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2020年3月22日 (日)

性犯罪被害にあうということ/小林美佳

Photo_20200317080401  頂いたメールではっと考え込んだ事がありました。
「痛みを感じる気持ち、危機への対応」です。
 もしかすると、警察、検察、市民は「痛み」ではなく「傷み」と誤解しているのではなかろうかと思うのです。
 その差はどこにあるかと言うと文字通り「痛み」は当事者にしか解らないもので「傷み」は社会的に回復可能な損傷という風に、明確に違いがあると思います。

24歳の夏、著者は見知らぬ男二人にレイプされた。

道を聞かれ、教えようと近づいたところを車内に引きずり込まれた。

犯人はいまも、誰だかわからない。

本書はその後の心の葛藤、闘いについて綴ったものだ。

性犯罪被害にあうということ、これは当人にしかわからない。

周りの人が、妙に分かったようなことを言うのはかえってマイナスになる。

そのことを「痛み」と「傷み」の違いで表している。

「痛み」と「傷み」。

例えば、「針を刺したら痛い」。

その痛みの感じ方は、個人によってそれぞれである。

注射が大の苦手の人もいれば、平気でできる人もいるように。

ただ、多かれ少なかれ、針を刺したら「痛い」はずなのだ。

痛みを我慢できる人・できない人。

我慢できる人が痛くないわけではないだろう。

我慢できない人が大げさなわけでもない。

もしも本当に痛くないとすれば、身体のどこかに故障があって、感覚が麻痺している。

もしくは麻痺してしまうほど身体がダメージを受けている可能性だってある。

つまり、「痛み」には個人の背景や体質等、様々な要素がないまぜになって発生する。

一方「傷み」と表現した場合、それは表面的な外傷という意味合いになる。

「傷」は時間が経てば治る。

しかし、「痛み」は時間が経てば癒されるとは限らない。

最後に著者は、絶対的な「事実」を追求するのではなく、それぞれの中にある「事実」を伝え合うことが、支援であり、私たちが一番求めている「理解」なのではないだろうか、と述べている。

絶対的な「事実」ではなく、それぞれの中にある「事実」

「傷み」と「痛み」の違い。

著者の伝えたかったのはこのことなのではないだろうか。

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