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2020年8月27日 (木)

なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか/渡瀬裕哉

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 「アイデンティティの分断」は、ほぼ無限に新しい切り口を伴って何度でも繰り返し仕掛けられる。われわれはその内容を吟味する余裕すらなく、知識人・メディア・政治家たちにより、新しく生産された分断内容による「社会的な被り物」を着けるよう強制される。

著者によると、民主主義社会におけるアイデンティティの分断は、選挙のマーケティング技術の発展によってもたらされているという。

アイデンティティの分断とは、技術革新がもたらした単なる結果に過ぎない。

そして、アイデンティティの分断が政治的動員に利用されることで、本来は多様であるはずの人々のアイデンティティは、画一的で単純なものに押し込められていく。

選挙の現場では無限とも言えるほどの社会問題が陳列棚に並べられており、人々の間に生じている「アイデンティティの分断」については、否が応でも目に入ってくる。

なぜなら、選挙活動の基本原理は「人々の分断を煽り、自らの支持者を投票に行せるように動機付けること」にあるからだ。

選挙のマーケティング技術の定義は「社会に存在するアイデンティティの分断を発見し、その分断の認知を広く流布し、なおかつ有権者のアイデンティティを画一化に向けて誘導する技術」である。

選挙のマーケティング技術の根幹は、「アイデンティティの分断」を発見することにある。

つまり、単純な情報技術の問題ではなく、社会科学的な要素を踏まえて人間社会を複数のグループに隔てる断層を発見する行為こそが、何よりも重要なのだ。

アイデンティティの分断を発見することは、選挙の観点から見ると「選挙争点」を作ることとほぼ同義である。

そして、その「アイデンティティの分断」を発見することを専ら仕事にしている人々が知識人である。

本来、人間が持つアイデンティティというのは、極めて多様な要素を含んでおり、次々に新しい要素を加えられる柔軟なものだ。

生得的環境によっていくらかの制約はあるが、原則として、人間は自らの自由意思で、自分のアイデンティティに関して採用・不採用の判断を行える能力を持つ。

しかし、知識人・メディア・政治家たちは、人々のアイデンティティをある特定の断面からのみ切り取って分断し、その分断面から見える画一化されたアイデンティティを人々に形成させようという試みる。

彼らは人間が持つアイデンティティの多様性を切り捨てることで、人々を画一的な政治的価値を持つ「部品」に切り替えようとしている。

アイデンティティの多様性を失った人々は、画一化された思考の下、分断の壁の向こう側に存在する「敵対者」との終わらない争いを続けさせられることになる。

このような不毛な行為の繰り返しが不必要な社会的対立や軋轢を生み出し、私たちの民主主義が健全に作用する機能を奪いつつあるのだ。

そのため、私たちは自らのアイデンティティを形成・維持すること、そして民主主義の健全な機能を回復するために、必要な対応を取ることが求められている。

社会構造上、「アイデンティティの分断」は避けられない流れだ。

しかし、こうした間違った他者の言説によって受動的に分断が行われる状態にあっては、その分断が不幸を再生産してはいまいか。

こうした状況を言語化し、克服する必要があるのではないだろうか。

それが民主主義の課題だと思う。

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