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2021年1月 9日 (土)

本当は正しかった日本の戦争/黄文雄

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 よく「日本による支那経綸(国家の秩序をととのえ治めることや、そのための方策)」や「日本の大陸政策は中国侵略だった」といわれる。しかし日本が満州に進出したのは、南下するロシアの脅威に対抗するためだった。
 侵略目的で、兵力が10倍も違う相手と戦争をする国などない。満州に居座るロシア軍を撤退させ、かつ朝鮮半島でロシアに譲歩させて日本の優位を確立することが狙いだったのである。

近代の日本の戦争は、すべて自衛戦争であった。

また、日本には戦犯は存在せず、中韓の靖国批判に根拠がないというのが台湾人である著者の主張だ。

中国では、日清戦争は「甲午戦争」と呼ばれ、尖閣諸島もこのときの戦いで日本が盗みとったという、明らかなウソで領有権を主張している。

韓国も、この日清戦争で日本が勝利したせいでアジア侵略が加速し、日韓併合へと向かわせたと断じているが、これも事実とは異なっている。

実際には朝鮮はこの日清戦争で、1000年以上も続いた中華帝国の属国という地位からようやく解き放たれ、独立したのである。

大東亜戦争は、英米などの「持てる国」本位の世界秩序から脱出することに活路を求めた「持たざる国」日本のぎりぎりの選択だったといえる。

日本は常に戦わざるを得ない状況に追い込まれ、清、中国、ロシア、アメリカといった超大国との戦争を選択しなくてはならなかった。

これらはみな侵略戦争ではなく、超大国の横暴や脅威に対する「抗戦」だったと考えるべきだろう。

永野修身軍令部総長は、大東亜戦争開戦に際してこのような言葉を残している。

「戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である。しかして、最後の一兵まで戦うことによってのみ、死中に活路を見出しうるであろう。戦ってよしんば勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残れば、我等の子孫は再三再起するであろう。そして、いったん戦争と決定せられた場合、我等軍人はただただ大命一下戦いに赴くのみである」

日本はまさに、戦わなければ亡国、戦うもまた亡国というぎりぎりの状況に置かれていたのである。

そして日本は奇跡的な善戦を見せ、白人優位社会にアジアの底力をまざまざと見せつけた。

それが植民地諸国に勇気を与え、独立運動の刺激剤になったことは疑うべくもない事実である。

マッカーサーもまた、1951年5月3日に米国議会の上院軍事外交合同委員会において、「彼ら(日本)が戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだった」との発言をしている。

東京裁判での「平和に対する罪」というのは、あきらかに事後法だった。

そもそも「侵略戦争」というものの意味が不明確であり、東京大空襲や原爆投下で大量の一般市民を殺戮したアメリカは、明らかに国際法に反しており、また、「人道に対する罪」も負っているが、誰一人罰せられていない。

要するに、「平和に対する罪」という、国際法上にもない概念が持ち出されて裁かれたことは、この裁判が戦勝国による敗戦国への一方的な復讐劇であったことを物語っている。

1 歴史とはさまざまな事件の積み重ねであり、目先にとらわれず巨視的な視点を持つべきだ。

2 どの時代にもその時代なりの歴史社会条件や時代精神、価値観、限界があるのであって、現代の価値基準のみで評価するのは好ましくない。

3 日本史を語るには日本人としての立場や史説、史観を持つべきであって、欧米や中韓の立場から見るべきではない。

4 「侵略史観」はきわめて政治的な色彩が強い。美化する必要はないが、「近現代をつくった」という視座を持つべきである。

5 日本はアジアから搾取したのではなく、「布施」を施したというべきである。

6 戦後日本の「反省と謝罪」は、中国や韓国から押し付けられた「正しい歴史認識」への同調からくるものだが、それは歴史へのであ冒涜であり、犯罪行為にも等しい。

7 日本の近現代の戦争を単純に否定・肯定してもあまり意味がない。問題は、歴史にどう貢献したかという点である。

日本人は加害者意識が強く、被害者意識が少ない民族である。

思いやりの心が強いこと、仏教の「他力本願」からくる「おかげさま」の思想が根付いていることなどが理由だろう。

悪いのはすべて夷狄、と考える中華思想とは対照的すぎる。

台湾人である著者から見ると、日本の自虐史観は確かに異常に見えるのであろう。

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