えるために、自らの命の危険もいとわない少女のヒロイズムに満ちた物語は、「自由」の大切さ、「命」の尊さを私たちの魂に訴えかけると同時に、「本の魔法」、「本の力」、「読書のすばらしさ」を再認識させてくれる。

本では病気は治らないし、死刑執行人たちを打ち負かす武器として使うこともできない。

空腹を満たすことも、喉の渇きを癒やすこともできない。

それは確かに事実だ。

人間が生き残るために必要なのは、文学ではなくパンと水だ。

それさえあれば人間は生きていける。

しかしただそれだけでは、人間性は失われる。

もしも美しいものを見ても感動しないなら、もしも目を閉じて想像力を働かせないなら、もしも疑問や好奇心を持たず、自分がいかに無知であるかに思いが及ばないなら、男にしろ女にしろ、それは人間ではなく、単なる動物にすぎない。

人間として生きるとはどういうことなのか?本書はこのことを教えてくれる。

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