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2020年7月25日 (土)

創作の極意と掟/筒井康隆

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 小説を書こう、あるいは小説家になろうと決めた時から、その人の書くものには凄味が生じる筈である。小説を書くとは、もはや無頼の世界に踏み込むことであり、良識を拒否することでもある。ただ無邪気な童話を書こう、心温まる話を書こう、純愛を書こうというような場合でも、小説を書く覚悟を決めた人が書く以上はどんな小説であれ、そこには必ず凄味がある筈で、だから逆に言えば、殊更小説には凄味がなくてはならぬなどと言う必要はないのかもしれない。

本書はプロの作家になろうとしている人に対して書かれている。

文章を書いてそれを生活の糧にするには相当の覚悟がいるのではないだろうか。

事実、小説家といわれる方々の中で、本業だけで食べていける人は何割位いるのだろう。

村上春樹や東野圭吾といったベストセラー作家は稀で、ほとんどは食っていけない。

にもかかわらず、小説家という職業を選ぶということの中には、当然覚悟がある。

だからプロの作家の書く小説には凄みがあるというのである。

凄味が必要、と言えばすぐに「死」だの、死に結びつく「恐怖」だのを書こうとするのも安易と言えよう。

死の恐怖は本能的なものである。

だからといって死や恐怖を登場人物に与えていくら怖がらせても、それが凄味を生むとは思わない方がよい。

もっと人間の深層の襞の中にある不条理感、無力感などが刺激されねばならない。

カフカの不条理感覚は「変身」にしろ「審判」にしろ、結果的には死に結びつくのではあるが、その表現の絶妙さゆえに凄味がある。

つまり死や恐怖は間接的表現の裏側にぼんやりとその存在をほのめかした方が凄味に結びつくことはあきらかなのだ。

と、このように述べている。

自らがプロの作家である著者が自分に言い聞かせるように書かれていることが印象に残った。

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