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2020年4月の30件の記事

2020年4月30日 (木)

知っておきたい感染症/岡田晴恵

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 世界的な微生物学者で思想家のデユボスは、『健康という幻想』という名著の中で、「伝染病が流行するには、病原微生物をもってきただけではたりない。流行はみな、なんらかの社会的状況で条件づけられている」と指摘している。
 21世紀は、医療体制が充実し、衛生環境が行き届いている先進諸国であっても、ウイルスの危険と無縁ではいられない。むしろ、人口の過密化、高速大量輸送を背景とし、不特定多数の人々が集っては離散する都市の特性が、感染症に対するリスクを高めている。美しく、豪華である都会の施設が、実はさまざまな病原体で高度に汚染された、または汚染されやすい感染のリスクの高い場所でもあるのだ。

今、世界は新型コロナウイルスと戦っている。

欧米では数万人の死者で出ていることに比べ、日本はまだ数百名単位なのだが、予断を許さない状況であることに変わりはない。

21世紀の現代社会は、風土病がその地域に留まらずに、大陸を越えて流行する疫病に変貌する環境がすでにできあがっている。

世界人口が70億人を超え、高速大量輸送時代を迎えた現在において、実は、感染症のリスクは高くなっている。

現代では、文明の進歩と経済発展とともに人の交流は活発化、広域化している。

その影響が、野生動物の生息する地域にも及び始めている。

密林周囲の村々と近隣の町や大都市が、車や鉄道でつながり、交通量とスピード効率も上がった。

都市には多数の人が密集して生活する場所が形成され、もしもそこに野生動物由来の新興感染症の病原体が侵入すれば、爆発的な流行が起こることになる。

都市で流行が起これば、さらに人の移動によって、病原体が地方にも拡散していく。

コロナウイルスは以前から知られていたウイルスで、さまざまな動物にはその動物特有のコロナウイルスが存在し、気管支炎、下痢、脳炎などの多彩な症状を起こしながら、その動物集団の中で維持されている。

これまで、イヌ、ブタ、ネコ、ウシ、ラクダ、ニワトリ、そしてヒトを宿主とする十数種のコロナウイルスが分離・発見されている。

ヒトのコロナウイルスは、普通の「かぜ」の病原体の5%を占める身近なウイルスであるが、通常患者が重症化することはなく、特別の対応をとる必要のない病原体である。

著者によると、コロナウイルスは、通常、動物の種を超えて感染を起こすことはほとんどないという。

しかし、SARSコロナウイルスやMERSコロナウイルス、そして今回の新型コロナウイルスは、種の壁を超えて人に感染して重症肺炎を起こしている。 

さらに、その感染の原因の病原体は、思いも寄らない遠隔地から航空機で運ばれ、または高速鉄道でやってくる。

そして、いったん発生してしまった感染症は、密集した人々の中で感染伝播を効率良く繰り返し、さらにそれが拡散して、同時多発的な大流行を引き起こす。

これが、21世紀型パンデミックにつながる。

地球人口が70億を突破し、人間という種族のみが突出して増えている状況は、人の中での感染症流行のリスクをこれまでになかったほどに高めている。

このような現状に、我々はそれと認識しないままに、慢心したままの生活を享受しているのではないだろうか。

そして、その平和ボケした意識のままに、感染症の危機管理が楽観的な、甘い被害想定で執り行われているならば、それは、後世に禍根を残すほどに陰惨な健康被害と社会的な影響を引き起こすのではないか。

今回の新型コロナウイルスとの闘い、現代世界に新たな課題を突き付けているように感じる。

コロナ後の世界、どんな世界が待っているのだろう。

目が離せない。

2020年4月29日 (水)

スーパー フリーエージェント スタイル/与沢翼

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 顕在意識が本当の自分だと思うのは間違いで、潜在意識こそが本当の自分であることをよく理解してほしい。

成功者に共通すること、それは潜在意識をうまく使っているということである。

成功者とそうでない人の決定的な考え方の違いは、成功者は「今あるもの」にフォーカスし、いつまでたっても成功できない人は「今ないもの」にフォーカスすること。

潜在意識を意識的に成長させる方法が2つある。

1つ目は、言葉で自分に暗示をかける方法だ。

そこで必要不可欠なのが、2つ目の行動で自分に暗示をかけることだ。

だから、本当に成功したいなら、成功しない自分はありえないことを前提に、「今この瞬間にできることをやる」「未来を先取って体験する」という行動を続けることだ。

そうすると、行動自体が潜在意識を強烈に変革して顕在意識と一致させることができるようになる。

お金がないうちから高級ホテルに泊まり、ダイエットに成功する前からレベルの高い異性を狙い、出版が決まる前から本を書き始めると潜在意識はどうなるか?

「私は高級住宅に住み、素敵な恋人がいて、本を出版できるようなすごい人間なんだ」というふうに、よい意味での勘違いを起こす。

潜在意識は現実と空想の区別ができないからだ。

顕在意識は理由があって結論があるという論理に基づいているが、潜在意識には理由がない。

潜在意識は直観とも読み替えることができる。

こっちがいいと思うからこっちがいい、これは直観による判断だ。

その直観には、膨大な情報を言葉にもできないほどの一瞬で把握して判断を下すというよりハイレベルな脳のプロセスが背景にある。

潜在意識が発する重要なシグナルである直観に従い行動を変えていくと、人生は必ずよい方向に向かう。

なぜなら直観は、自分という存在の中でもっとも優秀なブレインのアドバイスだからだ。

直観で動けば、顕在意識のみに従い論理的に考えて動くよりはるかに正しい道に向かう。

「潜在意識こそが本当の自分である」ことを信じて行動することだろう。

2020年4月28日 (火)

AI以後/丸山俊一、NHK取材班

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 AIはとてつもない発明です。おそらく人間が作り出した中で最も強力な発明品でしょう。なぜなら人間そのものを変えてしまうからです。AIによって私たちは変化し、社会も変化します。 

人間とAIの違いとしてよく挙げられる要素が三つある。

一つ目は意識。

現在のところ機械は意識を持っておらず、意識を持たせる方法も見つかっていない。

二つ目は感情。

機械には感情がない。

機械に感情を持たせるべきなのか、どのような感情を持たせたいのか、機械自体が何かを感じる必要があるのか、それとも感情を計算できれば十分なのか、答えは出ていない。

機械自体が感じる必要があるか。

それとも様々な感情を計算して反応できれば十分なのか。

三つ目は計画と想像をする能力。

計画と想像については、機械はそれほど高い能力を持っていない。

この三つが合わさることで、人間は物事に意味を見いだし、相手を理解することができる。

この意味づけと理解する能力の有無が、AIと人間の基本的な違いだ。

AIによって世界はどう変わっていくのだろう。

脅威論として一番多いのはAIが人間の仕事を奪っていくというもの。

産業革命では基本的に、肉体労働者の仕事が人間より頑丈で仕事を手際よくこなせる機械に置き換えられた。

AI革命では、頭脳労働者の仕事が人間より賢い機械に置き換わることになるだろう。

これは大惨事になると考える人もいる。

私たちは仕事によって収入・目的・友達を得る。

でも、逆に考えれば、収入、目的、友達、この三つを維持することができれば、AIとの未来は素晴らしいものになるかもしれない。

いずれにしても、AI革命によって未来は確実に変わっていくのは確かなことなのだろう。

2020年4月27日 (月)

人生を変える単純なスキル/豊田圭一

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 世の中はびっくりするくらい「やると言っておきながらやらない人」がたくさんいます。だからこそ、「やる人」の信用はどんどん上がっていきます。

絶対に身につけた方がいいビジネススキルを1つだけ挙げるとしたら何か?

それは「すぐやる」というスキルだと著者はいう。

すぐやる人って、実はそんなに多くない。

だから、すぐやる人になれば、周囲から抜きん出た存在になる。

「できない理由」を考える前に、「できる方法」を考える。

そうすると、脳はいつもできる方法を考えるようになる。

フェイスブックの社内にこんな言葉が貼ってあるそうだ。

Done is better than perfect.(完璧を目指すより、まずはやってみよう!)

「すぐやる」スキル。

万国共通で求められるビジネススキルということであろう。

 

2020年4月26日 (日)

小池一夫のキャラクター創造論/小池一夫

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 ちょこんと座っているキャラクターがピョコンと立ち上がるのではなく、キャラクターとともに、それをとりまく事件や事態、もっと言えば物語世界自体が起ち上がる。
 だから、「キャラクターが起つ」なのです。

「キャラが立つ」という言葉をよく聞く。

本書を読んで、「ああ、そういうことだったのか」と腹落ちした。

作者はまず「キャラクターを創る」のだという。

物語の主人公となるキャラクターに関することを、考えて考えて、考えぬいていく。

名前や見た目、年齢、性別、生い立ち、職業、家族、交友関係、好き嫌い、好物と苦手、夢、性格、趣味、能力、持ち物、くせ……。

考えて、考え抜いて……そしてキャラクターに「話しかける」。

キャラクターから返ってくる言葉に「耳を傾ける」。 

「まず悪より始めよ」――物語の発端は、事件はまず「悪いこと」が起こることから始まると考えてみると、物語が創りやすくなる。

事件が起これば、作者にも読者にも「主人公がやるべきこと」「進むべき方向」はおのずとわかってくる。

対称的な性質と役割を持つ、主人公と敵役を同時に創っていき、敵役に先に「悪いこと」すなわち、事件の発端を起こさせる。

主人公はその事件の《謎》を追いかけていく。

それだけで、もう面白いお話が簡単に出来てくる。

そして、読者には伝るべき情報を伝えなければならない。

そんな時、ナレーションの字幕を使うのはあまり良い手ではない。

ではどうするのか。

もう一人、主役や敵役の周りをウロチョロしている、お喋りな奴を創る。

これが「キャラクター・メソッド」の基本中の基本である《主役》《敵役》《引き回し役》だという。

著者はこの三つの役を「キャラクターの三角方程式」と呼んでいる。

キャラクターを創り、《リドル》=謎を創って、それを追いかけさせる。

《リドル》=謎は主人公や敵役のキャラクターだけでなく、さまざまなものにくっついている。

不可思議な事件、いわれのある古いアイテム、その世界の秘密、そして主人公自身のキャラクター……。

人の心を掴んで離さない《リドル》を、魅力的なキャラクターが追いかける。

それが物語を創るコツであり、両輪であると言えるという。

本書を読んで作者にとってキャラクターを作ることがいかに重要であるかが分かった。

2020年4月25日 (土)

シンクロニシティ/ジョセフ・ジャウォースキー

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 本書のなかで述べたすべての経験やすぐれた人々との出会いを通じて、私は、「予測される奇跡」を生みだしうるリーダーシップは「行動」よりむしろ「あり方」に関するものだという結論に達した。それは私たちの個性の方向性に、すなわち精神活動の状態に関するものでもある。

いくつかの出来事が信じられないような方法で同時に起きたり、支配はおろか予測さえしえなかった出来事が、私たちを進むべき道へとまっすぐ導いてくれるように思えたりすることがある。

ものごとのそうした現象を表す言葉のうち、最もふさわしいものが「シンクロニシティ」だ。

C・G・ユングの古典『シンクロニシティ』では、「二つ以上の出来事が重要な意味を持って同時に起こること。そこには好機の到来以外の何かが関わっている」と定義されている。

では「シンクロニティ」のために何が必要か。

それはリーダーのあり方だ。

人々を「シンクロニティ」にいざなうのは、「行動のしかた」ではなく「あり方」に基づいたリーダーシップだ。

リーダーがするべき最も重要な選択は、奉仕することだ。

それがなければ、人々をリードする能力は恐ろしく限定されたものになる。

その選択はいわゆる「行動」とは異なっている。

それは「するべきこと」ではなく、「あり方」を表すものなのである。

リーダーシップとは、人類が絶えず現実について理解を深め、あらゆるものがつながり合う世界にしっかり参加できるようになる「場」を創ることに関わるもの。

究極的には、新たな現実を創り出すことに関わるものなのである。

これまでとは違う心のあり方を持って行動すると、一心に取り組むことについてもまったく違った意識を持つようになる。

そして新しい取り組み方が作用するようになると、自分の周囲に流れが生じる。

さまざまなことが自然に起こるようになる。

つまり「シンクロニシティ」と呼ばれるものを経験するようになる。

宇宙というつながり合う世界に足を踏み入れようと思うなら、私たちは人生を支配しようとするのではなく、むしろ人生の流れに身をゆだねなければならない。

人生とそのすべての可能性に心をひらき、次のステップが示されたらすぐに歩み出す意志があれば、人生の大きな糧となってくれるすばらしい人たちに出会えるようになる。

「あるのは、やり方ではなく、あり方だ。」

これは老子の言葉。

リーダーシップについての従来の考え方では、立場上の能力や際立った成功に重点が置かれていた。

しかし真のリーダーシップとは、人々が絶えず学び、出現する未来にもっとしっかり参加する場を創り出すものだ。

そして真のリーダーは、「予測される奇跡」が、シンクロニシティといって然るべきものが起こりうる、そして現実に起こる、そんな舞台を設定する。

つまり、深遠な真のリーダーシップとは、この世界に現れようとしているものに集団で「耳を澄まし」、次いで、求められることを思いきってすることなのである。

この世界を秩序だてている原理は「つながり合い」であり、それは「客観的実在性」より根本的なものである。

そして、この新しい認識こそ、リーダーシップを論じるうえで欠けているものだ。

私たちは、リーダーが「行う」こと、すなわちリーダーシップの種類や機能については絶えず論じているが、リーダーシップの「あり方」という側面についてはほとんど重点を置いていない。

リーダーシップとは「あり方」だという著者の考え。

私も共感できる。

特に、今のような新型コロナによる非常時。

リーダーの「あり方」が問われているのではないだろうか。

2020年4月24日 (金)

U理論/C・オットー・シャーマー

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「世界は急速に変化しており、未来を予測することはできません。新しい能力が必要です。何が起きているか、どんな集合的な対応が考えられるかを理解する能力です。それは、意味を理解する能力であり、分析ではありません。なぜなら、分析よりも広い範囲のデータと情報源を活用するからです。Uラボは、自分たちの周りで起きていることの意味を理解し、未来の可能性を感じ取り、物事をこれまでと違う方法で行う能力を身につけるのを助けてくれるのです」

U理論とは、過去の延長線上ではない変容やイノベーションを、個人、ペア、チーム、組織、コミュニティ、社会といったさまざまなレベルで起こすための原理と実践の手法を明示した理論だ。

学者、起業家、ビジネスパーソン、発明家、科学者、教育者、芸術家など約130名の革新的なリーダーたちに対するインタビューから生み出された。

Uプロセスの5つの動きは次の通りだ。

共始動(Co-initiating)……共通の意図を明らかにする──最初の器を作る。

共感知(Co-sensing)……システムの周縁部から現実を観る──横のつながりを確立する。

共プレゼンシング(Co-presencing)……自分の最高の可能性につながる──縦のつながりを確立する。

共創造(Co-creating)……行動を通して学ぶためにプロトタイプを作る──新しいものを現実のものにする。

共形成(Co-shaping)……新しいものを具現化し、組織化する──より大きなエコシステムを進化させる。 

変わるときには、源、自らの気づきが変化のスタートになるという点は共感できる。

Uを移動するうえで最も大きな障害は自分の内側から現れる。

自分自身の抵抗から、過去にしがみつくことから生まれる。

Uを降りていくためには、評価・判断の声、諦め・皮肉の声、恐れの声を保留する必要がある。

この三つの形の抵抗に対処するためには、好奇心、共感、そして勇気を養うことが求められる。

煎じ詰めるとこういうことになる。

重要な決定をするときは、決して心の声を過小評価してはならない。

状況によって呼び覚まされ、そこに波長を合わせることができるのは、感情の質である。

それは場について実に多くのことを教えてくれる。

重要な岐路に立ったとき、心の声に従うと、それはいつも正しい道を指し示してくれる。

頭ではわかっているけど、どうしても事実の認識、今までの思考の枠にとらわれることがある。

だから対話が重要になる。

対話によって気づきを促し、一歩一歩進んでいく。

コーチングにもつながる考え方だと思った。

2020年4月23日 (木)

両利きの経営/チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン

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 企業活動における両利きは、主に「探索(exploration)」と「深化(exploitation)」という活動が、バランスよく高い次元で取れていることを指す。

今、企業に求められるのは、両利きの経営だという。

両利きとは、主に「探索」と「深化」という活動が、バランスよく高い次元で取れていることを指す。

なるべく自身・自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうという行為が「探索」である。

探索によって認知の範囲が広がり、やがて新しいアイディアにつながる。

しかし、探索は成果の不確実性が高く、その割にコストがかかることも特徴だ。

一方、探索などを通じて試したことの中から、成功しそうなものを見極めて、それを深掘りし、磨き込んでいく活動が「深化」である。

深化活動があるからこそ、企業は安定して質の高い製品・サービスを出したり、社会的な信用を得て収益化を果たすことができる。

組織の観点でいうと、深化がマネジメントの問題だとすれば、探索は基本的にリーダーシップの問題である。

マネジメントは確実に列車を定時運行させるのに対し、リーダーシップは適切な目的地に列車を確実に向かわせる。

マネジメントは実践を、リーダーシップは戦略と変革を扱う。

長い時間をかけて組織を成功へと導くためにその両方が必要だ。

両利きの経営では、リーダーたちは優れたマネジャーかつ優れたリーダーでなくてはならない。

変化に直面して成功するために、組織は両方を兼ね備える必要があるということであろう。

2020年4月22日 (水)

新装 版問題解決のためのデータ分析/齋藤健太

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 データ分析は、定量的に証明されている、という強い説得性を持つので、意思決定をする際にとても役立ちます。

問題解決のプロセスで大切なことは、「問題の本質は何なのか」を明らかにすること。

つまり、「現状」と「あるべき姿」を分けて考え、あるべき姿に近づくためには、現状において何が真の問題なのかを突き止め、それらに必要な打ち手を構築して、問題をひとつずつ潰していく。

問題解決のアプローチで最も重要なことは、打ち手を決定するために問題の原因を特定すること。

一体どこに原因があるのか、どこをどうやって改善したらいいのか?

それはデータを分析することから見えてくる。

データ分析をしていくことで、複数の仮説の中から優先順位をつけていき、確度の高い打ち手を絞り込むことができるようになる。

データ分析をすると問題が定量化される。

それによって説得力を持つものになる。

本書に載っているデータ分析の手法、

そのうちのいくつかは身に付けたいものだ。

2020年4月21日 (火)

ベゾス・レター/スティーブ・アンダーソン、カレン・アンダーソン

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 ほとんどの場合、欲しい情報のうち7割くらいが得られたら、おそらくもう決定すべき時期です。9割になるまで待っていたら、たいてい手遅れでしょう。それに、決定が間違っていたときにすぐ気づいて修正する能力は、どちらにしても必要です。軌道修正に長けていれば、間違えたとしてもそれほどコストはかかりません。ですが、時間がかかるほど必ず高くつくのです。 

ペゾスの特徴、それはリスクとの向き合い方だ。

リスクに関する行動には、2種類しかない。

やるリスクとやらないリスク、つまり、リスクをとるかとらないか。

その2つしかない。

ペゾスががアマゾンを創業したのがどういう時代だったか。

「クラウドコンピューティング」なんてものはなかった。

インターネット接続業者として選ばれていたのはネットスケープだったし、ようやくDVDが登場し始めたばかり。

動画のストリーミング配信は20年後のことである。

ベゾスが仕事を辞めてオンライン書店を始めたのは、そういう時代だった。

ベゾスは、リスクをとって事業を始めた。

持っていたのは、ドットコムビジネスのアイデアと、かき集めた資金と親からの借金だけだった。

しかし、そのアイデアからアマゾンが生まれた。

アマゾンは世界中が知っている会社になり、ベゾスは世界一裕福な人物になった。

ペゾス・レターを読むと、ペゾスがいかにリスクをとってきたかがわかる。

ベゾスにとってリスクは、どんな犠牲を払ってでも避けるようなものではない。

リスクへの投資は、事業を進めるために欠かせないコストだ。

ごく早い段階から、ベゾスには見えていたことがある。

リスクに挑んで、リスクに投資して、あえて「失敗」するチャンスを生み出さない限り、成長もできなければ、広い視野を持てるようにもならないということだ。

ベゾスはたしかに、リスクを学びと成長への道として受け入れている。 

ベゾスはリスクの達人なのだといえよう。

2020年4月20日 (月)

出世したけりゃ 会計・財務は一緒に学べ!/西山茂

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 アカウンティングとファイナンスの2つは、企業の立場から、また投資家の目を通して、企業の状況を客観的につかむツールとしてビジネスパーソンが理解しておくべきものです。

数字で経営を語ることは、経営幹部であればどうしても必要になる。

アカウンティングとは、企業の状況を外部へ報告するために、そして企業内部での経営管理のために数字を活用していくもの。

一方でファイナンスは、外部の投資家の立場で、数字を使って企業を評価していくためのもの。

販売管理費を差し引いた本業の成果を表す売上高営業利益率だ。

世界の優良企業の多くは、通常10%程度の売上高営業利益率を確保している。

本業とは別に毎年発生する損益である営業外損益まで含めた経常利益率だ。

ここで利益が大きく落ち込む場合は、預金の受取利息などが少なく借入金や社債の支払利息が多いなど、財務が弱い可能性もあり注意が必要。  

販売費及び一般管理費に含まれる費用は、営業、マーケティング、管理部門のコストだ。

人件費の比率が高い場合は、これらの部門の従業員の数が多い、年齢が高い、給与が高い可能性がある。  

営業外損益の合計がプラスの場合は、一般的に借入金などの支払利息よりも預金や株式からの受取利息や受取配当金が多いことを意味する。

借金が少なく預金や株をかなり保有しているといった、財務面の安全性が高い企業である可能性が高くなる。

このように各指標の意味するところを押さえることによって、会社の経営状況を把握することができる。

ビジネスパーソンも出世したければ、これらの数字の意味するところを知る必要があるのではないだろうか。

2020年4月19日 (日)

窮地にいるエンジニアは、ズルい処世術で困難を突破する/佐々木康介

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 付け焼き刃の努力が通用するほど、エンジニアの仕事は甘くない。真面目さだけでは補えない実力不足を埋めるためには、「ズルさ」が必要だ。

「ズルさ」は悪い意味で語られることが多い。

しかし、仕事で結果を出している人は、ある意味「ズルさ」を身に付けている。

例えば、自分がやるべきことだからといって、自力だけで解決しようとしなくていいことがある。

「自責」と「他責」を履き違えている人も、問題の急所を見失いやすい。

なんでも「自責」で考える人は、何でも「他責」で考える人と同じくらい危うい。

真面目過ぎる人というのは、自分で何でも抱え込んでしまって潰れてしまいやすい。

そんな真面目さは危うい。

ズルくて要領がいいというのは悪ではない。

むしろ、今の働き方改革は要領よく仕事をすることの意味でもある。

仕事の効率化はある意味ズルく仕事をすることだ。

楽をして結果を出せるならそれが一番良い。

仕事ができる人は楽をするのもうまい。

それは、苦しいことがお金になるわけではないと知っているからだ。

だからこそ会社は要領が悪い人ではなく、要領がいい人を出世させる。

世の中は正攻法だけで生き残るのは難しい。

実力不足でどうにもならないこともある。

真面目さだけではどうにもならないこともあることを知るべきだろう。

2020年4月18日 (土)

図解 人生がうまくいく人は図で考える/久恒啓一

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 仕事を図解するとは、作業の流れや組織図を描くことではない。問題点はどこにあり、どうすれば解決し、「私」にとって今後、仕事はどのようになっていくか、そのためのヒントを探し出すところにある。それこそが、仕事を図にするときの基本だ。

なぜ、図で考える人は人生がうまくいくのか。

それは図で考えることによって全体を俯瞰してみることができるからだと思う。

私たちは物事を考えるとき、どうしても細部にとらわれてしまう。

しかし、それでは問題解決につながらない。

「問題解決能力がある」というのは、現在の関係を「分析し把握する能力」とともに、「新しい関係を築いていく力」が合わさったものだからだ。

また、図で考えることは、文章を書くためにも役立つ。

いい文章をひと言でいえば、「簡にして明」、これである。

正確で間違っていないことは当たり前であるが、まず「わかりやすさ」が必要だ。

これは、相手に文章の要旨を正確に伝えるため、簡潔で、文意がはっきりしている文章がいい。

誤解のない伝達、誇張した表現のない内容。

これら「簡」にして「明」な文章が望ましい。

また、短い文章で、相手がすぐに読めるような文章もいい。

これは、「短」と言われる文章のあり方だ。

また、「薄」であることもいい。1枚でまとめたいところだ。

キーワードを抜き出し、その関連性を1枚の図にまとめ、それを文章にすれば、「簡」「明」「短」「薄」の条件を満たした文章を書けるのではないだろうか。

うまい下手は別にして、図で考えることを習慣化することは重要ではないだろうか。

2020年4月17日 (金)

新訳 ハイパワー・マーケティング/ジェイ・エイブラハム

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 見込み客やクライアントのリスクを取り除けば、行動へのハードルを下げることができ、購入時の主な障害物を取り除くことができます。これこそが、あなたのしなければならないことです。クライアントとの取引では、常にあなたがリスクを負いましょう。

「取引では必ず自分がリスクを取る」という考え方は重要だ。

クライアントはどうして行動できないのか。

それはリスクがあるからである。

もし、そのリスクを自分がとれば、クライアントの行動へのハードルを下げることができる。

ビジネスを大きくする方法は、たった3つしかない。

第1に、クライアントの数を増やすこと

第2に、クライアント1人あたりの平均販売額を増やすこと

第3に、クライアントが購入する頻度を増やすことである。

そのためにはクライアントのリスクをいかに減らすかがポイントになる。

これを考え形にするだけでもビジネスは大きくなるのではないだろうか。

2020年4月16日 (木)

メンタリング・マネジメント/福島正伸

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 メンターを一言で定義すれば、「相手が自発的に自らの能力と可能性を最大限に発揮する自立型人材に育成することができる人」と言うことができます。さらにわかりやすく、「相手をやる気にさせる人」と言ってもかまいません。

メンタリング・マネジメントとは、メンターによって社員一人ひとりの無限の可能性を引き出し、企業の生産性を最大限に高めようとする経営手法のこと。

メンターという言葉は、ギリシャ神話に出てくる老賢人「メントール」がその語源であると言われている。

1980年代に不況のアメリカで、成長した起業家が自分を精神的にも支援してくれた方々を、敬意を込めてメンター(Mentor)と呼ぶようになったことが、メンターという言葉が広まるきっかけになった。

管理の基本概念は、「恐怖」によって人を動かすこと対して、メンターの場合は「尊敬」によって人を動かすこと、と言うことができる。

人材育成は、テクニックで行おうとすればするほど、難しくなっていく。

そもそも、人材育成はテクニックではできない。

テクニックは、それがただのテクニックであることを見破られた時に、効果がなくなるばかりか、信頼関係までなくなってしまう。

人が最も影響を受けるのは、テクニックではなく、自分のまわりの他人の生き方だ。

人は人によってしか、育てることはできまない。

つまり、人が育たないすべての原因は、育てようとするリーダー自身の側にあると考えることが必要。

相手のせいにしたところで、何も解決することはない。

要は、人材の育成のためには、自分が見本になればいいのだ。

相手に対してどう接するかということは、あまり重要な問題ではない。

それよりも、本当に重要な問題は、相手の前で自分がどう生きるかということ。

そして、信頼され、尊敬されてこそ、はじめて相手はこちらの話をすべて真剣に聞いて、自らを成長させていく。

人は自分の力で成長しようとしない限り、成長することはできない。

その思いを起こさせるのがメンターの存在ということではないだろうか。

2020年4月15日 (水)

新しい顧客戦略の教科書/斉藤徹、伊藤友里

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 透明性が高い時代のリーダーは、つねに情報をシェアし、顧客や従業員を尊重し、仕事を任せると同時に失敗を認め、自らも好奇心を持ち続けることが必要

ソーシャルシフトの入門書として物語調で書かれていて、分かりやすい。

ソーシャルシフトによって、企業と生活者の新しいコミュニケーションのカタチが生まれ、ウソがつけない透明な時代の経営改革が求められるようになった。

ソーシャルメディアの普及で、企業と生活者のコミュニケーションのあり方が劇的に変わり、企業にとって不都合なこと、隠しておきたい内実まで白日の下にさらされる時代になった。

ウソや隠しごとが通用しない透明な時代には、企業はつねに誠実でオープンであることが求められる。

従来の隠蔽体質を改め、裏表なく生活者に愛されるためには、組織のあり方そのものを見直さなければならない。

透明な時代に生き残るための抜本的な経営改革、それがソーシャルシフトだ。

ソーシャルメディアの普及によって、社会は驚くほど変わった。

たとえば、リアル店舗を持つ小売業にとって、一番大切な顧客接点は売り場だ。

本部がすべてをコントロールする統制型の組織から、現場が大きな権限を持つ分散型の組織へ。

店長をはじめ、顧客接点の最前線にいるパートやアルバイトが自ら考え、自ら創意工夫できる組織を目指す必要がある。

あらゆる接点で顧客の声を吸い上げ、それを共有し、自分たちの責任において「お客様にとって価値あるものは何か」を議論する。

その結果、お客様に新しい価値を提供できるようになる。

新しい時代は、そんな謙虚で、かつ相手から献身と責任感を引き出すリーダーリップが求められてくるのではないだろうか。

2020年4月14日 (火)

OODA LOOP/チェットリチャーズ

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 軍でも企業でも、戦略にとって決定的に重要な要件は、ボイドのいうOODAループを高速で回すことのできる能力であり、このことは非常に多くのデータが示すところである。特に、このループを競合他社よりも高速で回すことができれば、その企業は顧客の嗜好形成に大きな影響を与えることができる。

OODAはObseve「観察」、Orient「情勢判断」、Decide「決定」、Act「実行」の略。

OODAループは勝利するためにスピードを重視し、変化に対応するだけではなく、変化自体を作り出すことを目指している。

そのため極端には、Decide「決定」を除いたOOAループ状を理想としている。

これを可能にするには組織内の相互信頼、皮膚感覚、リーダーシップ契約、焦点の方向性を必要とする。

これは日本に古くからある「あうんの呼吸」と「現場力」に通ずる。

PDCAサイクルは不確実性が低いがゆえにその行動は反復的であるのに対し、OODAループはその逆であり、創発的な行動が主となる。

対応の重点は、PDCAサイクルは計画を緻密に行う事前対応、OODAループは計画ではなく事実を観察したうえでの対応、すなわち事後対応を重視する。

したがって、扱うデータは、PDCAサイクルでは予測データが主になるのに対し、OODAループの場合は事実データが問題になる。

OODAループが有用なのは、不確実性が高く情報の信頼性も低い領域であり、そこでは計画から入るのではなく、まずは観察が重要になる。

PDCAサイクルがどちらかといえば演繹的アプローチであるとすれば、OODAループは帰納的ないしは仮説形成的なアプローチになる。

帰納ないしは仮説形成では、まずは事実の観察(Observe)が出発点になる。

そこから何らかの判断をし(Orient)、決断し(Decide)、行動に移す(Act)。

PDCAサイクルは計画(Plan)が重視されるのに対し、OODAループでは特にビッグOと呼ばれる情勢判断(Orient)が鍵となる。

変化が激しく、未来が予測不能なのが現代であるなら、現代はむしろOODAループは有用だといえるのではないだろうか。

2020年4月13日 (月)

飲食業界成功する店失敗する店/重野和稔

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 利益をだすには、原価と人件費のコントロールが重要です。原価、人件費、実質利益、この3点に注目して数字をコントロールしていきましょう。

飲食店はよくつぶれる。

私の近くにあるスポットも、飲食店が半年に1回くらいつぶれては、新しい店が出店している。

ある金融機関の非公式なデータによると、東京23区内に新規出店した飲食店の約9割が、1年以内に資金繰り悪化し、返済が滞るという

そして、約3.5割が1年以内に閉店する。

ある飲食店向け不動産サイトによると、2年で約6割、5年で約8割の飲食店が消えてゆくという。

生き残るが難しい業界なのである。

飲食店のオーナーは独立してからやることは山積みだ。

日々の営業はもちろん、閉店後の清掃や仕込み、後片付けやレジ〆、

そして空いた時間にSNSなどの営業活動やメニュー考案、

給与計算や諸々の支払い、スタッフ教育や打ち合わせなど。

いわゆる日々のマネジメントの仕事。

これらには知識や論理思考が必要になる

そして、飲食は五感に訴える感性の世界だ。

料理の味や盛り付け、見た目がおいしそうになるような食器とのマッチング。

内装、ユニフォーム、装飾品にいたるまで、

すべてを調和させることができるよう、五感を研ぎ澄ましていくことが必要とされる。

感性とマネジメント、この相反する要素を融合させることが飲食店のオーナーには求められるということであろう。

2020年4月12日 (日)

コンサルタントの教科書/和仁達也

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 社長がコンサルタントに求めていることは、「見落としていた盲点に気づかせてもらうこと」です。

コンサルタントは指導しアドバイスするのが仕事だ。

ただし、教え癖がついてしまい、それが鼻につくようになるとよくない。

実際に経営しているのは社長。

それを外部の者からあれこれ言われて面白いわけがない。

それより大事なことは質問すること。

上手にポイントをついた質問をし、重要なことに気づかせること。

このスキルがコンサルタントには求められる。

著者は「ビジョナリーコーチング」と名づけているのだが、4つのことを順番に聞いていくことをすすめている。

すると、雑談みたいな会話も不思議とコンサルティングっぽくなり、話が前に転がり始める。

第1ステップは「タイトルを決める」ということ。

「今日は、何についてご相談に乗りましょうか?」

「今からのセッションで扱いたい最重要課題は、どんなことですか?」

という感じで聞いていく。

第2ステップは「現状を知る」こと。

そのトピックの現状がどうなっているのか、を一通り相手に話してもらう。

もちろん、ここは相手が話をしやすいように、こちらが「社員数は?」「売上は?」「シェアは?」など、視点を与えてしゃべりやすくしてあげる必要がある。

第3ステップは「理想を知る」こと。

社長にとって、どうなっていたら理想的なのか、を一通り話してもらう。

最後の第4ステップは、「理想に近づくための条件を探す」。

つまり、「どんな条件が整えば、理想に近づくと思いますか?」と尋ねていく。

そして第4ステップの時に、さらに3つの視点から見ていく。

それは、「能力」「行動」「環境」の3つ。

これは使えそうだ。

コンサルタントは、言葉を使って人に影響を与える仕事。

それだけに「相手をやる気にさせる言葉」を当たり前に使いたいものだ。

2020年4月11日 (土)

超★ドンブリ経営のすすめ/和仁達也

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 社長が会社を経営する上で、決算書が読めなくても、数字に苦手意識を持っていても大丈夫です。なぜなら、「決算書や数字が正確に読めること」と「正しい経営判断ができること」は別の能力だからです。

ドンブリ経営は悪い意味で使うことが多い。

しかし、これを細部をこだわらずポイントを押さえて経営していると解釈すると違った意味になる。

数字を読むといった場合、決算書の細かい数字までキチンと読めなければならないと受け止めてしまいがちだ。

だが、数字を読みこなそうとするあまり、正確さや細部にとらわれてしまって、全体像が見えなくなってしまうという落とし穴にはまっている人は多い。

会社のお金と上手につきあっていくためには、たった2つのツボを押さえておくだけで十分だと著者はいう。

ひとつは「お金の流れの全体図をビジュアルで理解する」こと、

そしてもうひとつは、「判断する基準を持つ」ことだ。

そのためには、「売上」「変動費」「利益」「人件費」「税引き後利益」「減価償却費」「返済できる上限額」という7つを知ること。

これらを基に図が描くこと。

これだけで、お金の流れの全体図をビジュアルで理解する判断するための基準を持つことにつながるという。

これはぜひ実践したいと思う。

2020年4月10日 (金)

超訳 老子の言葉/田口佳史

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 人の生まるるや柔弱なり。其の死するや堅強なり。万物草木の生ずるや柔脆なり。其の死するや枯槁す。故に堅強なる者は死の徒、柔弱なる者は生の徒なり。(戒強第七十六)

上記老子の言葉の超訳は、

人間をはじめ万物はみな、生まれたときは柔らかく、死が近づくにつれて堅くなっていく。

つまり、柔弱なものは生、堅強なものは死に分類される。

それなのにどうして、この世には「堅強であることがすばらしい」という価値観がまかり通っているのか。

本当の強さは柔弱にこそあるのだ。

といったもの。

つまり、本当の強さは、軍隊なら敵の攻撃をうまくかわせる柔軟さ、

樹木なら風の強さに応じて「柳に風と受け流す」しなやかさををいう、

としているのである。

老子は、何でも、ただ努力すればいいというものではないという。

努力のしすぎは、かえってすべてを壊してしまう。

と、このように、通俗的に言われていることの反対のような、しかし真理にもとづいた忠告を与えてくれる。

老子は、社会の外から社会を見ている。

つまり、宇宙からこの地上を眺めているような視点で語られている。

ひどく客観的に、全体的にわれわれ人間やこの人間社会を見ているので、それだけ本質をついていると言っていいだろう。

生きていく中で行き詰ってしまったとき、老子の言葉は別の視点を与えてくれるのではないだろうか。

2020年4月 9日 (木)

富と幸せを生む知恵/渋沢栄一

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 私は、自分で天の使命を受けている者であるという信念を抱いているから、どんな困難と闘ってもちっとも苦痛ではない。国家・公共のために尽くすのは自分の使命であると信じているから、自分の利益を犠牲にすることがあっても、不快を感じることはない。

本書は、日本の近代資本主義の父・渋沢栄一の著作『青淵百話』から抜粋し現代語にしたもの。

一貫しているのは、国家のため、社会のためにその力を尽くすべきだという信念。

そして、人間にとってもっとも大切なものは、人道であるとも述べている。

これさえ失わないように努力すれば、真の幸福は間違いなくその人の身辺に集まるといっている。

渋沢の場合、その言葉と行動が一致しているということ。

「武士道と実業道はどこまでも一致しなければならない、また一致できるものである。」

「人がこの世に生まれてきた以上、自分のためだけでなく、何か世のためになるべきことをする義務がある。私はそう信じている。」

「人間の幸福は、自分一人で得たと思うのは大きな誤解である。社会の力の恩恵によるものが大きく、自分一人の知恵によるものではない。だから社会の恩恵を忘れてはならない。」

「道理に合っているという立場で国家社会に利益をもたらす仕事をして、一千万円の利益を得たというのなら、これこそまさに天地に恥じない行為で、これを真の成功と呼ぶのである。」

「人がこの世に生まれてきた以上、自分のためだけでなく、何か世のためになるべきことをする義務がある。私はそう信じている。」

100年たった今も全く色あせない。

まさに珠玉の言葉の数々だ。

2020年4月 8日 (水)

孫正義奇跡のプレゼン/三木雄信

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 孫正義によれば、「戦略とは情報を徹底的に集め、枝葉を除去し一番太い幹になるものだけに絞り込み、これをやらなければならないという急所を見つけること。つまり戦略の本質は、『略』すること」と定義されている。

ソフトバンクの快進撃の大きな要因は、孫正義のプレゼンテーション力にあると著者はいう。

もそもソフトバンクは、その創業自体が孫正義のプレゼンテーション力から成り立っている。

まず、アメリカで孫正義が自分で発案した「音声付き電子翻訳機」を実現するために、米カリフォルニア大学バークレー校の教授を成功報酬で口説いたのもプレゼンテーションによる交渉だった。

ソフトバンクのヒストリーは、「金もない」「ブランドもない」「接待もしない」で成功するために、孫正義のプレゼンテーション力が徹底的に発揮されてきたヒストリーだと考えた方がいい。

こうした不利な状況でも、孫正義が多くの新規事業・提携を成功させてきたのは、プレゼンテーション力そのもののすごさによる。

孫正義は、交渉するときにスライドを必ず持参する。

このため、プレゼンテーション案を練ることと交渉の戦略を考えることは表裏一体のものとなっている。

プレゼンテーションのスライドは、誰が見ても、その「メッセージ」がシンプルで、瞬時に分かるものでなければならない。

孫正義のプレゼンテーションのスライドは、非常にシンプルだ。

それは、1スライド当たり1メッセージと1イメージで作る原則があるからだ。

一枚一枚のスライドの「メッセージ」も非常に分かりやすい。

一枚一枚のスライドの「メッセージ」がおよそ10文字から20文字程度にまとめられている。

そしてこの「メッセージ」に対応して、グラフや写真が配置されている。

短文の「メッセージ」が一つと、グラフや図・写真が一枚というのが、孫正義の標準的なスライドの作り方だ。

だが、スライド一枚一枚の「メッセージ」が分かりやすいことが重要なのではない。

それよりも重要なことは、プレゼンテーション全体の「メッセージ」がシンプルで骨太なことだ。

相手をとらえて離さないような、存在感のあるメッセージでなければならない。

これらの原則に貫かれているのが孫正義のプレゼンテーションだ。

1スライド、1メッセージ。

メッセージは20文字以内。

これを実行するだけでもプレゼン力は格段に上達するのではないだろうか。

2020年4月 7日 (火)

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?/山口周

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 物事が複雑に絡み合い、しかも予測できないという状況の中で、大きな意思決定を下さなければならない場面では、論理と理性に頼って意思決定をしようとすれば、どうしても「いまは決められない」という袋小路に入り込むことになります。このような問題の処理については、どこかで論理と理性による検討を振り切り、直感と感性、つまり意思決定者の「真・善・美」の感覚に基づく意思決定が必要になります。

経営とは合理性を追求するものだ。

しかし、論理的に物事を考えた結果の最後の決断は、論理だけではできない局面に達する。

では「測定できないもの」「必ずしも論理でシロクロつかないもの」については、どうやって判断すればいいのか?

そこにこそ「リーダーの美意識」が問われる、というのが本書の回答ということになる。

つまり、本書における「美意識」とは、経営における「真・善・美」を判断するための認識のモード、ということになる。

そして、自分にとっての「真・善・美」を考えるにあたって、最も有効なエクササイズになるのが「文学を読む」ことだという。

地下鉄サリン事件の後、あれほど高学歴の人々がなぜかくも愚かで邪悪な営みに人生を捧げようとしたのか?

この疑問を晴らすために、オウム真理教の幹部にインタビューを重ねた宮内勝典氏は、彼らがことごとく文学に親しんでいないことに気づいた、と著書の中で記している。

「偏差値は高いけど美意識は低い」という人に共通しているのが、「文学を読んでいない」という点であることは見過ごしてはいけない何かを示唆しているように思う。

論理的にシロクロのはっきりつかない問題について答えを出さなければならないとき、最終的に頼れるのは個人の『美意識』しかないということであろう。

2020年4月 6日 (月)

「面白い!」のつくり方/岩下智

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 「面白い」とは「楽しさ」や「興味」「こっけいさ」「趣」などの何らかの「魅力」が感じられる様である
 ということができると思います。そして、これをさらに嚙み砕くと、
 「面白い」=「人を惹きつける何らかの魅力がある状態」
  ということになります。

「面白い」について深堀した本。

何かを表現するにしても面白いと感じてもらえなければ注目されない。

注目されなければ影響力をもつことはできない。

では面白いと感じてもらうためにはどうすればよいのか。

「面白い表現」ということに限らず、何かを表現する際には「インプット」と「アウトプット」という段階が必要になる。

人間は、自分が過去に経験したことや、それまでに得た知識や情報などをつむぎ合わせることでしか、新しいものを生み出すことはできない。

つまり、無から有を生み出すことはできない。

アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない。

まずはインプットが大事ということ。

インプットの準備段階から考えて、次の5つのステップに分けている

①「余裕」を持つ

②「よそ見」をする

③「観察」する

④「法則化」する

⑤「表現」する

まずはここから始めることではないだろうか。

2020年4月 5日 (日)

心臓外科医の覚悟/山本晋

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 自分が執刀医になる前にやるべきことがある。それは、頭で手術の工程を何度も反復して、シミュレーションを繰り返すことである。そして、それは一度見た手術を、手術が終わった後に、逐一ノートに書き写すことによって可能となる。気取った言い方をすれば、手術はメスによって上達するものではなく、紙とペンによって上達する……。

著者は心臓血管外科医で、難度の高い大動脈瘤の治療が専門。

その手術テクニックや成功率の高さから、他の病院では断られた患者が全国から集まってきている。

これまでに執刀した大動脈手術は2000例以上だという。

いわば手術のプロフェッショナルである著者がいうには手術はパターンだという。

超一流の心臓外科医の手術は、細部にわたって手順が決まっている。

従って、詳細に観察していくと、毎回同じ工程では同じ操作が繰り返されることがわかる。

手術とは、ひらめきや思いつきによるスーパーテクニックで突破するものではない。

機械式時計を組み上げていくような、緻密で、地味な作業の繰り返しであるいう。

ただし、手術はスポーツではないともいっている。

何回も繰り返し、筋肉や関節や骨格に覚え込ませるものではない。

もちろん反復練習も絶対必要であるが、それがすべてではなく、むしろ反復練習よりも、頭で理解することの方が、はるかに重要であるいう。

手術を自分で行うためには、その術式の工程を全て理解し、把握している必要がある。

だから、外科医の教育という観点からすれば、若手医師にとってもっとも重要なことは、手術室に入る前に行う思考過程。

患者の画像や情報を整理し、吟味して、自分なりの手術適応と手術術式を考える。

シミュレーションを繰り返し、本当にそれがもっとも適切な手術であるかを検証する。

そして、自分なりの答えを持って手術に臨み、上級医師がどのような手術を行うのかをつぶさに観察する。

正解を見て自分の答えとどこが違ったのかを再度検証することにより、手術を思考する回路が成長していくのだという。

これは外科医に限らず、他のスキル習得にも共通していえることではないだろうか。

2020年4月 4日 (土)

ズレまくり!正しすぎる法律用語/長嶺超輝

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 法廷まで引っぱってきた被告人が、「真犯人」か、それとも「無辜の民」か、証拠を見てもどうにもハッキリしない場合、裁判官は無罪を言いわたす義務がある。その人が「無辜の民」である可能性が、ほんのわずかでもある限り。

「推定無罪」「疑わしきは罰せず」というフレーズは、法廷映画やミステリー小説などでもおなじみだ。

有罪だとハッキリ確定するまでは、被告人を悪者として扱ってはいけない。

「この被告人が犯人だ」という検察官の話に、少しでも疑わしい部分が見えるなら、裁判官は無罪判決を言いわたす義務がある。

これらは「原則」ではない。

「原則」があれば「例外」があるということ。

しかし、これは「例外」を設けてはならない。

「推定無罪」とは絶対的なものなのである。

だから常識的にはそいつが犯人だと思えたとしても、司法はその被告人を釈放するしかない。

ただし「無罪」だからといって、「無実」だとは限らない。

無罪とは「有罪だと証明できなかった」という意味にすぎないのである。

しかし、そう考えると、国会では「モリカケ」や「桜」は疑惑にすぎない。

それを延々と取り上げるのは、日本はもはや法治国家ではないのかもしれない。

2020年4月 3日 (金)

信長と家康/谷口克広

Photo_20200329070301  21年間も続いたからといって、奇跡でも何でもない。「清須同盟」は、両者の利害がずっと一致していたからこそ長期にわたって継続したわけである。

だましや裏切りが当たり前だった戦国時代に清須同盟は21年間も続いた。

なぜなのか?

これを考察するとき、気を付けなければならないことがある。

それはこの二人に対する先入観を持ってはならないということ。

とかく、信長は性格上では「天魔」「大魔王」などと呼ばれたり、政策面では「革命児」「破壊と創造の鬼」などと評されたりしている。

つまり、常人とはかけ離れた感覚と思想の持ち主のようにとらえられがちだ。

だが、良質な史料のみでその生涯をたどってみると、まったく違った顔がのぞかれる。

信長は当時としては稀な合理主義者だったのはまちがいないが、一方、なかなかの良識を持った人物であり、かつしっかりと現実を踏まえた政治家だった。

対する家康の性格は「耐える」の一言で表されることが多い。

江戸時代に成った「神君神話」に惑わされてしまいがちだ。

江戸時代初期に書かれたいわゆる「徳川氏創業史」は、成立時期が比較的古いので、良質な史料として扱われることが多かった。

たしかにそれらの本は、史料としての価値をとどめている。

ただ書かれた当時、徳川氏はすでに侵しがたい存在になっており、家康はほとんど神格化されている。

だから、姉川の戦い・長篠の戦いのような勝ちいくさでは勝利の原動力として大げさに宣伝され、三方ヶ原の戦いのような負けいくさでも傷つかないように語られている。

こうした先入観ないし偏見を極力排除して清須同盟をながめた時、「なぜ清須同盟は長続きしたのか」という疑問の正しい答えが見えてくる。

それはもちろん、「家康が耐えたから」などという漠然としたものではない。

信長は家康を、今川氏や武田氏に対する緩衝壁として利用した。

そのおかげで上洛を果たし、西方の統一戦に専念することができた。

そして、武田氏が融和的姿勢だった時には代理のように使って協力させ、武田氏が敵対してきた時には先鋒として戦わせた。

一方の家康にしても、信長の後ろ盾があったからこそ、三河を統一できたのだし、武田氏の侵略から身を守ることができた。

つまり、一言でいうならば、お互い利用価値があった、しかもその利用価値が21年間続いた、ということであろう。

歴史は先入観を持たず、資料を正しく見ることは大事だということであろう。

2020年4月 2日 (木)

仕事のスピード・質が劇的に上がるすごいメモ。/小西利行

Photo_20200328083001  私は、これまでにも何度か、本当に逃げ出したいと思ったときに、メモに救われました。メモは、仕事のスピードが追いつかないときに、即座に考え始められるスピードをくれました。いきなりみんなの前で話さなければならなくなったときにも、メモは考える余裕と答えをくれました。メモは、まったくアイデアが出ないときに、過去のアイデアとの再会をさせてくれたし、チームの若い人が苦しい思いをしているときにも、その人たちに、アイデアを生む力を与えてくれました。

「メモ」は、いわゆる情報を書き留めるだけではない。

頭を整理したり、アイデアを出したり、資料の下書きをつくったり、様々なことに活用される。

では、いわゆる使えるメモにするためには何が必要か。

重要なのは、いかに鮮度を保つかということ。

メモには鮮度があり、フルーツや魚のように、時間がたつと腐る。

例えば、新聞記者という職業はメモをたくさん取る。

メモを取った後、時間を空けずに見返して記事を書く。

つまり、鮮度抜群のメモを読むわけだ。

そのときのメモには、自分がメモを取ったときの「記憶」が残っている。

だから、多少、文字が読めなくても、どういう意図で書いたか、どういう内容だったかを、記憶が補ってくれる。

つまり、「記憶+メモ」で、十分に役立つ情報になる。

ところが、時間がたつと、書いたときの記憶が薄れる。

メモを見ても、どういう意図で書いたかわからなくなる。

記憶力に頼らず、時間がたっても腐らないメモを書く技術。

いつでも、メモを見るだけでそのときの発言やポイントが思い出せて、何を考えるべきかが、すぐにわかるメモ。

未来の自分に、考えるきっかけを残すメモを書くにはどうすべきか。

本書はこのことに焦点をあてて記されている。

メモの取り方、メモの使い方、さらに、メモを使った発想法や伝え方まで、

いろんなメソッドがしるされている。

そのまま実践してもよいのではないだろうか。

2020年4月 1日 (水)

空気を読む脳/中野信子

Photo_20200327075601  日本人の脳にあるセロトニントランスポーターの量は、世界でもいちばん少ない部類に入ります(量を決める遺伝子にバリエーションがあり、量を少なく産生するSS型という遺伝子型を持つ人の割合が日本に多いため)。ようするに、世界でも、最も実直で真面目で自己犠牲をいとわない人々ではありますが、いったん怒らせると何をするかわからなくなるということです。

日本人は真面目で悲観的な性格を持っている。

それはセロトニントランスポーターの量と密接な関係があるという。

セロトニントランスポーターとは、脳内で働くと安心感をもたらすセロトニンの量の調節を、再取り込みというかたちで担うたんぱく質。

日本人はセロトニントランスポーターの少ないタイプが世界でも最も多いというデータがある。

セロトニンは精神安定剤とよく似た構造をしている。

セロトニンが不足すると、慢性的にストレスを感じやすくなったり、疲労、イライラ感、向上心の低下、仕事への意欲低下、協調性の欠如、うつ症状、不眠といった症状が出現する。

セロトニンは、人体ではあらゆる脳神経に影響する物質。

さらに、セロトニン神経は脳全体を調整する役割を持つことから、オーケストラにおける指揮者のような役割にたとえられることもある。 

日本で、ルールを少しでも逸脱した人がバッシングを受けてしまう現象が相次いでいるが、根底には、セロトニントランスポーターが少ない、という脳の生理的なしくみが関与している可能性がある。

普段は誰かのために自己犠牲をいとわず真面目に働く、という人が、いったん不公平な仕打ちを受けると、一気に義憤に駆られて行動してしまう。

自らの損失を顧みず、どんな手を使ってでも、相手に目にもの見せてくれようと燃え立ってしまう。

その場の空気を読み、忖度する。

強い恐怖感と不安、そしてその反動としての攻撃性。

これら日本人の特質は、セロトニンの量と密接な関係があるというのは新しい発見だ。

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