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2020年9月14日 (月)

海軍乙事件/吉村昭

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 太平洋戦争中、日本海軍の部内で甲事件、乙事件と呼称された事件が起っている。
 甲事件とは、昭和18年4月18日、ラバウルからブーゲンビル島方面へ前線将兵の労をねぎらうために飛行機で赴いた山本五十六大将ほか幕僚が、ブイン北方でアメリカ戦闘機の攻撃をうけて戦死したことをさし、乙事件とは、翌昭和19年3月31日、パラオからダバオへ飛行艇で移動した古賀峯一大将らが悪天候に遭遇、殉職したことを言う。


海軍乙事件とは大東亜戦争中、連合艦隊司令長官 古賀峯一海軍大将が搭乗機の遭難により行方不明となりその後殉職扱いとなった事件。

及び、古賀大将に随伴した参謀長福留繁中将が搭乗機の不時着によりフィリピンゲリラの捕虜となった事件。

この事件の際に福留中将が保持していた日本軍の最重要軍事機密文書がアメリカ軍に渡った。

ところが海軍中枢部は、福留中将一行が原住民に奪われた機密図書について重大な関心をいだかなかった。

それらがゲリラ側からアメリカ側に渡されたようなことはないと判断していた。

そのため連合艦隊司令部の作成したZ作戦計画を変更することはせず、司令部用暗号の切替えもおこなわなかった。

しかし、戦後、連合国情報局のアリソン・インド米陸軍大佐の証言記録によると、機密図書類がゲリラ隊長クッシング中佐から米軍側に渡されたことが明記されている。

機密図書類は、ゲリラの手でセブ島南部に送られ、夜間ひそかに浮上したアメリカ潜水艦に渡された。

そして、それは、オーストラリアのブリスベーンにある陸軍情報部に送られた。

情報部では、それら機密図書の全ページを複写し、さらにマッシュビル大佐指揮下の翻訳者たちが徹夜をつづけて一語も余さず翻訳した。

そして、それらを機密図書とともに海軍情報部へ送りとどけ、情報資料判定官と分析官の手にゆだねられた。

アメリカ海軍は、その機密図書が極めて重要な内容をもつものであることを知り、興奮した。

かれらは冷静に検討し、機密図書殊にZ作戦計画が奪われたことによって日本海軍が作戦計画を変更することを恐れた。

つまりアメリカ海軍は、日本海軍がその計画書通りに作戦を起すことを期待し、その裏をかくことを企てた。

そのためには、連合国側がそれらの図書を入手しなかったように偽装する必要があった。

アメリカ海軍は、そのような結論に達し、潜水艦に書類ケースをのせて飛行艇の不時着した海面に向わせ、故意にそのケースを流した。

日本海軍の潜水艦にそれを発見させて、引揚げさせようとしたのである。

この暗号書および作戦計画の入手は、のちのレイテ湾海戦に重大な役割を演じた。

海軍乙事件によってZ作戦計画の全貌は米軍側に確実に知られ、日本海軍はそれに気づかず計画通り作戦を実施し、多大な損失をこうむった。

この事件が示しているのは、日本とアメリカの情報に対する感度の違いである。

日本がアメリカに負けたのは圧倒的な物量の差だと考えられている。

確かにそれは事実だろう。

しかし、それと同時に情報戦に負けたとも言えるのではないだろうか。

 

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