« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »

2020年6月の30件の記事

2020年6月30日 (火)

コミュニティマーケティング/小島英揮

Photo_20200625075501

「お客様がおっしゃっていることを、他のお客様にも気づいてもらう」
「お客様がお客様を呼んでくださる」
 これが、コミュニティマーケティングの本質です。

「コミュニティマーケティング」とは、商品やサービスのファンを募ってコミュニティを形成し、そのコミュニティを通じて、さらに顧客を拡大する仕組み。

既存のマーケティング戦略の中に追加されるものではなく、根本的にマーケティングの考え方を変える新しい考え方。

10本のピンが立っているとして、これを倒すには、「球がたくさんあればいいじゃないか」「とにかく球を投げていこう」というのが、これまでのマスマーケティング。

そのため、大きな広告予算が必要だったり、たくさんキャンペーンをしなければならないと考える。

昨今、人々の嗜好が多様化する中、その効果は、ますます出にくくなっている。

一方、コミュニティマーケティングは、たとえるなら、ターゲットを定めて1個の球を投げ、波及効果ですべてのピンを倒していくボーリングのイメージである。

このストライクを出すために重要になるのが、「1番ピン」に相当する人たち。

ただ、「1番ピン」に相当する人たちとは「インフルエンサー」ではない。

インフルエンサーマーケティングは、コミュニティマーケティングと一見、仕組みは似ているが、最大の問題は強いメッセージが育つ仕組みがないこと。

強い言葉が生まれないので、効果が持続しない。 

コミュニティマーケティングで重要となるのは、影響力がある人や、インフルエンサーのような「リーチ力」の高い人ではない。

そうではなく、商品やサービスに対して熱量を持っている人。

熱量の高いファンは、最初はひとりで燃えている。

場がなくても燃えている人は、言ってみれば種火のようなもの。

その種火を枯れ木がまわりにたくさんあるところに置いてあげる。

そうすると、まわりが燃え、自分もますます大きく燃える。

それは、すなわちコミュニティの初期メンバーやリーダーたちであり、このファーストピンとなる人たちの存在こそが、コミュニティをうまくまわしていくうえでの重要なポイントとなるということであろう。

2020年6月29日 (月)

なぜ、あなたの話はつまらないのか?/美濃部達宏

Photo_20200624062301

 コンピュータのソフトが起動しなければ、必ずどこかに欠陥があるように、つまらない話にもハッキリと「つまらなくなる原因」があるのです。では、その原因とは何か?それはズバリ、「構成が悪いから」なのです。

放送作家である著者が、話を面白くする方法について述べている。

どうすれば話が面白くなるのか?

そのカギは「構成」だという。

実は「構成」こそがテレビをおもしろくするための重要な鍵であり、その「構成」を考えるプロが放送作家。

だから、業界では放送作家のことを「構成作家」と言うこともあるという。

「何をしたらおもしろくなるか?」を考えることが「企画」だとしたら、それに対して、「どうしたらおもしろく伝えられるか?」を考えることが「構成」だ。

放送作家が「構成」を考える際には、以下の2つの作業を行う。

1:おもしろく伝えるために必要な要素をチョイスする

2:チョイスした要素をよりおもしろく伝えるために順序

たとえば、「新・食わず嫌い王選手権」の企画。

企画の内容は「2人の有名人が嫌いな食べ物を当てっこする」というもの。

その構成はこのようになる。

「2人の有名人は、石橋貴明さん率いるタカさんチーム、木梨憲武さん率いるノリさんチームに分かれる」
          ↓
「それぞれの好きな食べ物がテーブルに並んでいる」
          ↓
「実はその中に1品だけ、嫌いな食べ物が入っている」
          ↓
「交互に相手の食べる料理を指定していき、指名されたほうがその料理を食べていく」
          ↓
「相手の表情を見て、どれが嫌いな食べ物かを推理する」
          ↓
「全部食べ終わったところで、相手が嫌いな食べ物を予想して色紙に書き、見せる」
          ↓
「相手が予想した食べ物を互いに食べる。もし当たっていたら『まいりました』とコールする。どちらも外していたら、もう一度やり直し」
          ↓
「負けが決定したら、敗者は罰ゲームをする」

これにより、嫌いな食べ物をおいしそうに食べる演技をしたり、それを相手に演技だと見抜かれたり、実は演技だったのにバレなかったり……というようなドンデン返しのドラマが生まれる。

テレビの制作者は、すべてのテレビ番組を「何をするか」という発想で企画し、それを「どう伝えるか」という視点で構成し、さらにそれを「台本」に落とし込み、よりドラマチックな(おもしろい)展開にしていく。

この「構成」の考え方を学べば、誰でもおもしろい話ができるようになるという。

逆に言うと、おもしろい話をしたければ、「構成」を意識しなければいけないということであろう。

2020年6月28日 (日)

行動力を一気に高める本/小山龍介

Photo_20200623062301

「行動力」の差は、そのまま人生の「差」になる――。

仕事で成功する人は、例外なく「行動力が高い人」だ。

では、行動力の高い人とはどんな人なのか。

ひとことで言えば、自分が「自分の人生の最良の観客」である人だ。

自分の人生の観客として、困難にぶつかれば自分を応援し、それを乗り越えれば自分を褒める。

悩んでいる自分を見て寄り添い、目標を達成したときの感動を分かち合う。

何よりも「自分の人生」というドラマを自分自身で楽しんでいる人だ。

では、行動力とはどうやって高めるのかと言えば、内側から湧きあがる「モチベーション」によってだ。

目標に向かって、自然に「行動したい」というモチベーションが生まれ、内側からやる気が生まれた瞬間、はじめて行動力は高まる。

その意味で、モチベーションは行動力を高めるためのスペシャルエンジンと言えるかもしれない。

人からやれと言われたことに対しては、モチベーションは生まれない。

自分がやりたいからやる、がんばりたいからがんばる。

自分自身の心の中から湧き上がるエネルギーに従って積極的に行動する。

それが、本来あるべきモチベーションのかたち。

つまり、「外発的動機づけ」から「内発的動機づけ」へのパラダイムシフトだ。

他人との比較に依存してモチベーションを高めるのではなく、自分自身の中にある絶対的な基準に照らし合わせて、モチベーションを高めていく。

内発的動機づけに従って生きることが、幸せにつながり、そして圧倒的な行動力につながっていく。

そして内発的動機は個人によって違う。

自分は何によって動機づけられるのか?

それを知ることが行動力につながるということではないだろうか。

2020年6月27日 (土)

ズボラPDCA/北原孝彦

Pdca

 無理して「強者のやり方」をマネしようとしても、長続きしないし、挫折します。自分のダメさ加減にガッカリしたり、心が折れたりして、立ち直れなくなることもあるでしょう。
 だから、弱い人は弱い人なりのPDCAでやっていくことです。

美容師の世界に入り、ゼロから4年で100店舗展開を実現させ、この業界のマーケティングを教えるコンサルタントとして、多くのクライアントを指導している著者。

さぞ強靭な精神力の持ち主だろうと考えがちだが、実際は逆だという。

そのような著者がどうすればうまくPDCAを回せるかを解説している。

再現性のあるスキルとは、簡単にいってしまえば「誰でもマネできる」ということ。

メンタルの強さだとか性格などに関係なく、弱くてもできる、そのとおりにやればちゃんと成功できるというスキルだ。

では、どうすれば失敗しないか?

答えは単純。「失敗しないような計画を立てる」ということ。

そうして立てた計画を行動に移す際も、最初の1歩は「傷つかないように」やる。

つまり「ちょっとずつ」やる。

「石橋を叩きまくる綿密な計画」

「傷つかないで済む、ちょっとずつの小さな行動」

これが誰にでもできる「ズボラPDCA」のやり方。

そのためには、勝てることの計画を立てること。

「勝てること」に取り組み、小さくてもいいから、まずは結果を出すこと。。

そうすることで、まずは自信と信頼を手に入れる。

更に、「どうやって」「いつから」「いつまでに」という計画を、具体的な言葉で言語化して、人に話す。

具体的な言葉で「言語化」する。

それが最速で結果を出す秘訣だ。

小さくてもいいから、早く結果を出すこと。

それがやる気を絶やさない秘訣だという。

つまり、「最初の一歩は小さく」、そして「確実に結果のでるもの」を、それによって「自信を手に入れよう」ということであろう。

2020年6月26日 (金)

危機の現場に立つ/中満泉

Photo_20200621085301

 コミュニケーション能力以外に求められる能力は、一言で言ってしまえば「自分の頭で考え判断する能力」ということでしょうか。

著者は国連軍縮担当事務次長であり、二人の女の子の母親でもある。

そして、世界中の紛争地で平和活動に奮闘している。

本書は、その生々しい交渉現場から、目の当たりにした不正義への憤りと国連で働く意義、グローバルに子育てと両立して働く方法について語られている。

そんな国際機関で仕事をする上で必要な能力はコミュニケーション能力はもちろんのこと、「自分の頭で考え判断する能力」だという。

国際機関でも仕事のできる人は、雑多な事象を体系的に捉え、一見なんの関連もないところでの教訓をほかのところでうまく応用できる人だという。

また「これは正しいことなのだろうか」という疑問を常に持ち、物事を多角的にさまざまな視点から考察する「批判的思考」ができること。

もし国際社会で国連のような組織に職業を求めるのであれば、次の2つのことが求められれる。

まず1つ目は、自分の信念と何をしたいのかをしっかりと考えること。

2つ目には、国連の実像を冷静に理解すること。

3つ目は、国際社会で必要とされているスキルを磨くこと。

この3つだという。

要約すれば「自分の頭で考え判断する能力」だといえる。

でも、この能力、日本で働く人にも求められるのではないだろうか。

2020年6月25日 (木)

皮膚という「脳」/山口創

Photo_20200620063201

 ここで重要なのは、皮膚自身が脳からの情報処理を必要とせずに、自ら知覚し、判断していることだ。さらには「気配」や「雰囲気」、「直観」といった現在の科学では解明されていない現象までも皮膚は捉えている可能性さえある。このように考えると、視覚や聴覚などあらゆる感覚は、皮膚から始まったといってもいいかもしれない。

本書では、皮膚のさまざまな機能や、皮膚についての新しい発見を紹介している。

特に「露出した脳」としての視点から、「脳」にも匹敵する皮膚の驚くべき可能性について提示している。

さらには専門の心理学の立場から、自己の境界としての皮膚の役割について考えている。

地球上、脳がない生物は無数といるが、皮膚がない生物はいない。

生物の種類としてはむしろ、脳がない生物の方がはるかに多い。

実は、脳がないと何もできないなんてことはない。

脳がない生物は、人間よりもはるかに長い年月を生き延びてきている。

皮膚はこれまで、外界からの刺激から身体を守る「被膜」という程度にしか考えられていなかった。

確かに、皮製品のコートや鞄などはやわらかいが丈夫で、使い込むほど身体に馴染んでくる。

しかし、皮膚はそれだけのものだ、という程度に考えていたとしたら、大間違いである。

生きている私たちの皮膚は、常に細胞が生まれては死んで、垢となって剥がれおちるといったように、常に生まれ変わっている。

そのため傷ついてもすぐに修復される。

また皮膚の表面では種々雑多な細菌とのせめぎあいを演じている。

万一傷口から細菌が入ってきたら、脳の命令を待たずに戦闘を開始するといった皮膚免疫のシステムをもっている。

皮膚は「振動する」という性質をもつ。

そのため、皮膚が空気の振動である音に反応して振動し、それが脳に伝わって恍惚としたり、うっとりしたりさせているようなのである。

さらには、光をひざの裏にあてると体内時計が調整される事実からも、皮膚は光を感じていることがわかる。

さらにはにおいを感じる鼻の粘膜、味を感じる舌、どちらも進化の過程で皮膚の一部が変化してできたものである。

それらの遠い昔の役割が私たちの皮膚に残されていることも徐々にわかってきている。

皮膚の重要な役割は、なんといっても人体の恒常性を維持することである。

さらに皮膚を刺激すると、心をコントロールできるのではないかという仮説も成り立つ。

幼少期の身体接触が多い子どもほど、「自律した」、「協調性のある」、「共感性のある」心に育つことがわかっている。

皮膚にはまだ解明されていない「脳」の機能がある。

今後の研究によってまたあたらな発見があるかもしれない。

楽しみだ。

2020年6月24日 (水)

「孤独」は消せる。/吉藤健太朗

Photo_20200619063801

 「孤独」を解消することに、私は残りの人生をすべて使おう。あと何年生きられるか、研究ができるかはわからないが、世界大会で出会った高校生がそうであったように、「私は孤独を解消するために生まれてきた」と言えるようになろうと、このとき誓った。

小学校5年から中学校2年生まで不登校を経験。

工業高校にて電動車椅子の新機構の開発を行い、国内の科学技術フェアJSECにて文部科学大臣賞、ならびに世界最大の科学大会Intel ISEFにてGrand Award 3rdを受賞。

その際に寄せられた多くの相談と自身の療養体験がきっかけとなり「人間の孤独を解消する」ことを人生のミッションとするに至ったという著者。

著者のロボット製作が始まったのは大学3年生になった春。

コンセプトは「心の車椅子」。

車椅子を使っても、距離が遠かったり病気などで身体を運ぶことができなかったりする人が、本当にそこに行っているような感覚を味わえるようにするにはどうすればいいのか。

3年半の不登校時代に自分がほしかったものは何かを考え、もうひとつの身体、「分身」をつくることを考えたという。

「ロボットコミュニケーター」とは、著者がつくった職業だ。

人と人とのコミュニケーションを支援することを目的に、ツールとしてのロボットの構想、デザイン、設計、開発、提供までを行うのが仕事だ。

これからは人工知能ロボットの時代が来るだろうと考え、「人を癒せるロボット」を研究開発することに決めたという。

動機は単純に、自分がほしかったから。

不登校という原体験がロボット開発の情熱につながっているという点が非常に興味深い。

2020年6月23日 (火)

心がラクになる生き方/南直哉

Photo_20200618065401

 生きるか死ぬか以外は大したことではない。これは、極端な言い方です。しかし、そこまで枠を広げてしまえば、今まで大きく見えていた問題が一気に小さくなります。すると、スッと冷静になれるのです。

禅僧である著者がものの見方、考え方について述べた本である。

全体を通して一貫しているのは、「肩の力を抜いて生きたらもっとラクに生きられる」というもの。

よく、ものごとがうまくいかなかったとき「まぁ、死ぬわけじゃない」という。

確かにそうなのだ。

試験に落ちても、事業に失敗しても、仕事で大きなミスをしても死ぬわけじゃない。

ということは、再チャレンジすることができるということ。

生きている限り、何度でもチャレンジできる。

だから、「生きるか死ぬか以外は大したことではない」というのはその通りである。

目の前の現実は変わらなくても、モノの見方を変えることによって、生きることはもっとラクになる。

そしてモノの見方を変えると、結果的に現実も変わってくる。

確かに現代人はあまりにも現実に振り回されすぎているのではないだろうか。

2020年6月22日 (月)

刑事弁護人/亀石倫子、新田匡央

Photo_20200617063501

「GPS捜査は、個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人のプライバシーを侵害し得るものであり、また、そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において、公権力による私的領域への侵入を伴うものというべきである。したがって、GPS捜査は、憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、令状がなければ行うことのできない強制の処分と解すべきである。」

令状なしにGPSを取り付け、徹底的に行動を把握する行為は許されるのか?

警察が、一般市民の行動確認を行う危険性はないのか?

本書はそれを争い、「令状なきGPS捜査は違法」の最高際判決を日本で初めて勝ち取った弁護団。

その弁護団を率いた女性弁護士の活躍を描いたもの。

確かに、これを許してしまうと、罪のない一般市民が警察の監視下に置かれてしまうということにもなりかねないので違法判決が出たというのはわかる。

一方で、犯罪者を人権方面で擁護して争ったら勝てたという話を美談にしすぎている面もある。

おそらく警察も裁判でそこを突かれたらマズいということはわかっていたはず。

令状なしにGPS捜査をすることは違法ということも分かっていたはず。

それでもやってしまったということは警察なりの言い分があったはず。

やむにやまれぬ事情があったはず。

問題は両者とも行き過ぎてしまうとよくないということ。

「人権」とか「プライバシー」というものもそれがエスカレートしてしまうと、それはそれで問題。

しかし、「犯罪者には何をやってもいいんだ」というのも、行き過ぎてしまうと問題が起こる。

世の中、建前だけではどうにもならないことが多々あるような気がする。

2020年6月21日 (日)

コンサルタントの経営数字の教科書/和仁達也

Photo_20200616064301

 サービス業を経営するクライアントの社長から、「売上を増やして人件費は下げずに利益を3割増やしたいのだが、いい方法はないか」と相談されました。あなたなら、どのように対応しますか。

答えは、売上を1%増やし、粗利率を1%改善して、労働分配率を1%下げることで、人件費を減らさずに利益3割増しが可能というもの。

これを即答できるかどうかでコンサルタントの価値が分かる。

世の中の社長の多くは、「ビジョン偏重型」か「経営数字偏重型」のどちらかに分けられるようだ。

「ビジョン偏重型」は、「俺たちは世の中を変える!」的な大きなことを口にする。

だが、そこに到達する具体的なシナリオがない。

また、仮にそれが達成できたときに、社員にどんな還元があるのかもよくわかっていない。

したがって、社員の多くは「また社長が大きなことを言っているよ」と冷めた目で見ていたりする。

「経営数字偏重型」は、毎年、売上や利益目標は掲げる。

だが、それを実現するとどんな素晴らしいことがあるのか、ということが抜け落ちている。

利益を生み出すことが大切なのは一般論としてわかる。

しかし、社員にとっては「なんのためにそれをやるのか」がわからず、イマイチ意欲が湧いてこない。

大事なことは、ビジョンと経営数字を結びつけること。

ワクワクするビジョンの実現に向けて「人がどう動き、お金の出入りがどうなり、いくら残るのか」を関わるメンバーがイメージできるようにすること。

それをコンサルタントが支援することができたら、必要不可欠な存在になれるのではないだろうか。

また、それを目指すべきだろう。

2020年6月20日 (土)

図解 経済学入門/高橋洋一

Photo_20200615063201

 需要と供給の話は、専門的には「価格理論」と呼ばれ、ミクロ経済学の中核を成す理論である。
 価格の仕組みを理解するのに、これ以外に必要な理論はない。 

著者は、経済とは「需要と供給の話」にすぎないという。

グラフにすると需要曲線と供給曲線とはX字型になる。

そして需要曲線と供給曲線との交わるところで価格が決定する。

私たちの暮らしに関する経済を理解するのに必要なのは、つまるところ「物価変動」と「経済政策」だけ。

それは「需要と供給の図」一つで説明できる。

複雑な理論は、応用がきかない。

そのうえ、抽象的だったり非現実的な前提を設けていたりするから、実社会で起こっていることを説明できない場合も多い。

一方、きわめてシンプルな理論は、シンプルゆえに応用がきく。

だから、実社会で起こっているさまざまなことを、それ一つで説明できる。

ほぼあらゆるモノには、「市場」がある。

市場とは、モノが売り買いされる「舞台」のようなものだ。

消費者と生産者が、「いくらで売り買いするか?」という意識を持って、集っている場所と考えればいい。

消費者と生産者の「買いたい値段」と「売りたい値段」の図が重なったところで、両者のマッチングが起こる。

実際には、「どちらかがまったく変化せず、どちらかだけが変化した」という極端なことはなく、需要曲線と供給曲線の両方が動いている。

政府の行っている経済政策もすべてこの図で説明できるという。

これまで経済に関する本を何冊も読んでみたが、本書は中でも非常に分かりやすく、頭の整理にはもってこいの本だと思う。

2020年6月19日 (金)

老いてこそ生き甲斐/石原慎太郎

Photo_20200614064501

 同じ世に生まれてきて老いるまで長い人生を歩んできた老いたる者たちこそ、後からこの世にやってくる者たちのためにも常に新しい生き甲斐を見出し、人生を見事に全うしなくてはなりません。
 それは老いたる者のこの世に対する責任でもあります。

87歳になる著者が自らの老いについて語った本である。

人は必ず老いる。

そして死んでいく。

老いると体力はどうしても衰えてゆく。

しかし、認知症でボケなければ人生の経験はだんだん蓄積されていく。

老いるということは経験の蓄積だ。

それはなまじな貯金なんぞよりも貴いともいえる。

貯金は他人に簡単に分ける気にはなれないが、人生での経験は無差別無尽に他の人々に分かち役立てることが出来る。

そしてその献身は喜ばれるし、自分自身にとって生き甲斐にもなる。 

老いるということは物事への感覚的判断の蓄積だ。

それは若い頃には体得できなかった味わいをもたらしてくれる。

今のネット社会では情報は容易に得ることができるようになった。

しかし、そこで得られる情報というものは表面的で薄っぺらなものが多い。

それだけを頼りに判断すると間違ってしまうことが多い。

ネット社会である現代こそ、成熟した老人の知恵が求められるのではないだろうか。

2020年6月18日 (木)

「実行」に効く計画の技術/浦正樹

Photo_20200613063601

 計画の本分は、不明な要素を洗い出し、その相互関係を予測してつなぎ合わせ、実行の筋道を立てることにある。

私たち日本人は概して計画が苦手だ。

いや、苦手なのではなく、これまであまり必要としてこなかったというのが正しいだろう。

日本人に特有の「現場力」や「すり合わせ」で、明確な計画なしでもそれなりの成果をあげてきたからだ。

計画力を高めるには、予測力を高めることが必要になる。

確実なことをつなぎ合わせて立てるのが計画ではない。

確実から予測を導き出したり、予測と確実との関係を整理したり、あるいは不明点を洗い出したりすることで立てるのが、本当の意味で「実行に効く計画」なのだ。

そしてそのようにして立てた計画も状況によって柔軟に変えること。

几帳面な日本人は計画通りに事を進めようとする傾向が強く、なかなか計画変更を受け入れない。

時間をかけ、苦労して立てた計画であればなおさらだ。

しかし、実態とかけ離れてしまった計画にしがみつくのはむなしい。

計画に費やした努力が実を結ぶには、PDCAサイクルを確実に行う必要がある。

計画を目標と勘違いしてはいけない。

計画は目標達成の手段でしかない。

大切なのは目標を達成することであって、計画を遵守することではないのだ。

当初作成した計画にこだわり、実態とかけ離れてしまったまま放置することは、その後のリカバリを困難にする。

計画通りに進めようとすることが、かえって目標達成を難しくしてしまう。

未来が見えない今こそ、本当の意味での計画力を身に付ける必要があるのではないだろうか。

2020年6月17日 (水)

ずるい考え方/木村尚義

Photo_20200612063601

 ラテラルシンキングは、人をダマしたり、あざむいたり、不当な手段を実行するための思考法ではありません。予想外で、斬新で、画期的で、しかもいち早く問題を解決してしまう考え方。まわりの人が「あんなふうにやれば良かったんだ」とガックリし、思わず「ずるいッ!」と足を踏みならすような考え方なのです。

本書はラテラルシンキングの本である。

ラテラルシンキングには、ロジカルシンキングと違って、「唯一の正解」というものがない。

ラテラルシンキングのラテラル(Lateral)は、「水平」という意味。

したがって、ラテラルシンキングは日本語に訳せば「水平思考」。

水平方向に視点を広げる思考法だということ。

自分の目の前に、ある「問題」が発生したとする。

その解決策を考えなければならない。

じっくり時間をかけて、地道に解決していく方法もある。

でも、ちょっとした発想の転換で、楽にゴールに到達できる方法があるとしたら?

「コロンブスの卵」のように、誰も思いつかないけど、誰にでもできる簡単な方法があるとしたら?

その「ずるい考え方」を実践した人は、正攻法によって長い順番を待つことなく、いち早く「成功」という果実をもぎとることができるかもしれない。

ラテラルシンキングには4つの特徴がある。

第1に、あらゆる前提から自由になるラテラルシンキングは、「常識」に縛られず、物事を異なる角度から見ることを心がける思考法。

なので、ラテラルシンキングを使えば、さまざまな前提や枠組みにとらわれず、自由に発想することができる。

第2に、今までにないものが生まれるあらかじめ与えられていた前提がひっくり返されるので、まったく新しいものが生まれやすくなる。

第3に、問題が最短ルートで解決されるラテラルシンキングでは、問題を解決するためなら、どんな手段を採用しても構わない。

第4に、お金/時間/手間が節約できる。

あくまで結果論だが、ラテラルシンキングで発想すると、お金や時間、手間を大幅に節約できる場合がある。

それを著者は「ずるい」と表現しているわけだ。

わたしたち日本人は、大きな成果を得るためには、それなりの「努力」が必要だと考えがちだ。

だから楽に結果を出すことに、何となく抵抗がある。

何もせずに大金が入るしくみを考えるより、額に汗して地道に稼ぐほうが美しいと考えてしまう。

でも、本当にそうだろうか?

確かに、努力自体は大事なことだが、ちょっとした工夫で大きな利益を手にすることは間違ったことではない。

「努力=善」「楽=悪」という図式こそが、まさにわたしたちの心を縛っている先入観なのだ。

目的を達成するために、いかに楽をするか。

この発想こそが、ラテラルシンキングの神髄なのだといえよう。

2020年6月16日 (火)

みんなでつくるAI時代/伊藤恵理

Photo_20200611062501

 わたしたちの社会にシンギュラリティがやってくるのではなく、わたしたちの選択が、社会にシンギュラリティをもたらすのです。

シンギュラリティは、日本語で「技術的特異点」と訳されている。

これは、テクノロジーが急速に進化し、それによって人間の生活が後戻りできないほどに変容するぐらい、甚大な影響をおよぼす技術的革新のこと。

そして、近い未来に、それがやってくるという。

だからこそ、人にしかできない仕事は何かを知る必要がある。

数学者の新井紀子氏は、著書『コンピュータが仕事を奪う』で、人間にできてコンピュータにできない仕事は、「抽象化作業」だとまとめている。

これは、「誰もが暗黙のうちに知っているけれど言語化されていない何か」を見つけて言語化する仕事。

たとえば、夜空を見上げて「月は落ちてこないのに、どうしてりんごは地面に落ちるのか?」と考え、「もしかして、月も地球に向かって落ちてきているのではないか?」と想像する力は、コンピュータにはない。

こんなふうに、モヤモヤした現実から問題を見つけ、解決策を見出だす力は、今の仕組みのコンピュータにはない。

歴史を見ても、偉大な科学の発見や発明は「ひらめき」から生まれている。

たとえば、ニュートンの万有引力の法則やアインシュタインの光速不変の原理などは、常識を覆すひらめきから生まれている。 

このような「観察→ひらめき→仮説」の思考プロセスを、アブダクションと呼ぶ。

モヤモヤと複雑な現実世界を観察し、解くべき問題を見出して、仮説を立てるときに使う推論だ。

ニュートンは、りんごが樹から落ちるのを見て万有引力が働くという仮説を立て、ローウェルは、天文台から火星の表面を観察して運河があると仮説を立てた。

コンピュータは、言語化された問題が与えられれば、それを解くことはできるが、解決すべき問題を自分で見つけることはできない。

コンピュータは人間に与えられた「枠」の中でしか能力を発揮できまない。

これが人間とコンピュータの明確な違いだ。

でも、私たちの周りにも、規則に従って働くだけで、前例がないと判断ができないは社員いないだろうか。

そんな、想像力のない社員の仕事が、どんどんコンピュータに奪われていくのは止めることはできないだろう。

2020年6月15日 (月)

医者に殺されない47の心得/近藤誠

47

「病気の80%は医者にかかる必要がない。かかったほうがいいのが10%強、かかったために悪い結果になったのが10%弱」という言葉がありますが、まさに至言。

がんは切らずに治る。

抗がん剤は効かない。

健診は百害あって一利なし。

がんは原則として放置したほうがよい。

著者がこれまで主張してきたことである。

確かに日本人ほど医者好き、薬好きはいない。

事実、日本に出回る薬の種類は世界的に見ても大変多く、WHO(世界保健機関)は「270種類もあれば十分」としているのに対し、日本では1万種以上も認可されている。

薬は毒物だ。

すべてに副作用のリスクがある。

少量、短期の服用なら、肝臓や腎臓が薬毒を処理してくれることが多い。

しかし習慣化すると、副作用が確実に現れる。

そして短期でも、少量でも、服用する人の健康状態にも関係なく、薬が毒物である以上、いつ副作用となって現れるかはまったく予測がつかない。

それらが著者の主張である。

少なくとも、風邪にかかったくらいで医者に行くのはやめた方がよいだろう。

2020年6月14日 (日)

1歩を踏み出す50のコトバ/吉岡秀人

50_20200609065501

 感性でいいと感じたことは、理性の声をあまり挟まずに、すぐにアクセルを踏んで行動に移すことだ。

人生で成功するためにはとにかく行動することだ。

行動しなければ結果は出ない。

たとえ行動して失敗しても、それは成功への一里塚。

失敗の反対語は何もしないこと。

どんなふうに生きても人は後悔する。

だけど、後悔の総量は減らすことができる。

人が後悔することとはどんなことか。

それは、失敗したことではなく、チャレンジしなかったこと、やり残したことだ。

それこそが、人生を後悔する大きな原因。

選んだ道が正しいかはわからない。

やり続けること、選び続けることで精度が上がる

いいと思ったことは、まずやってみる。

それをどんどん繰り返す。

それが人生の後悔を最も少なくする方法だ。

良いと思ったことは、理性の声をあまり挟まずに、すぐに行動することだ。

とにかく自分の感性にピタッとくるものをやってみる。

それで確かめる以外にはない。

頭で考えているだけでは先に進めない。

実際に自分でやってみるしかない。

何事も一度口に入れてみないと、おいしいかどうかもわからないのだ。

感性の声は最初の一瞬しかない。

それを逃すと理性が頭を支配する。

理性を使うのは行動した後。

行動した後、どうして失敗したのか、成功したのか、それを明確にするために理性を使う。

一歩踏み出すためには感性を磨くことだ。

成功したければ、理性と感性の使い方を知るべきだろう。

2020年6月13日 (土)

捨て本/堀江貴文

Photo_20200608062201

 捨ててはいけないものが、もしあるとすれば、自分自身だ。
 自分自身とは、己の存在意義のようなもの。
 生きている意味を支える、心の根幹だ。
 自分で捨ててしまわない限り、誰にも奪われない。正真正銘の、不朽の財産だ。

ホリエモンはライブドア事件で有罪になり、収監され、すべてを失った。

元々、モノに対する執着がなかったものが、ますますそうなったという。

私物は、スーツケースに4つほどで収まっているという。

家具も家電も持っていない。

移動のときはスマホを持つぐらいで、基本的には手ぶら。

財布は持たない。

マネークリップには自動車の運転免許証、小型船舶操縦士免許証、健康保険証、クレジットカード3枚、キャッシュカード2枚、PASMO、現金、それだけ。

ノートパソコンも使わなくなったという。

豊かに生きるには、モノや他人への執着を捨て、いまを生きること。

他人を気にせず、自分の気持ちに従うこと。

ケチにならず、分け与えること。

と、そのように言っている。

チャップリンの名言がある。

「人生に必要なのは、希望と勇気とサムマネー」

確かに私たちはモノを持ちすぎるのかもしれない。

2020年6月12日 (金)

〈自分らしさ〉って何だろう/榎本博明

Photo_20200607081401

 現代ではどうだろうか。こちらがある仕事に身を捧げようとしたところで、働き盛りの頃にはその仕事がなくなっているということだって、十分あり得るのだ。このような変動の激しい時代を生き抜くには、まさにプロテウス的な生き方が求められているのではないか。

プロテウスというのは、自分の姿をヘビやライオン、竜、火、洪水などに変幻自在に変えることはできるのに、自分自身のほんとうの姿を現すことのできないギリシア神話の海神の名前だ。

プロテウス的人間とは、環境の変化に応じて自分自身を変身させ、そのつど自己の可能性を最大限発揮しようとするタイプを指す。

このように一見すると一貫性がなく、バックボーンが欠けた人物は、変動の少ない伝統的社会の価値観からすれば、主体性がなく、安定せず、信頼できないといって否定的に評価されたはずだ。

しかし、現代のように変化の激しい時代では、環境の変化に応じて自分自身を変化させることが求められる。

環境が変化しているにも関わらず、過去の過去の自分にしがみついているようでは時代に取り残されてしまう。

現代の化石になってしまう。

「自分らしさ」が変化対応の足を引っ張ってしまうことにすらなってしまう。

今の時代に求められるのは、個人をひとつの道に封じ込めるような硬い「自分らしさ」ではない。

さまざまな可能性に開かれており、試行錯誤や方向転換を続けても壊れないような、いわば柔らかい「自分らしさ」をもつことなのではないだろうか。

2020年6月11日 (木)

不況もまた良し/津本陽

Photo_20200606063901

「ある町が水害で、すべてを流失した。隣町は何の被害もなかった。
 十年後、被害を受けた町は例外なくすべて発展している。火事で全部燃えてしまった町も同様である。これも全部発展している。
 災害を受けなかった町は、発展しない。恵まれたと思ったところは、実は恵まれていない。悲惨な状態につきおとされた町が、十年後には数倍の発展をする。
 これは何が原因であるか。
 私は心の問題であると思う。これは復興しなければならないという、人々の心の働きによって変わってくる。
 悲惨な被害が、その後の発展の起因となる。私のいままでの体験からいえば、不景気に直面しては発展し、何か事故が起こっては発展してきた。
 大きな災害が起これば『ああ困った』と動転するのが人情である。だが翌日になると、考え直す。
 あわてるな、待て待て。ああいうことをやっていても解決しない。この際このように立て直そう」

松下幸之助は、何の後楯もない町工場の主人から、すさまじい生存闘争をくりかえしてきた。

一度も負けられない。

負ければ首が飛ぶ、戦国大名と同様の勝負の修羅場を生きのびた人である。

彼は内心の闘争心を裏書きする含蓄に富んだ、上記の発言をしている。

まさに幾多の困難を乗り越えてきた経営者だからこそ言える言葉だ。

幸之助には、いわゆる学問というものはない。

幸之助はいっている。

「僕は誰からも学問を教えてもろうてないから、考えかたが、型にはまってない。庶民のなかで育ったんで、世の中を広く見てこられた。学問で、塩が辛いもんやと習うても、海へ入って泳いでみんことには分からん。僕は学問抜きで海へ放りこまれて、無我夢中で泳いで泳ぎを覚えたので、松下流の水泳ができた。何々流の水泳を教えてもろうたら、なんぼ上手になっても何々流になるだけでんな」 

なんとも含蓄に富んだ言葉ではないだろうか。

学問がないからこそ世の中で起こることの本質をつかむことができたというのである。

本書ではそんな含蓄に富んだ言葉がいくつも出てくる。

もし幸之助が今のコロナ禍の世界で生きていたら、どんな発言をしたのだろう。

2020年6月10日 (水)

世界一受けたいお金の授業/和仁達也

Photo_20200605075401

 シンプルに言うと、売上という「稼ぎ」からいろんな費用を「使って」、利益が「残り」、そこから借金の返済や将来への「再投資」をどこまでするのか。その一連の流れをつかめていると、その会社のことを本当に理解することに近づけます。

会社を理解するためには何を見ればよいのか。

一番良いのは決算書を見ることだ。

ただし、細部を全部見る必要はない。

むしろ、細部に入り込みすぎると、全体像が見えなくなる。

押さえるべき科目は「売上高」「変動費にあてはまる科目」「人件費」「利益」「借金の残高」、以上5つ。

この5つだけ抜き出して、図に当てはめるだけで、その会社の内情、儲けの構造がわかる。

要は、会社のお金の流れの見える化である。

例えば、売上高から変動費を引くと粗利益が分かる。

この粗利と人件費の比率が労働分配率だ。

この労働分配率を見ると、会社の景気が良いか悪いのかがわかる。

一般論として、労働分配率が50%程度なら景気がいい、収益性が高い会社だと考えられる。

業種によって異なるが、中小企業の場合、60%台までなら黒字をキープできる。

70%を超えると、人件費負担が大きくて、利益が出にくい。

きっとこの会社は資金繰りも苦しいだろう、と想像がついてしまう。

逆に40%台になると、かなり生産性が高いので、効率良く稼いでいるから、景気がいい会社だと予測できる。

これを知るだけでも会社に対する見方はずいぶん変わるのではないだろうか。

2020年6月 9日 (火)

逆ザヤ社員が稼げる社員に変わる法/和仁達也

Photo_20200604084201

 「全員参加経営」とは、会社のビジョンと数字をガラス張り、つまり社員にオープンにして、全員参加型で経営をしていくやり方です。

昔から「自分の給料分は働け」とよく言われる。

営業社員に対しては自分の給料の3倍稼げといわれる。

「逆ザヤ社員」とはそれができていない社員のこと。

しかし、自分が逆ザヤ社員かどうかはなかなか自覚できないもの。

だからなかなか変わらない。

なぜこのようなことが起こるのか?

多くの人は、自分が日頃意識している【サイフ】の範囲内で発想する。

たとえば、サラリーマンの多くは、家庭の【サイフ】(すなわち生活費)に意識を向けている。

日頃、自分(もしくは配偶者)がやり繰りしているわけだから、生活に直結した数字として、実感を持って理解できる。

しかし、それより大きな【サイフ】である「会社の数字」には意識が向かない。

実感を持って理解することができない。

社員の意識を変えるには、「会社の数字」を自分事として受け止めるようにする必要がある。

ではそのためにはどうすればよいのか?

将来のビジョンを明確に描き、それを実現するために今何をすべきかを、未来からの逆算で考えること。

そして、その道のりを一歩一歩進んでいくための明確なプランを立て、「今やるべきこと」に集中すること。

社長の頭の中にある、漠然とした会社のビジョンや計画、経営の数字を、目に見える形でアウトプットすること。

そして、誰にでもわかる、わかりやすい方法で社員に伝えることである。

多くの会社では、いくらの売上アップが必要か?それはなぜ必要か?の2点が漠然としている。

そのため、社長や社員が目標に向かって本気で行動を起すきっかけがつかめない。

その結果、なかなか目標に焦点が定まらず、じわじわとジリ貧に向かっていく。

だからこそ、根拠のある目標が必要なのだ。

本書はその手法が分かりやすく書かれている。

特に中小企業の経営者はこの手法を身に付け実行することは必要なのではないだろうか。

2020年6月 8日 (月)

ゴールデン・ブラッド /内藤了

Photo_20200603065501

 大切なのはその人が死んだことではなくて、生きていたことの方だと語った刑事の声を、抱きしめるように胸に置く。

久しぶりに小説を読んでみた。

主人公は消防官であり救命救急士でもある向井圭吾。

東京五輪プレマラソンで、自爆テロが発生し現場に居合わせたことから物語が始まる。

現場では新開発の人工血液が輸血に使われ、多くの人命が救われる。

しかし同日、人工血液が開発された病院で圭吾の妹が急死する。

ゴールデン・ブラッドというのは、自爆テロの時、使われた血液型を問わない万能の人工血液のこと。

この人工血液の開発を巡って爆弾事件や殺人事件、放火などが起きる。

ストーリーとしては次々と事件が起こるので面白いのだが、全体的にあまり深みが感じられない。

「ただ楽しむため」と割り切って読めば、それなりに楽しめる小説だと思う。

2020年6月 7日 (日)

江部康二の糖質制限革命/江部康二

Photo_20200602062701

 人類が誕生したのは約700万年前といわれていて、それから1万年前までは狩猟採集時代が続いていました。
 この700万年間の人類の食事内容については、よくわからないところもありますが、少なくとも穀物がなかったことだけは間違いありません。
 つまり、極めて糖質の少ない食生活だったわけです。この700万年の間、私たちの祖先の身体は、糖質の少ない生活で生き残るように、少しずつ機能を整えていきました。
 そうして出来上がったのが、今の人間の身体です。

糖質制限のおすすめの本である。

糖質制限は人類の元来の食に戻ることだと著者はいう。

糖質制限食を実行すれば、現在の日本で「四大死因」と呼ばれている病気にも予防効果が期待できる。

四大死因とは、がん、心疾患、肺炎、脳血管疾患のこと。

また、肥満解消にも効果的だという。

糖質制限食が肥満解消につながる理由は、

第1に、糖質が少ないので身体の脂肪が燃えやすく、肥満ホルモンも少なくなる。

第2に、糖新生や食事誘発性熱産生が多いので、消費カロリーが多い。

ということ。

このように読んでいくと、いいことづくめのような気がするのだが、もちろん、反論する人もいる。

また、個人差もあるだろう。

要は、やってみて効果の見られた人は、続けてやってみることではないだろうか。

書いてあることを妄信せず、自分の身体と対話しながらやることが大切なのではないだろうか。

2020年6月 6日 (土)

なぜカリスマ経営者は「犯罪者」にされたのか?/須田慎一郎

Photo_20200601085101

 朝日新聞は腐っても検察の身内です。世の中に一定の影響力がありますから、リークするなら朝日という空気感が検察内にはあります。また、朝日は決して法務・検察を批判しません。この両者はいまだにメディアを使えば情報統制できるという昭和のイメージが続いています。

かつて検察には「巨悪」に立ち向かう、唯一にして絶対の存在、というイメージがあった。

「ロッキード事件」「リクルート事件」などはまさにそのようなイメージである。

検察にとっての成功とは、しかるべき悪人をしかるべき罪で立件し、公判を維持して有罪まで持ち込むこと。

そのためにはマスコミに現場を荒らしてほしくないという状況がある。

一方、検察はマスコミと持ちつ持たれつという関係だ。

時としてマスコミの協力を仰ぐこともある。

「巨悪を追及」し、「時代の要請」によって「時代にけじめをつける」。

その手段が国策捜査である。

これが戦後の経済事件を手がけるなかではっきり明確になってきた。

これが政治汚職から経済検察化していった検察の歴史だ。

例えば、ライブドアによるニッポン放送買収事件。

この事件でホリエモンは〝犯罪者〟となり、日本経済界から追放されてしまった。

検察からすれば、ホリエモンように欲得にまみれて額に汗せず濡れ手で粟でカネ儲けしている連中は許せない。

そんな感情があったとしても不思議ではない。

この正義感こそが特捜部の事件化するうえでの動機だ。

事件化するうえでは、ある意味で理屈づけと世論の後押しが必要。

では世論は何によって形成されるのか。

それはやはりマスコミ報道である。

つまりマスコミの協力や支援なくしては、いかに特捜部といえども、国策捜査を進めていくには心もとない。

起訴や有罪に持っていけるかどうかにさえ直結していく。

逆にマスコミから見れば検察との関係を深めておく必要があった。

検事からいかに情報を引っ張ってくるかが記事の優劣に表れてしまう。

そのため、検事とのあいだで良好な関係をどう構築するかがとても重要になってくる。

特ダネを抜かれてしまったら自分に対する記者としての評価に響く。

できる記者、できない記者というレッテルさえ貼られてしまう。

だから記者も必死なのである。

検察から情報を得るためには賭けマージャンでもなんでもやる。

そんな中で、検察は事件化したい案件があると、番記者にこっそりリークする。

それによって世論が形成され、検察が検挙しやすい環境ができる。

つまり昔から検察とマスコミとは持ちつ持たれつという関係があったのである。

検察の落としどころがリークだった。

立件は難しいが犯罪性としてはグレーゾーンのケースでは、とくに政治家がらみの案件でたくさんリークはある。

それを阿吽の呼吸で掲載してくれるメディアが必要であり、一昨年の朝日新聞のスクープにつながる。 

日産自動車の社用飛行機に東京地検特捜部が乗り込み、カルロス・ゴーン会長に任意同行を求め、その後に逮捕にいたる。

そんな急転直下の瞬間を撮った動画が当日の2018年11月19日に動画サイトの朝日新聞の公式ページにアップされた。

その直後に日産自動車は西川社長が記者会見を開く。

ここで最大のポイントは、逮捕劇の舞台となった羽田空港に特捜部以外に朝日新聞の記者がいたこと。

翌日の朝日新聞を見ると、その詳細がドキュメンタリータッチで書かれている。

これは実際に現場で見てきた人間にしか書けない。

検察が朝日新聞にリークして記者が現場に居合わせる。

つまり、特捜部にとって朝日新聞というメディアは数あるなかでも特別な扱いなのがわかる。

特捜部からすれば「朝日新聞が事件の流れをつくれば他紙もついてくる。それで世の中の評価が固まってくる」という考えなのだろう。 

昔は検察と記者のあいだには持ちつ持たれつの関係があった。

そういう関係であればお互いに絶対裏切らない。

運命共同体となって完全に特捜部の一員と化すわけだ。

メディアとしての影響力があり、ネタも共有できる。

そんな存在のマスコミが朝日新聞だったわけだ。

今回の黒川元検事長の賭けマージャン問題。

こんな流れを振り返ってみると、妙に納得ができてしまう。

2020年6月 5日 (金)

思考整理のキホン/井上龍司

Photo_20200531073701

 仕事がデキる人とそうでない人との差は、「思考整理ができているかどうか」です。

頭の中がゴチャゴチャで仕事ができるわけがない。

「思考整理」ができるかどうかが仕事のできる条件の一つであることに間違いはない。

では思考整理とは何なのか。

不要な情報を捨てて、わかりやすく並び替えることである。

どれだけ複雑で膨大な情報であろうとも、「不要な情報を取り除き」「残った情報を整える」というふたつが、思考整理の大原則 になる。

そしてそれは、頭の中を飛び交う情報を紙に書き出すことによって可能になる。

頭の中にある情報を書き出した上、不要な情報を取り除き、残った情報の優先順位を立て、順次実行していく。

これを実行するだけで、仕事の完成度は上がるのではないだろうか。

2020年6月 4日 (木)

レジリエンス入門/内田和俊

Photo_20200530061201

 アメリカンフットボールの名コーチとして知られるルー・ホルツは言いました。「人生は、その10%は私に何が起こるかであり、90%はそれにどう対処するかだ」
 私たちは自分の身に降りかかる出来事を選ぶことはできません。でも、その出来事をどうとらえ、どう対処するかは自分で選べます。

「レジリエンス(resilience)」は、私たちがよく知っている「ストレス(stress)」と同様に、もともとは物理学用語だったもの。

それがその後、心理学用語として使われるようになった。

物理学用語としての「ストレス」は「外圧による歪み」という意味。

それに対し「レジリエンス」は「その歪みを跳ね返す力」として使われている。

心理学用語としてのレジリエンスは「精神的回復力」「復元力」「心の弾力性」などと訳されることが多い。

もう少し分かりやすく表現すると「目の前の逆境やトラブルを乗り越えたり、強いストレスに対処することができる精神力」のこと。

レジリエンスを「心の筋肉」と表現する人もいる。

では心はどこにあるのか。

それは脳である。

ということは脳を鍛えればよいということ。

ただ、学校の勉強とは異なり、レジリエンスを高める脳の鍛え方は、知識を増やすのではない。

視点を増やすこと。

言いかえると、一つの出来事や事実を多くの異なる視点から違う見方をする訓練だ。

レジリエンスは、視点を増やし、柔軟な発想を養うことによって強化される。

これこそが脳つまり心を柔軟にする。

それによって、しなやかで折れにくい心が育っていく。

筋肉のない人はいない。

そして筋肉は鍛えれば強くなる。

ストレスの多い昨今、心の筋肉を鍛える必要は高まっているのではないだろうか。

2020年6月 3日 (水)

トヨタ仕事の基本大全/(株)OJTソリューションズ

Ojt

 トヨタでは真因に迫るために、「なぜ」を繰り返して要因を絞り込んでいきます。
 2回や3回の「なぜ」で真因が見つかるケースもありますが、問題解決に慣れていない人は、真因に到達していない段階で、「これが真因だ」と決めつけてしまいます。
 4回、5回としつこいほど「なぜ」を繰り返すことによって、真因に迫れるようになるのです。 


トヨタで問題の真因を突き止めるために「なぜを5回繰り返す」のは有名だ。

例えば、若手の営業担当の50%が1年以内に辞めてしまうという問題があった場合、

(なぜ❶)なぜ、辞めてしまうのか……営業部内で浮いた存在になってしまうから

(なぜ❷)なぜ、浮いてしまうのか……売上ノルマを達成できないから

(なぜ❸)なぜ、達成できないのか……自己流で営業をしているから

大抵はここでストップしてしまう。

すると、「自己流で営業をしている」ことが真因だと考え、「上司や先輩がサポートする」といった対策になうりがちだ。

では、上司や先輩にサポートするように頼だら、若手の営業担当の成績は改善するのか。

そうはならない。

上司や先輩の間にも力量差があるからだ。

つまり、「自己流で営業をしている」は真因ではなかったということ。

だから、続けて、4回目、5回目の「なぜ」を続ける必要がある。

(なぜ❹)なぜ、自己流になるのか……誰も体系的な手法を教えられないか

(なぜ❺)なぜ、教えられないのか……営業手順の「標準」がないから

営業手順の標準がないことが、真の要因であれば、「営業手順の標準をつくる」という対策をとれば、誰でも営業手法を新人に教えられるようになる。

新人の頃から「なぜを5回繰り返す」ことを教えられるトヨタ。

こうやって強い現場が作られるのだろう。

2020年6月 2日 (火)

食べ物のことはからだに訊け!/岩田健太郎

Photo_20200528080201

 健康本で勉強しすぎると逆説的に食べ物に対するセンサーは劣化していきます。

世の中、健康本であふれている。

流行の糖質制限であっても、それを推奨している本もあれば、否定的な本もある。

何を信じてよいかわからない。

著者は「健康に良い食べ物は人に聞くな、自分で決めろ」と言っている。


大事なのは「私はどういう人か」という「私」の身体に対する理解。

「私」の体質を知り、私の体質にちょうどいい食べ物を合わせてあげれば、それが「私にとって」もっともよい食べ物。

自分の身体にいい食べ物は自分の身体が一番知っているというのである。

主観による評価というと随分非科学的でデタラメだと思う人もいるかもしれない。

そんなことはない。

主観による評価はしばしば実に妥当なのだ。

よい音楽というものがある。

よい絵画というものがある。

あるいはよい小説というものがある。

それは間違いなく現存する。

しかし、問題はよい音楽、よい絵画、そしてよい小説の基準だ。

あるいは定義だ。

どうやったらそれは「よい」と言えるのか。

そこには客観的な基準はない。

音楽、絵画、小説を評価させるのはあくまで主観だ。

決して客観的な基準や定義がなくてもよい音楽や絵画、小説を言い当てる能力を持つ人物も現存する。

よい音楽や絵画、小説が現存するように、よい音楽の、よい小説の評価者は必ず存在する。

その基準を言語化して、数値化して言い当てられないだけで。

それを評論家の小林秀雄は「直覚」と呼んだ。

「トンデモ」健康本では朝食を食べるなとか、いろいろうるさいことを言う。

こんなことは自分の感性が決めればよいこと。

朝型の人と夜型の人でも朝食のもつ意味は異なる。

自分で朝食を食べてみて、体調がよくなるかどうか試してみればよいだけの話。

朝食に何を食べるのが良いかも、いろいろ食べてみて微調整するのが良い。

夏になると食欲は落ち、体内の脂肪分は落ちて暑さに対応しやすくなる。

冬になると体重は増え、体脂肪は増して寒さに対する緩衝になる。

なので、年間を通じて同じ体重を保つのは四季のはっきりした日本においては不自然なのだ。

「一定の体重を保ち続ける」のも不自然。

食べ物も同様で、極端な食事はすぐに飽きてしまう。

飽きはストレスの元となる。

時には変化を付けて、ごちそうもあり、ジャンクフードもまあたまにはいいか、と自分に許す寛容も大事。

寛容な心も健康にとってはとても大事な要素だ。

感性を磨いていくと、自然に「規則正しい食事」に耐えられなくなる。

なぜなら、「飽きてくる」から。

感性が鋭くなると、同じ食事に飽きてくる。

あっさりした食事が好きな人も、たまにはこってりした食事を食べるのがアクセントになってくれる。

逆もまた然り。

要は、それを感知するセンサーを磨くことの方が大事だということであろう。

2020年6月 1日 (月)

行動が早い人の仕事と生活の習慣/野呂エイシロウ

Photo_20200527065201

 フェイスブックの創業者、マーク・ザッカーバーグは「完璧をめざすより、まず終わらせろ」と言っています。成功の実数を上げるには「確率より量」と述べましたが、これは「質より量」とも言い替えられます。多くの場合、質を上げるのは後からでもできます。

一流のビジネスマンになればなるほど「行動が早い人」を評価するという。

行動が早い人は、何か問い合わせや相談をしたときの返事や返信が早い。

会話や電話での声がハキハキとしていて大きく、話し方も簡潔でさわやか。

頼んだことは面倒がらずにすぐに着手し、即報告。

企画書も経費の精算も後回しにせず、すばやく仕上げる。

いつも忙しそうだけど、連絡はこまめで、長時間既読スルーにはしておかない。

さらに行動の早い人は、食べるのも速いし、歩くのも速い。

行動が早い人は、勢いという強いエネルギーを周囲に放っていて、大勢の人を巻き込み、引っ張り、ぐいぐい仕事を進めていく。

それによって、ますます周囲の人に存在感を示す。

行動を早くすることによってこのようなものを手に入れることができる。

ザッカーバーグも言っているように、完璧主義を捨て、まず行動することを心掛けることが必要なのではないだろうか。

« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »