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2020年2月16日 (日)

悪者見参/木村元彦

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 そのプレーヤー人生を常に政治に蹂躙されてきたストイコビッチの意志が弾けたのは、後半44分だった。右からのロングボールを左ペナルティーエリア前で受けた妖精は、トラップ一発で相手DFを躱すとFW福田への絶妙のラストパスを通した。
 福田のゴールを見届けた次の瞬間、彼はユニフォームをたくし上げて咆哮した。Tシャツには試合前にひとりシャワールームで記した文字。
「NATO STOPS TRIKES(NATOは空爆を止めよ)」が浮かんでいた。
 この時の私の驚きは尋常ではなかった。何度、水を向けても「スポーツと政治は別だから」と頑なにポリティカルな発言を避けてきたあの男が……。
 否、とすぐに思い直した。もはやこれは政治ですらない。「人を殺すな」というきわめて人道的な叫びではないか。

本書がカバーする1998年から2001年におよぶ3年間はどのような時代だったか。

ストイコビッチの祖国ユーゴスラビアはコソボ紛争、NATO空爆、政変、前大統領の逮捕とつづく史上まれに見る国難、惨劇の時代だった。

それと並行してバルカンを主舞台に繰り広げられるスポーツと政治の不条理劇を、著者は伝えてくれる。

ユーゴスラビア連邦崩壊が始まって以来、この民族に対して国際社会が与えた仕打ちの不公平さはまさに筆舌につくしがたい。

国際法廷で、メディアの世界で。

検証すればするほど覆い隠されて来た意図的なセルビア叩きの歪んだ事実がいくつも見えてくる。

世論はセルビア人だけを鬼か悪魔のように言い募り、もろもろの国際機関は言うに及ばず、日本の平和運動の中ですら、紛争に疲弊したこの民族に対する差別発言はよく見受けられた。

絶対的な悪者は生まれない。

絶対的な悪者は作られるのだ。

本書のタイトル「悪者見参」は、それを表しているのではないだろうか。

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