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2020年10月12日 (月)

中世の星の下で/阿部謹也

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 ヨーロッパにおいても人間と人間の関係はモノを媒介にして結ばれているから、モノと人との関係を探ることによって人間と人間の関係の変化を明らかにする道が開かれている。そのような試みをいくつかのモノについて行なってみるとき、日本人のモノとの関係とは一見したところかなり異なっているようにみえる場合がある。

遠くヨーロッパ中世、市井の人びとは何を思い、どのように暮らしていたのだろうか。

私たちはここで、例えば石、星、橋、暦、鐘、あるいは驢馬、狼など、日常生活をとりまく具体的なモノと中世の人々との間にかわされた関係を探ることによって人間と人間の関係の変化を明らかにする道が開かれる。

たとえば石をめぐる伝承など。

古代においては石は地中で成長すると考えられていた。

かつては小さな石であったものが母なる大地から力を得て、大きく成長してゆき、母なる大地がもっていた治癒力をもあわせもつようになると信じられていた。

石のなかに無限の力が隠されているという考えはすでに古代世界以来中・近世にいたるまで広く信じられており、アリストテレスやプルターク、プリニウス、イシドール、アヴィケンナ、アルベルトゥス・マグヌスやベーコン、スピノザなどにも同様な考え方が認められているといわれている。

石のなかでも特に宝石はさまざまな病気に対する治癒力をもつものとみられていた。

ローマ人はこれらの宝石について詳しく伝えており、それによるとダイアモンドは毒物を中和する力をもち、緑柱石は肝臓に効き、エメラルドは痙攣に効果があり、サファイアは水腫、ルビーは風邪にきくという。

また晶洞石は妊婦の早産を防ぐといわれていた。

13世紀以降に投石器が普及してゆき、石と人間の関係も変ってゆく。

投石それ自体はかつて呪術的な行為であったが、投石器が扱う石はただの石にすぎないのである。

17世紀末にイギリスのニューハンプシャーで石を投げる悪魔として伝えられている話も民衆が為政者に対する不満を投石によって示したものと解することができる。

この場合も悪しきものを投石によって封じこめようとする伝統的思考が働いていたと考えられるが、そこに示されているイメージはかなり近代的な投石である。

石をめぐる人と人との関係はこの頃から明瞭に変化してくる。

と、このように石というモノが持つ意味が時代とともに変化してきている。

さらに兄弟団、賎民、ユダヤ人、煙突掃除人などを論じた文章の中に、被差別者に対する暖かい眼差しを感じながら、目に見えない絆で結ばれた人と人との関係を再発見することができる。

ヨーロッパ中世社会の人々の生活を通して、今の日本を考えさせられた。

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