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2020年7月16日 (木)

国家を考えてみよう/橋本治

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「国家=国民」と「国家=領土」であるような「nation」と「state」という二つの言葉があるのは、英語だけではありません。フランス語にもドイツ語にも、同じ二種類の言葉があります。つまり、「国家」というものには、「人=国民」を中心にして考えるか、「土地=領土」を前提にして考えるかという、二つの違う考え方があるのです。

本書によると、「国家の歴史」は二段階に分かれているという。

第一段階はは「国家は支配者のもの」

第二段階は「国家は国民のもの」という近代国家。

ただ、日本の場合、明治時代になって「国家」という言葉が定着するまで、日本の歴史に「国家」の二文字はほとんど登場しない。

江戸時代まで、普通の日本人にとって、「国家」というものは、「どこかにあるのかもしれないけど、こっちとは関係ないから知らないよ」のものだった。

どうして「関係ないから知らないよ」ですんでいたのかというと、日本には「幕府」というものがあったし、「日本全体」を表す「天下」という便利な言葉もあった。 

では、いつ「国家」が出現してしまったのかというと、この答は簡単。

「明治」に改元され、この時に京都の御所で、「王政復古の大号令」というものが読み上げられた。

日本に「国家」は、この時に復活した。

江戸時代の最後には、明治維新を迎えるための二つのステップ、「大政奉還」と「王政復古」があった。

「王政復古」の二カ月前にあった「大政奉還」は、将軍徳川慶喜が、「政治の全権を朝廷に返還する、征夷大将軍も辞職する」と願い出たこと。

「王政復古」は、明治天皇のいる朝廷の方から、「これからは天皇が日本の政治の中心になる」という宣言が出されたこと。

というわけで、「王政復古の大号令」によって、「〝国家〟なんか知らないよ」だったはずの日本に、突如「国家」は登場した。

明治時代になって、「国家」は天皇のものになった。

そうして出現した「国家」を支える新しい組織が、「政府」なのだ。

強い支配者を作り上げて、そのことによって国家を強くするというのは、実は「近代の前段階」。

その「強い支配者の国家」を崩して「国民の国家」にしなければ、本当の近代はやって来ない。 

「革命」というもののなかった日本は、戦争で負けることによってやっと、「主権在民」を前提とする日本国憲法を持つ、近代国民国家へと生まれ変わった。

これらが日本という国家が生まれ、さらに近代国家へと生まれかわった歴史である。

あるのが当たり前であまり深く考えることのない「国家」というもの。

その成り立ちから近代まで「国家」というものについて改めて考えさせられた。

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