« ネガティブな感情が成功を呼ぶ/ロバートビスワス=ディーナー、トッドカシュダン | トップページ | 中世の星の下で/阿部謹也 »

2020年10月11日 (日)

「きめ方」の論理/佐伯胖

Photo_20201006082501

 意見の多様性、価値観の多様性をできるかぎり容認しながらも、社会全体の「統一意見」を出さねばならないというのは、「社会的決定」のもつ最大のディレンマであろう。

本書は「社会決定理論」ということで、ある集団のなかでの意思決定の方法やその良し悪し、落とし穴などが語られている。

例えばゲーム理論での囚人のディレンマが紹介されている。

これによって明らかになるのは、個人の利益最大化原理は、ときに共倒れ現象を導き、社会全体としての破滅をもたらしかねないということ。

共倒れを避けて共存共栄を保障するには、社会の構成員は互いに話し合い、自らの利益最大化ではなく、共同利益最大化のために必要な行為を選択しなければならない。

そのためには、互いがどのような行為を選択すべきかを計画し、協定を結び、その協定に従って行動することを互いに約束し、その通り履行しなければならない。

たとえ、「だまし打ち」が個人にとってはいかに魅力的であろうとも。

囚人ディレンマの場合には、互いに話し合って実現すべき共存共栄の状態は、ただ一つであり、両プレーヤーにとって自明のものであった。

利害が対立している場合には、本人にとっての利益を最大にするという原則は、共倒れを覚悟しないかぎり成り立ちえないことは明らかであるということである。

つまり、「本人にとって得だ」とか、「本人にとって損だ」という言明だけをたよりに、社会道徳を構成することはできないということである。

社会の構成員が自己の利益計算をいかに合理的に行い、無駄なく、無理なく、誤ることなく行為選択をしても、社会全体が破滅にむかって「総共倒れ」になることから脱出することはできない、ということである。

以上が囚人ディレンマから得た明々白々の論理的結論である。

そして本書の主張は何かと言えば、これからの社会決定理論は、「社会の目」をもった人間による意思決定理論として進化させなければならない、ということ。

多様な意見や価値観を持つ集団がどうすれば正しい決定をすることができるのか。

永遠のテーマなのかもしれない。

« ネガティブな感情が成功を呼ぶ/ロバートビスワス=ディーナー、トッドカシュダン | トップページ | 中世の星の下で/阿部謹也 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事