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2020年9月19日 (土)

アメリカ史/ジェームズ・ウエスト・デイビッドソン

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 コロンブスは北米を発見した最初のヨーロッパ人ではない。約500年前、紀元1000年頃、レイフ・エリクソンがノース人(バイキング、古代ノルウェー人)の男女数名を連れて、今のカナダのニューファンドランド北端にたどり着いた。そこから彼らがヴィンランドと呼ぶ場所に至った。だが、彼らバイキングの入植はそれを最後につづくことはなく、ヨーロッパでは忘れ去られた。だから、コロンブスの渡航はほんとうに画期的な出来事だったのだ。1492年以降、世界の東半分が西半分と切り離されることはもはやなくなる。

歴史に学ぶことは重要だ。

なぜなら、過去の出来事がわたしたちすべてを作り上げたのだから。

歴史は自分たちは何者で、何を信じ、どんな主義を大切に保持しているかといった数々の物語を紡いでいる。

前に進むには、後ろを振り返ることが必要だ。

ふたつの大きな考えがアメリカ史全体に響き渡り、ともに回転しながら、常に戻ってきている。

自由と平等だ。

このふたつは1782年に初めてアメリカの国璽に刻まれたモットー「多数から成るひとつ」を通じて、まさにこの国そのもののように、たがいに引きあう。

われわれは自由だ、平等だ、ひとつだ。

ふたつの言葉は何度も繰り返され、もはや当たり前のように受け止められている。

だが、「多数から成るひとつ」はまやかしであるように思える。

人類の歴史において、合衆国を取り囲む領土がほんとうにひとつになったことがあるか?

コロンブスはひとつの大陸の端に錨をおろしたが、すでにその地はそれぞれ異なる数百の地元の文化と言語によって分断されていた。

ヨーロッパ人とアフリカ人がそれから3世紀に渡って入ってくることで、その混合の度合いはさらに増した。

わたしたちが現在生きている世界は、建国の時代に活躍した人たちが予想もしなかった危険を確かにはらんでいる。

そしてアメリカの政治体制は発展過程で激しく分離し、密接につながりあった世界からおよそほど遠いものになっているように思える。

この国家は持ちこたえることができるのか?

自由で平等でひとつでいられる新たな諸策を見出すことができるのか?

アメリカは建国時より「多数から成るひとつ」をモットーとし、それを目指すことになるが、まさにこれがこの国の最大の問題となる。

コロンブスが上陸したときからそれぞれ異なる数百のアメリカ先住民の文化が存在した。

そのあと3世紀に渡ってスペイン人、フランス人、イギリス人、オランダ人、スウェーデン人、スコットランド人ほかのヨーロッパ人受け入れる。

さらにはおそらくそれ以上のアフリカ人を受け入れる。

のちにはアイルランドやドイツや東欧や南米や中東からの移民に加えて、中国や日本をはじめとするアジア諸国の人々まで受け入れることになる。

これだけ多様な人々がひしめきあうなかで、「完璧なる国家」を実現するために自由と平等が叫ばれる。

だが、奴隷制度と人種問題が最大の問題として存在し、南北戦争によってこの制度は一応解消されるものの、分離と差別という形でその後も――おそらく現在に至るまで――残されることになる。

さらに同じく南北戦争後に新たな産業システムが形成されたことで合衆国は世界のどの国よりも金と力を手にする。

しかし、国内では各産業界のリーダーたちと労働者たちとの貧富の格差は著しいものとなる。

これも合衆国が求めた「機会の均等」がもたらした結果であると富める者たちは主張する。

さらには「アメリカらしさ」を、「純潔」を求めることによって、国は結合ではなく、分離に向かう。

純潔を維持するのであれば、誰もが同じ考え方をする者たちだけの国にし、それ以外の者たちは締め出せばいい。

それが今のアメリカの「分断」につながっている。

本書を読むことで、どうしてアメリカ国民がドナルド・トランプを第45代大統領に選出したかもおのずとわかる。

これからアメリカはどの道を選び取っていくのだろう。

歴史を学ぶことにより、ますますそのことへの興味がわいてくる。

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