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2020年5月12日 (火)

今、心配されている環境問題は、実は心配いらないという本当の話/武田邦彦

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 歴史的に見ると、「思想から始まった科学」のほとんどが間違いであり、多数の犠牲を伴ったのは事実である。 

思想が先行する科学は、その思想が政府や社会運動と連携することが多い。

それはもともとそのような思想が誕生した社会的背景があるからだ。

そして権力と結びついた科学はその力を発揮し、残忍な結果に陥るのが常である。 

科学は人を信用するかどうかで決まるものではなく、自分で事実を当たり、科学的に整理し、必要に応じて計算し、そして自分の考えを確定するものだ。

著者によると、地球が温暖化するかどうかは証明できていないという。

単に誰かが言っているのを「信じている」にすぎないというのである。

そうなってくると、今の地球温暖化の取り組みは何なんだろう。

何らかの社会運動や一定の団体や企業の利害関係があるのかもしれない。

以前のダイオキシン騒動も記憶に新しい。

著者の親しい知り合いで、ダイオキシン騒動に乗って研究費を獲得し、メディアで活躍し、大学でのポジションを獲得したり、出世した人も多かったという。

2000年からしばらくの間、ダイオキシンの研究費、高価な分析費用、そして焼却炉の改造費用などは年間約2000億円に達し、多くの人が甘い汁を吸った。

ところが、驚いたことに「ダイオキシンが人間に毒性を示す」という研究結果が全くないのだという。

読んでも読んでも「ダイオキシンは人間に有毒である」という論文に到達できなかったというのである。

1999年から2001年にかけて大量に出回った、人体に関するダイオキシンの影響の論文を200報ほど読んで判明したこと。

それは、ダイオキシンの毒性は極めて弱いこと、

そして、ヒトの場合は長く火を使ってきたので、ダイオキシンの毒性を抑えるレセプターを多く持っていることだという。

毒物研究で有名な東大医学部の和田教授が、「ダイオキシン問題は科学が社会に負けた例である」と論文に書いたのが2001年。

まさに、メディアや社会が、なんの問題もない化合物を猛毒にまで仕上げる力があることを示したのだった。

情報が氾濫する現代。

何が本当のことなのか?

見極める知見を持つ必要があるということだろう。

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