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2020年12月11日 (金)

さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる/エックハルト・トール

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 「大いなる存在」こそが、「人間の本質」です。わたしたちは、それをじかに感じられるのです。「わたしは、いま、ここに、こうして、存在する!」という感覚がそれです。「わたしは○○(名前、職業など)です」という呼び名を超えた、「ほんとうの自分」に気づくことなのです。「大いなる存在」という言葉の、ほんとうの意味を理解すれば、「大いなる存在」を経験する日は、もう目の前です。

「大いなる存在とひとつであること」そして「この状態を保つこと」こそが「さとり」なのだと著者はいう。

一見すると矛盾しているようだが、「大いなる存在」は、本質的に「私自身」であると同時に、「私よりもはるかに偉大な存在」。

それは私という人間の名前や外見を超えた、「ほんとうの自分」を見つけだすことである、とも言える。

「さとり」は、心の葛藤や、人との摩擦がなくなることだけを、意味するのではない。

さとりをひらくと、もう自分の思考に、ふりまわされなくなる。

「思考を客観的にながめる」以外にも、無心状態をつくる方法が、いくつかある。

意識を100パーセント「いま」に集中させて、思考活動を遮断するのも、そのひとつ。

意識のすべてを「いま、この瞬間」に向けてみる。

そうすれば思考活動をストップでき、意識が鋭敏であると同時に、考えごとをしていない「無心状態」になれる。

このエクササイズは、満足のいく結果をもたらすはず。

たんなる手段としておこなっている動作に、全意識を集中させる。

すると「手段」が「目的」そのものに変わる。

たとえば、家や会社で、階段をのぼりおりする時に、呼吸はもちろん、その一歩一歩に、全意識を集中させる。

これが、「完全に『いま』に在ること」。

結論を言えば、さとりをひらくための、一番肝心なステップは、「思考を『ほんとうの自分』とみなすのをやめること」。

たえまなく流れている思考に「すきま」をつくるたびに、「意識の光」が輝き出す。

そのうち、子供のたわいないいたずらに、思わず笑みがこぼれるのと同じように、「頭の声」を笑ってやりすごせる日がくるだろう。

歴史に名を残す偉大な科学者たちも、快挙となるアイディアがひらめいたのは、思考が止まった状態の時だった、と報告している。

アメリカ全土で、アインシュタインをはじめとする、著名な数学者たちの成功の秘訣を探ろう、という調査が実施された。

それによると、ほんの一瞬というひらめきの活動の中で、考えるという行為は、補助的な役割しか果たしていないという、驚くべき結果が発表された。

とすると、大多数の科学者たちが、アインシュタインのようにクリエイティブでない理由は、「頭の使い方を知らないから」というよりは、「頭の活動の止め方を知らないから」、ということが言えないだろうか? 

感情におどらされないよう、注意する。

感情をあるがままにほうっておく。

そうすれば、わたしたちは感情そのものになってしまうことはない。

逆に、「感情を観察する人」になれる。

感情を観察できるようになると、自分の内面の無意識なものがすべて意識の光に照らされ、明るみに出るようになる。

いま、この瞬間、わたしの心で、なにが起こっているだろう?」こう自問する習慣をつける。

この質問が、私たちを適切な方向へと導いてくれるはず。

なぜ思考は「いま、この瞬間」に抵抗するのか?

その理由は、思考は過去、未来という時間の概念なしには、機能できない。

そのため、思考は時間のない「いま、この瞬間」を脅威に感じている。

時間と思考は、互いに離れられない間柄。

思考はすべてをコントロールしようと、「いま、この瞬間」という時を、いつも過去と未来というカーテンでおおいかくそうとする。

すると「いま」と結びついた「大いなる存在」の生命力や創造力も、時間というわなにはまり、「ほんとうの自分」も、ピンぼけ写真のようなものになってしまう。

いつでも「いま、この瞬間」を「Yes!」と言って、抱きしめる。

「すでにそうであるもの」に抵抗することほど、無益なことはない。

いつでも「いま、この瞬間」である「人生」に逆らうこと以上に、非建設的なことはない。

「あるがまま」に身をゆだねる。

人生を「Yes!」と言って、無条件に受けいれる。

そうすれば、向かい風だった人生が、突然追い風に変わっていくのを体験するだろう。

「いま、この瞬間」を味方にしないと、感情的な痛みは増えつづけ、痛みを背負って人生を歩むことになる。

新たにこしらえる感情的な痛みは、心とからだにすみついている、過去の経験による痛みにくっつき、雪だるま式にどんどん大きくなっていく。

生きることの秘訣は「(肉体が)死ぬ前に死ぬこと」であり、しかも「『ほんとうの自分』は死なない」と、さとることだと言える。

さとりをひらいた人の意識は常に「いま」に注がれている。

しかし、このような人たちも、意識のかたすみに、ちゃんと時間をおいている。

言いかえるなら、「時計時間」を活用しているものの、「心理的時間」にまどわされていない。

どんな種類のネガティブ性も、「心理的時間」にとらわれることと、「いま」を否定することに端を発している。

「不快感」「不安」「緊張」「ストレス」は、すべて恐れの一種だが、あまりにもたくさんの「未来」と「いま」の欠如が原因。

「罪悪感」「後悔」「怒り」「不満」「悲しみ」「恨み」などの許せない心は、たくさんの「過去」と「いま」の欠如が原因。

「どんなことが起きようと、わたしはもう二度と『状況』を『問題』に変えて、自分に痛みを与えない!」

こう決断すること。

とても簡単に聞こえるが、天地がひっくり返るくらいドラスティックな改革。

「いま、この瞬間」を尊重したとたん、不幸と苦悩はすべて消え去り、人生は喜びと安らぎとともに、スムーズに流れはじめる。

「いまに在る」意識で行動している限り、私たちのすることはすべて、どんなささいな行動でも、高潔、思いやり、愛が原動力になる。

すべての瞬間に過去を捨て去る。

わたしたちには、過去など必要ない。

現在に解決しなければならないことがあって、どうしても過去を参考にしなければならない時だけ、そうする。

「いまのパワー」と「大いなる存在」の豊かさを、全身で吸いこむ。

そうして、「わたしは、いま、ここに存在する」ということを、実感する。

「すでにそうであるもの」を受けいれ、完全に「いま」に在れば、過去はパワーを失ってしまう。

過去など必要なくなる。

「いまに在ること」、これがなによりも肝心ということであろう。

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