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2021年1月27日 (水)

無理しないほうが愛される/加藤諦三

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 人間というのは、無理をしないで素直な気持ちでいると、その人が気がついていない「その人のよさ」が自然と表われる。無理をするから、その人のよさがかえってなくなってしまう。つらい思いをしながら、かえって自分のよさをなくしているのである。

無理しないほうが愛されるのに、愛されようと無理をする。

無理をしてつらい思いをして、かえって好かれない結果に終わる。

無理のない生き方とは、決して焦らない生き方である。

決して虚勢を張らない生き方である。

自分のいまを信じる生き方である。

悪いことをイメージしないことである。

一日を大事に送ることである。

デヴィッド・シーベリーというアメリカの心理学者の本の中にこんな言葉がある。

「私は私であらねばならない。私はこれ以上あなたのために自分を消耗させない。もしあなたがあるがままの私を愛せるなら、私はもっと幸せになるだろう」

自立して、一人で生きるということは、自分一人でエネルギーを出すこと。

一人で生きるということは、どうしたら毎日楽しく生きられるかを考えること。

自分一人で生きられるから、他人に迎合する必要がない。

自立性とは、一人でも楽しく生きられること。

自立とは、自分を信じること。

独立とは、一人で立ち上がること。

人は信念があるから生きていける。

無理をするとは、自分でない自分を、他人や自分に見せながら生きていることである。

無理している人は、自分自身である決意をしていない人である。

自分自身で生きることを決意していないなら、「あなたの期待に添うようにエネルギーを使うことでもう消耗したくない」と思っても、消耗する。

アメリカの心理学者フレデリック・ハーズバーグという人は、「人の幸福は、大きな楽しみの問題というよりむしろ、ささやかなものの問題かも知れない」と述べている。

ささやかなことの積み重ねの中で真の幸せは来る。

今日をきちんと生きているものに未来がある。

「自分が弱い」と認められることが本当に強いこと。

その意味は、弱いと認めるということが、「人と自分とは違う」ということを認めることにつながるからである。

自分が弱いと認められることは「私は私」と感じることである。

「あの人のようにならなくてもいい」と感じるのは、自分の優れたところを意識することを通してではない。

自分の弱いところを認めることを通して「あの人のようにならなくてもいい」と感じるのである。

人が自分をどう見ているかが気になるのは自分がないからである。

自分がないとは、日常の生活の中に楽しみを感じる能力がないということである。 

世界に対する興味と関心で動いている人は、それほど自分の弱点にこだわらない。

自分を取り巻く世界に対する興味と関心で動いている人、それはまさに無理をしていない人。

無理している人の特徴の一つ。

それは「必死で何かを隠そうとしていること」である。

病気なのに、人に健康そうに見せている。

お金がないのに、人にお金があるように見せている。

英語が話せないのに、話せるように見せている。

無理をしている人は、このぼろに気づかれなければ、と思うからつらい。

無理をしている人は、毎日がストレスである。

首と肩に力が入っている。

人によく思われるかどうかは結果である。

それを目的にして生きてはいけない。

ところが神経症者は、結果として得られるものを目的にして生きているという、重大な過ちをおかしている。

成長動機ではなく、欠乏動機で動いているのである。

相手を理解するということは、「相手の恐怖感を理解する」ことなのである。

あるいは逆に、「相手の安心感を理解する」ことなのである。

したがってまた、相手を理解するとは、「相手と自分の違いを理解する」ことなのである。

「幸福がやって来るときは、本人は何もしなくてもやって来る」とタタルキェヴィチの本に書いてある。

これを読めば多くの人は「とんでもない」と反対するであろう。

これほど無理に無理を重ねて努力してもなかなか手に入らない幸福が、「本人は何もしなくてもやって来る」はずなどないと思うに違いない。

しかしさらにタタルキェヴィチは次のように言う。

「幸福を手に入れられるとすれば、きわめて単純で簡単な方法でのみ手に入るのだ。このことは、ずっと昔からわかっていた。〝つねに幸福でいるためには、ほとんど犠牲を払わずに幸福でいなければならない〟と、十八世紀のフランスの哲学者・エルベシウスが書いている」

これはどう解釈したらよいであろうか。

これこそ「無理しないほうが愛される」ということなのである。

でも、ほとんどの人が無理して生きている。

それが実態なのではないだろうか。

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