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2020年7月 6日 (月)

ハーメルンの笛吹き男/阿部謹也

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 伝説Sageとはおとぎ話・メルヘンと違って本来何らかの歴史的事実を核として形成され、変容してゆくものだからであり、特にこの〈笛吹き男と130人の子供の失踪伝説〉はまったくのフィクションとは考えられないほどの迫力をもって、人々の記憶に深く跡をとどめているからである。

ハーメルンの笛吹き男の伝説を通して、これが生まれた背景を客観的資料によって考察している。

13世紀ドイツの小さな町で起った、ひとつの小さな事件から生まれたローカルな伝説。

この伝説は僅かの間に全世界に知られるようになった。

1284年に起ったこの事件が何であったにせよ、この頃のハーメルンの人々の悲しみと苦しみが時代を越えて私たちに訴えかけているからであろう。

伝説とは本来庶民にとって自分たちの歴史そのものであり、その限りで事実から出発する。

その点でメルヘンとは質を異にしている。

「伝説は本来農民の歴史叙述である」(ゲオルク・グラーバー)といわれるゆえんである。

そのはじめ単なる歴史的事実にすぎなかった出来事はいつか伝説に転化してゆく。

そして伝説に転化した時、はじめの事実はそれを伝説として伝える庶民の思考世界の枠のなかにしっかりととらえられ、位置づけられてゆく。

〈笛吹き男と一三〇人の子供の失跡〉の伝説はハーメルンという一都市の伝説でしかなかった。

だが、市参事会の裏切りに対する鼠捕り男の復讐というモチーフが加わったことによって、この伝説は普遍的な意味をもつことになった。

16、7世紀以来〈ハーメルンの笛吹き男伝説〉は、教会や神学者による民衆教化の手段として、

あるいは不可解な運命に弄ばれてきたドイツ民族の過去の解明の一手段として、

あるいは解放戦争、ドイツ統一運動へ民衆を結集する手段として、

あるいは民衆精神の発露として、

あるいは単なる知的好奇心の対象として、

それぞれ神学、啓蒙思想、ローマン主義、歴史学などの対象とされてきた。

また文学や音楽の分野でもこの伝説は格好の題材とされ、ゲーテも1823年に『鼠捕り男』と題する子供向きの絵入りバラードを書き、大変よく読まれたという。

シューベルトやヴォルフなどの音楽家もそれを使って作曲している。

学者がどのように解釈し、解明しようとも、〈ハーメルンの笛吹き男と130人の子供の失踪〉の伝説はたとえ原型からどんなに変貌しようとも、忘れ去られることはないだろう。

親が成長した子供を旅立たせ、親しい者同士が別れを告げ、あるいは住みなれた土地を去って未知の国に旅立ってゆく時、

あるいは現在の生活に絶望した親たちが子供に美しいバラ色の未来の国を期待している時、

このようないつの世にも変らない情景がみられる限り、人々の胸の奥底に生きつづけることだろう。

また人間が他の人間を差別の目で見ることをやめない限り、〈笛吹き男〉はいつの世にも登場するだろう。 

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