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2020年12月28日 (月)

狂気とバブル/チャールズ・マッケイ

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 ハーレムに住むある貿易商は、たった一個の球根を買うのに全財産の半分を注ぎ込んだことで知られている。

民衆はさまざまな要因が重なって愚行に走ってしまうようだ。

この点について考えるうえで、著者は歴史家のフランソワ・ギゾの興味深い言葉を引用している。

「西欧は度重なるアジア侵略で疲れてしまったのだ、と繰り返しいわれているが、……人間は実際にやっていないことで疲れる、つまり祖先の仕事で自分たちが疲れるわけがないからだ。疲れというのは個人的なもので、受け継がれる感覚ではない。……」。

また、人間は過去のことをすぐに忘れてしまうともいわれている。

ギゾの論理からすると、過ちや愚行が繰り返されるのは、祖先が経験したことを後世の人間が実際に経験しているわけではないからであり、戦争がなくならないのは、残虐さや痛みを実際には知らない人間が引き起こすからだということになる。

だとしたら、残念ながら戦争や差別は永久になくならないし、いずれまた、どこかで投機熱も沸騰する。

本書の狙いは、さまざまな理由から集団心理が興奮状態に陥った驚愕の事例を取り上げて、集団がなぜこうも簡単に道を踏み外してしまうのか、何かに陶酔しているときも悪事におぼれているときも、人間がなぜこうも他人に追従し、群れることを好むのかを明らかにすることである。

人間は集団で思考する、とよく言われるが、集団で狂気に走る場合もあり、良識を取り戻すには、ゆっくりと、一歩ずつ進んでいくしかないのである。 

信用が不信と同じように無制限に拡大し、期待が恐怖と同じように途方もなく膨らんでしまうことがある。

そうこうしているうちに、無数の株式会社があちこちに出没するようになった。

これらは間もなく「泡沫会社(バブル)」と呼ばれるようになるが、これぞまさに、人間の創意が生み出した最高のあだ名であろう。

人々はおおむね自分たちがつけたあだ名に満足していた。

「泡(バブル)」ほどぴったりの名前はない。

男女を問わず、有名人も皆、こうした泡沫会社(バブル)の株に手を出していた。

個人もそうだが、国家も捨て身の賭けなどしようものなら必ず罰せられるのだ。

遅かれ早かれ、必ず罰が下るのである。

チューリップバブルはあまりにも有名だ。

コンスタンチノープルでは昔からチューリップの花が大いにもてはやされていた。

とくにオランダやドイツの資産家の間でチューリップ人気が沸騰。

アムステルダムの金持ちはコンスタンチノープルから直接球根を取り寄せては法外な値段で購入した。

その人気は年々高まり、1634年にはとうとうチューリップを収集していない資産家は趣味の悪さを証明しているようなもの、とまでいわれるようになった。

1636には珍種のチューリップの需要が急増し、アムステルダム証券取引所、ロッテルダム、ハーレム、ライデン、アルクマール、ホールンなどの町には定期市が設けられるまでになった。

ここで初めて賭博が広まりそうな兆しも見えてきた。

新しいものにはすぐに反応する株式仲買人たちもチューリップを大々的に取り扱い、価格を上下させようと知恵を絞りながら使える手は何でも使った。

チューリップの仲買人たちはチューリップの値動きに投機して、値が下がったところで買い、上がったら売るというやり方で大金を手に入れた。

貴族、市民、農民、商人、漁師、従者、使用人、煙突掃除人や洗濯婦までもがチューリップに手を出した。

あらゆる階層の人々が、財産を現金に換えて花に投資した。

チューリップ市場で契約金の支払いに充てるため、家や土地を譲渡する者や格安で売りに出す者も現れた。

外国人も同じ熱にうなされ始め、世界中の資金がオランダに流れ込んでくるようになった。

生活必需品の値段も次第に上がり、それに伴って土地や住宅、馬や馬車、あらゆる贅沢品の値段も上昇した。

数カ月もすると、オランダはまさに富の神プルトスの部屋に通じる控えの間と化してきた。

取引量も増え、複雑化してきたため、卸売業者の指針となる法規制を整備する必要も出てきた。

チューリップの取引を専門に扱う公証人や書記も任命され、ただの「公証人」という名称が消え、「チューリップ公証人」と名を改めるところも出てきた。

しかし、分別のある人々はようやく、こんな愚行が永遠に続くわけがないと考えるようになってきた。

金持ちももう庭に植えるのではなく、再び売ってわずかな利益を確保するために買うようになった。

最後には大損する人が出てくるだろうという懸念が広がった。

こうした確信が強まってくると、価格は下がり、二度と上がることはなくなった。

信頼も崩れ、卸売業者はパニックに陥った。

オランダではどの町でも、契約不履行者が連日公示されるようになった。

つい数カ月前にはオランダには貧困など存在しないと豪語していた連中も、購入時の四分の一の値段でもだれも買ってくれないような球根をいくつも持っていることに突然気がついた。

至るところで苦悶の声が上がり、互いが隣人を責めるようになった。

何とか金持ちになりたいと思っていた者は、他人に気づかれないように財産を隠すと、イングランドなど他国の国債に投資した。

つましい生活からやっと抜け出した成り金も、また元の生活に舞い戻っていった。

相当数の商人が破産寸前まで身を滅ぼし、高貴な家柄の典型のような人々も、一族の財産を取り返しがつかないほど失ってしまった。

これがチューリップバブルの顛末だ。

今から考えると狂気としか思いないのだが、当事者たちはまったくそれに気づかない。

人類はこの愚かな行為を繰り返している。

おそらくそれほど遠くない未来に、この狂気は繰り返されるのだろう。

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