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2020年8月30日 (日)

東大落城/佐々淳行

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 時に1月19日午後5時46分。
 安田講堂の〝城攻め〟が始まってから、実に34時間46分、〝東大のいちばん長い日〟は終わろうとしていた。
 梯子をよじのぼって屋上に躍りあがった五機の磯部第一中隊長は、河野第四中隊長、石川分隊長らとともに最終点検のため時計台に昇った。時計台は食糧倉庫だったと見え、パン、握り飯などがぎっしり貯えられていた。時計台最先端には籠城学生らが立てた赤旗が結びつけられたままになっている。
 磯部中隊長は、赤旗をとりはずし、中年の東大教職員が手渡す真新しい日章旗をてっぺんに掲げる。大寒の風吹く夕闇空に、クセノン投光器のイルミネーションをうけた日の丸がへんぽんと翻る。5時55分だった。


本書は、東大安田講堂の攻防戦に、警視庁の警備第一課長として臨んだ著者が、当時のメモを元につづった迫真のドキュメントである。

東大安田講堂攻防戦は、リアル・タイムのテレビ生中継で現場の状況が長時間、直接お茶の間に放映された最初の大事件だった。

その視聴率の高さは、当時記録的といわれた。

安田講堂事件は目的も手段もまちがいだったことが今日では証明された、〝直接行動〟による世界同時・急進・暴力革命路線、「トロツキズム」の挫折の始まりだった。

当時はベトナム戦争の最盛期であり、中国では「造反有理」の文化大革命の嵐が吹き荒れていた。

東大闘争は、前近代的な官学の体質改善要求の学生運動に端を発している。

それに、全世界的な流れだったベトナム反戦の平和運動、既成の権威と体制打倒の文化大革命、日米安保条約改訂阻止の反安保政治闘争などの大きなうねりが加わる。

〝パックス・ソヴィエティカ〟こそ至高のイデオロギーと誤信した左翼運動とあいまって、長期にわたる〝高原闘争〟に発展した政治闘争だった。

全共闘はその政治目標達成の方法論として、マルクス・レーニン主義の「目的は手段を正当化する」との理念を援用し、〝直接行動〟を目的の正しさによって正当化される「人民の抵抗権」と理論づけて、ゲバ闘争を展開して結局自滅した。

安田講堂事件は、その自滅の始まりだった。

東大闘争を頂点とする全共闘闘争とは、果たして戦後日本の興隆にどんな役割を果たしたのか?

またそれは歴史的にみて戦後の社会運動史、学生運動史にどのような意義を残したのだろうか?

もしそれが、時間とエネルギーの空費にすぎない〝壮大な無〟だったとすれば、機動隊の流した血と汗も無駄となる。

治安と秩序を守るために彼らが心身の重圧に耐えた長い日々や、眠りを奪われた多くの夜もまた無意味になってしまうだろう。

それではあまりにむなしいし、双方の犠牲者たちも浮かばれない。

改めてそう思う。

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