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2020年7月23日 (木)

科学は誰のものか/平川秀幸

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 広くいいかえれば、「科学が問わない」あるいは「科学が問えない」問いを問うこと、科学者ではないがゆえに湧き上がってくる疑問を口にすること、それこそが、僕たちが科学技術ガバナンスのなかで果たせる、そして果たすべき決定的な役割なのだ。関西人風にいえば、「なんでやねん!?」と科学技術の斜め横からツッコミを入れることだ。

子供の頃、科学技術は光り輝く夢と希望に満ちていた。

アポロ11号の月着陸に胸躍らせ、大阪万博の開幕を待ちわびていた60年代。

家庭には、テレビや冷蔵庫などの電化製品が、続々と普及。

64年の東京オリンピックでは世界に向けて衛星中継された。

人々が、お茶の間にいながらにして、科学技術の進歩とそれがもたらす生活の豊かさや便利さを、まざまざと実感できる時代だった。

70年代、未来を彩っていたのは、科学技術の進歩が描く夢と希望だった。

たとえば原子力の夢。

大阪万博が開会した70年は、商用原子炉「敦賀発電所一号機」が稼動を始めた日でもあった。

そこで作られた電力は、関西電力が「万博に原子の灯を」の標語を掲げて建設した送電線を通して福井県から大阪に送られた。

場内でピカピカの電気自動車を動かしていたのも、もちろんその電力だ。

当時それは、原子力が開く明るい未来を象徴する出来事として、広く世の中に喧伝された。

ところが今原子力といえば、相次ぐ事故や不正により、科学技術と社会、人間のあいだの「軋み」の象徴となってしまっている。

科学技術の進歩がそのまま幸せな未来に続く──そんな明るい希望を素朴に信じられた時代は過去となり、科学技術は「夢と希望」であると同時に「社会問題」そのものでもあることを、私たちは知っている。

「夢と希望の科学技術」から「問題としての科学技術」へ。

この40年ほどのあいだに、私たちにとって科学技術の姿は大きく変わってしまった。

今問われているのは、科学技術の進歩に未来を任せるのではなく、望む未来に向けて、科学技術をどう「舵取り」していくか、そして「誰が」その舵を取るのかだ。

「科学技術の問題」には、科学的にきっちり答えなければならない問題とともに、科学では答えられない、答えるべきではない問題が含まれている。

期待や喜び、利益、あるいは失望や怒り、悲しみ、損失、不正義といった多様な社会的で人間的な意味を、科学技術は否応なく帯びてしまう。

そんな意味についての問いや語りを、見えなくさせてはならない。

そして、もう一つ大事なことは本来、科学的に語るべきではない問いを、科学的な語りから、いかに救い出すかということだ。

一方で「科学では答えられないものがある」とは知っていながら、「科学的な客観性は、唯一の正しい答えを保証してくれる」という期待は、今もとても根強い。

このため、しばしば科学は、本来答えるべきではない問いまで「科学的な語り」に囲い込んでしまうことがある。

私たちが、科学に委ねてよいものとそうでないもの、科学的に考えるべきこととそうでないことをかぎ分ける嗅覚を取り戻すこと。

科学の問いの向こう側を探ること。

それが科学技術に限らず、私たちが問われている問題ではないだろうか。

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