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2021年2月の28件の記事

2021年2月28日 (日)

クソ野郎撲滅法/ロバート・I・サットン

I

 思うに、このタイトルにここまでみんなが神経をとがらせるのは、卑劣な連中をあらわすのにあまりにぴったりすぎるからではないだろうか。実際、中身を読む前からたいていの人は本書の内容をかなり正確に予測できる。

本書の要点はシンプルだ。

私たちがこの地上で与えられた時間には限りがある。

だからこそ、人をおとしめるような嫌な人間に出会うことなく人生を過ごしたい。

そういう人間を叩き出すこと、あるいは他人の尊厳を奪っている連中に、それを教えることが本書の狙いである。

著者のいうクソ野郎とは、

・基準その1――その人物と話したあと、標的になった側が委縮し、侮辱されたと感じ、やる気を吸い取られるか、あるいは見くびられたように感じるか。とくに、標的自身が自分のことをダメ人間だと思い込んでしまったかどうか。

・基準その2――その人物が自分より立場が上の人間にではなく、下の人間に狙いを定めているかどうか。

すべての組織に「クソ野郎撲滅法」が必要なわけは、嫌なやつというのは被害者だけでなく、周囲の人々、組織のパフォーマンス、そして加害者自身にも甚大な被害を及ぼすから。

熱心に、そして効果的にクソ野郎撲滅法に取り組んでいる職場では「従業員の仕事ぶり」と「他人への態度」は別物ではない。

「才能豊かな最低野郎」「優秀なクズ野郎」「クソ野郎とスーパースター」といったフレーズは矛盾した語とみなされるし、一過性のクソ野郎も即座に処罰される。

そして、彼ら自身もただちに自分の行動をふり返り(あるいはふり返るように言われ)、美化したり正当化したりすることなく、謝罪し、反省し、許しを請い、変わろうと努力する。

真のクソ野郎が何度も見過ごされたり、許されたりすることはない。

態度を改めるか、さもなければ追放される。私が働きたいと思う数々の職場では、たとえどれほど優れた技能を持っていようと、普段から他人に害をもたらすような人間は、無能だとみなされるのだ。

クソ野郎撲滅法に真剣に取り組んでいる組織は、従業員だけでなく、顧客、クライアント、学生、そのほか仕事で遭遇するすべての人々にこのルールを適用している。

なぜなら、従業員はいじめにさらされるべきではないし、顧客は卑劣漢に対して気前よくお金を支払ったりしないし、慢性的な嫌がらせが放置されれば、触れたもの全員に感染して侮辱的な文化が生まれてしまう。

ミシガン大学のカール・ワイクは「自分が正しいという前提で戦うこと。そして自分が間違っているという前提で耳を傾けること」と助言している。

どれほど思いやりのある善人であろうと、組織のトップになれば、傲慢で、無神経で、自分勝手な卑劣漢になってしまう可能性がある。

人間の団体について調査したケルトナーの研究によると、こうした団体のなかでは、協調性があって、自己主張が控えめな者がリーダーに選ばれる傾向が高いという。

だが、ひとたび権力を手にすると、たとえいい人であっても、自分勝手な卑劣漢になることが多く、彼らが不安や無力感を覚えたときに、問題はさらに悪化するとケルトナーは結論づけている。

要するに、クソ野郎は己を知れということではないだろうか。

2021年2月27日 (土)

NLPの原理と道具/ジョセフ・オコナー、ジョン・セイモア

Nlp

 NLPはいろいろな分野の超一流の人たちがどうやって傑出した業績をあげるのかを研究して作られた卓越性の芸術であり科学である。

NLPは1970年代の初期、サンタクルズにあるカリフォルニア大学の言語学助教授であったジョン・グリンダーと同じ大学の心理学科の学生であったリチャード・バンドラーの協力で始まった。

NLPのN、すなわち神経の部分は、人間の行動はすべて基本的に視覚、聴覚、嗅覚、味覚および触覚という神経学的過程から発しているということを示している。

NLPのL、すなわち言語の部分は、我々は思考や行動を順序立て、また他人と通じ合うために言語を用いるということを示している。

P、すなわちプログラミングは、望ましい結果を得るために我々は自由に思考や行動を組織立てられるという考えを表わしている。

非常に狭い信念や興味や知覚は世界を貧弱でわかり切った、退屈なものにしてしまう。

その同じ世界が豊かでエキサイティングなものにもなり得る。

その違いは世界にあるのではなく、それを知覚するときに用いるフィルターにある。

我々は数多くの自然の、有用で、なくてはならないフィルターを持っている。

言語はフィルターである。それは我々の思想や経験を映す、現実の世界からさらに一段離れた、地図である。

「美」という言葉が自分にとって何を意味するか。

私たちは疑いもなく「美」という言葉の意味を理解するための記憶や経験、内的な絵や音や感情を持っているだろう。

誰か他の人も同様に、全く異なった記憶と経験を持ち、同じ言葉を全く異なる内容で理解するだろう。

どちらが正しいか?

どちらもその人にとっての現実において正しいといえる。

言葉は言葉の表わす経験そのものではない。

にもかかわらず人々は地図を土地と取り違えて争い、命さえ落とすのである。

信念もある行動をとらせ、特定のものに注意を向けさせ他を無視させることによって、フィルターとなる。

NLPも我々自身と世界に関する見方を提供する一つのフィルターである。

NLPのポイントは3つある。

第一に、自分は何を欲するかを知ること…どんな状況でもはっきりした目標を持つこと。

第二に、感覚を鋭敏に働かせて、何が起きているかしっかり受け取ること。

第三に、目標に到達するまで行動を変化させる柔軟さを持つこと。

要は、いかにフィルターを広げ、今まで気がつかなかったところへ注意を向けるようになるかである。

今までやってきたことを続ければ、同じ結果になる。

もしそれが気に入らなければまずはフィルターを変えなさいということであろう。

2021年2月26日 (金)

ファシズムの教室/田野大輔

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 権威に服従することで、人びとは他人の意思を代行する「道具的状態」に陥る。だがそれは同時に、彼らが自分の行動に対する責任から解放され、敵や異分子を思うまま攻撃する「自由」を得ることも意味する。権威の後ろ盾のもと解放感にひたりながら、自らの欲求を充足する点にこそ、ファシズムの「魅力」を理解する鍵がある。

そもそも、「ファシズム」とはいったい何だろうか。

私たちは普通、この言葉を歴史上の事象を説明するのに用いている。

歴史的現象としてのファシズムとは、第一次世界大戦や世界恐慌による混乱を背景に、ドイツやイタリアなどで台頭した独裁的・全体主義的な政治運動・体制を指し、議会制民主主義の否定、偏狭な民族主義や排外主義、暴力による市民的自由の抑圧といった特徴をもつもの。

ファシズムの本質とは何なのか。

これを究明する鍵は何よりも、集団行動がもたらす独特の快楽、参加者がそこに見出す「魅力」に求められる。

全員で一緒の動作や発声をくり返すだけで、人間の感情はおのずと高揚し、集団への帰属感や連帯感、外部への敵意が強まる。

この単純だが普遍的な感情の動員のメカニズム、それを通じた共同体統合の仕組みを、ファシズムと呼ぶ。

権威に服従している人は、いわば「道具的状態」に陥っている。

自分の意思で行動しているのではなく、上の命令者の意思の道具になっているのである。

この場合、彼らは客観的に見ると従属的な立場にいるのだが、本人の内面では自分が何をしても責任を問われないという、解放感とでも呼ぶべきものが生じている。

逆説的なことに、服従によってある種の「自由」が経験されている。

独裁体制下の人びとは一見権力に抑圧されているように見えるが、実は上からの命令に従うことで自分の欲求を充足できる自由を享受しており、主観的には解放感を覚えている可能性が高い。

それどころか、彼らは自らの欲求を満たそうと、国家の権威を利用している面さえあるだろう。

軍隊のような上意下達の組織のほうが現場の暴走を招きやすいのも、おおむね同じ理由による。

人びとを惹きつけるこの「魅力」を正しく認識しない限り、「権威への服従」の本当の危険性は明らかにならない。

集団行動による意識の変化をもたらす原因としては、①「集団の力の実感」、②「責任感の麻痺」、③「規範の変化」の3つが重要ではないかと考えられる。

人びとが言いたくても言えなかった本音、胸のうちに抑圧してきた憎悪に表現の機会を与えるところに、ヒトラー、そしてファシズムの危険な「魅力」があった。

ポピュリズムの定義には様々なものがあるが、論者の見方がおおむね一致しているのは、真の「人民」の存在を措定し、自分たちこそそれを代表していると主張するという本質的な特徴である。

ポピュリストたちはこの「人民」の意思を絶対視して、その実現を阻むあらゆる制約の打破を求める一方、民主主義社会の基盤をなす政治的・文化的・社会的多様性を排除して、統一された均質な「共同体」の形成をめざす。

しかもまた、彼らは「人民」を抑圧・搾取するエスタブリッシュメント(既得権層)や、その庇護のもとで特権を享受するマイノリティへの憎悪や敵意を煽り、その排除に向けて大衆の感情を動員しようとする。

複雑な現実を単純化し、わかりやすい敵に責任を転嫁する点で、ファシズムとポピュリズムが取る煽動の手法は基本的に同じだ。

人はいかに扇動されやすい存在なのか、その自覚を持つべきなのではないだろうか。

2021年2月25日 (木)

ナンバーセンス/カイザー・ファング

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 データ分析は厄介な仕事で、つねに正しい答えを出せる人などいない。官僚であれ専門家であれ、どんなに優秀な人でも間違える余地は必ずある。なぜなら、完全な情報は存在しないからだ。「一流の学術誌に掲載されている」という言い訳は、「余計な質問をするな」という意味にすぎない。そして、ビッグデータの時代にそんな言い訳は通用しない。

データのどの部分に注目するかによって、分析結果が正反対になる。

重要なのは、どれだけ多くのデータを分析するかではなく、どのように分析するかだ。

ビッグデータは基本的に、因果関係について何かを語るものではない。

データの洪水が、隠れていた因果関係をさらけ出すというのは、ありがちな誤解だ。

データは理論に正当性を与える。

ただし、正しい分析も間違った分析も、すべて何らかの理論にもとづいている。

データを分析する際は、理論上の仮定が不可欠だ。

あらゆる分析はデータと仮説から成る。

データが充実しているほど、より多くの理論を裏づけるが、前述のとおり矛盾する理論の両方を裏づける場合もある。

ビッグデータをもてはやす人々は、データが多いほど的確な分析が増えると思い込みがちだ。

しかし、より多くの人がより多くの分析をより迅速に行えば、より多くの理論や視点が生まれ、複雑さや矛盾や混乱が増えて、明晰さや意見の一致や信頼度が薄れる。

変数の種類が増えれば増えるほど、もっともらしい分析が幾何級数的に増え、誤差や矛盾が生じる可能性もそれだけ増える。

データの量が多ければ、議論や検証、調整、反復可能性の計測などに要する時間は必然的に増え、それだけ疑問や混同が生じる。

ビッグデータは、私たちを前進させるのではなく後退させかねないのだ。

問題のあるデータをかき集めれば、問題のある理論が裏づけられ、正しい理論がかき消されて──科学が暗黒の時代に逆戻りするかもしれない。

問題のあるデータやアナリストを見たときに、何かが違うと感じる。

それがナンバーセンスだ。

ナンバーセンスは、真実に近づきたいという欲望と粘り強さでもある。

自分の分析がどこから生まれ、どこに向かうのかを理解する。手がかりを集め、罠を見抜く。

どこで引き返し、どこで突き進めばいいかを見きわめる知恵であり、立ち止まる分別だ。

数字やグラフに振り回されず、もっともらしい解説や分析を鵜呑みにせずに、データの本質を見きわめる力。

そうした統計のリテラシーを、本書では「ナンバーセンス」と呼ぶ。

ナンバーセンスの大きな要素は「違和感」だ。

ロースクールの早期出願制度が、一部の志願者に学力テストを免除する理由は何か。

レストランの人気料理を半額で食べられる共同購入クーポンは誰が得をして、誰が損をするのか。

公的機関が発表する失業率や消費者物価指数が、私たちの実感とずれるのはなぜか。

そうした違和感を見逃さず、その出所を探るうちに、数字の本当の意味が見えてくる。

「数字はウソをつかない」とよくいう。

しかし、実際には数字はウソをつく。

そのウソを見抜くのがナンバーセンス。

そしてその決めてとなるのが「違和感」だという超人間的なものだというところが非常に興味深い。

2021年2月24日 (水)

稼ぐ話術「すぐできる」コツ/金川顕教

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 稼ぐ人の「話し方」には、人を動かし、仕事を動かし、組織を動かし、そしてお金を動かす──共通の特徴があるのです。

「稼ぐ話術」の1つに、「二者択一で話す」というコツがある。

「二者択一で話す」のは、明確な理由がある。

仕事はもちろん、人生において重要なことは、すべて「二択」だから。

「二者択一で聞く」と、相手は答えやすい。

自分で「答えを考える」必要がないから。

やることと言えば、ただ「答えを選ぶ」だけ。

そして「数字で話す」。

「数字はウソをつかない」──だから、「数字で考える」と間違えないし、「数字で話す」と相手に誤解されることもない。

つまり、「数字で考える」「数字で話す」と、それだけ相手から信頼されるということ。

会話の中に、簡単な「数字」を入れるだけで、相手の納得度が格段に上がる。

×「ほぼできています」ではなく、

○「8割方できています」

○「明後日の15時にはご覧いただけます」

×「もう少しでご覧いただけそうです」ではなく、

○「3日後には仕上げます」

○「2つほど疑問点があり、先方に問い合わせ中です。明日の午前10時までには回答をもらえることになっています」

といった具合。

「数字で話す」メリットは、まだある。

目標を「数字」で話すと、モチベーションが高まる。

×「売上を上げよう」「見込み客を増やそう」「成約率を上げよう」ではなく、

○「売上を2倍にする!」「見込み客を20人にする!」「成約率を60パーセントにする!」

と言い換えたほうが、目標が明確になる。

数字が出てこない「ビジネスの会話」は、ただの「雑談」とも言える。

そして、稼ぐ人は、相手を説得しようとは思っていない。

稼ぐ人は、相手に納得してもらおうと思っている。

だから、話に説得力がある。

確かに経験上、仕事のできない人は数字で話すことができない。

「頑張ります」とか「心がけます」という心構えを表すことばしか出てこず、同じ失敗を繰り返す。

逆に言えば、仕事ができるようになるためには、数字で考え、数字で語るよう自分を訓練することではないだろうか。

2021年2月23日 (火)

真実の引き寄せの法則/錦織新

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 引き寄せの法則とは、「波動の共鳴するものが寄り集まる」という宇宙の法則である。

引き寄せの法則が意図しているのは、願望実現だけではなく、願望実現を入り口とした「魂の成長」。

引き寄せの法則には、こういうプロセスがもともと入っていたのだが、流行する過程で本質的な部分が抜け落ちてしまっているようだ。

正確には「自分の出している波動に共鳴したものが集まってくる」ということが、引き寄せの法則。

引き寄せの法則を理解するうえで一番大事な概念。

それが「波動(vibration)」。

波動とは、モノ、人、出来事、アイデアなど万物に備わる性質で、エネルギーの周波数のこと。

わたしたちにも固有の周波数があるのだが、その周波数に合致する出来事が引き寄せられ、わたしたちは体験している。

わたしたちは気づかないうちに、電波を身体から放射していて、その周波数に合致する出来事が見えたり、聞こえたり、経験できたりすると思うといい。

そしてわたしたちは、この波動を変えることができる。

だからシンプルに言ってしまうと、「自分が放出している周波数である波動を変化させれば、体験する出来事も変わってきますよ」ということになる。

波動の高さは「感情」によって知ることができる。

感情は、低い波動の感情(怒り、嫉妬、無気力など)から、高い波動の感情(愛、喜び、感謝など)に向かって並べることができる。


引き寄せの法則を使って、人生を変えるとか、ハッピーな体験をしたいのであれば、ただ「波動」を変えればいいだけ。

波動を上げていくと、感情はネガティブ系からポジティブ系に変わっていく。

「願望実現はともかく、自分の魂の成長を目指そう。そのために必要なことをやろう」

この考え方を、著者は、「魂の成長第一主義」と呼んでいる。

引き寄せの法則は、支配的な波動(中長期的な波動)に作用する。

中長期的な波動を決めるのはビリーフ。

個々の思考や感情がどうなのかは、それほど重要ではない。

地道な作業を通じて手放したり、ビリーフを書き換えたり、悟りや臨死体験といった、人生観を変えるような出来事を経験して、支配的な波動が変わったとき、意識が変わり、人は成長する。

まとめると、

①願ったり、イメージしたりするのではなく、波動を上げる。魂を成長させる

②ビリーフを書き換える

③ラクにいく。リラックスする

④魂の成長第一主義。願望実現はその結果

⑤感情はポジティブもネガティブも感じる

⑥「ある」波動になる

⑦「アタマで考える」から「ハートで感じる」に視点を移す

⑧「自分」というエネルギーを確立する

といったことが引き寄せ実践では重要になってくる。

とくに重要なのは、自分の魂の願望や使命に気づいて、魂の道を歩んでいるかどうか。

なぜかと言うと、わたしたちが地球に生まれたのは、「人生の目的」を果たすためであり、そのことに気づいた人には宇宙がさらなる応援をして、魂の道を歩むのを助けてくれるから。

そして、魂の道を歩いているとき、波動は高く、愛や喜び、感謝、平和、悟りといった波動であり、自分のなかにある才能や資源、知恵などを生かして、周りに愛を広げていこうとする。

「魂の成長第一主義」、現代人は特にこのことは重要なのではないだろうか。

2021年2月22日 (月)

仕事術図鑑/F太、小鳥遊

F_20210215064701 「職場選びはただのくじ引き。ハズレだったらもう1回引き直せばいい」

多くの人はちょっとした仕事のコツを知らないだけで仕事ができる、できないというレッテルを張られている。

例えば、やらなければならないことで頭がいっぱいになり、行動ができなくなっている人がいる。

その時は、頭の中にフワッと浮かんだ「やらなきゃいけないこと」に名前をつけて「タスク」として書き出すこと。

それだけで安心感が生まれる。

名前をつけて「タスク」として書き出したら、次は手順を書く。

各タスクには、終わらせる手順が必ずある。

その手順を書き出す。

手順を書いたら次は誰がその手順をやるのかを明らかにする。

次に締切を入れる。

タスク全体の締切だけではなく、手順1つ1つにも締切を入れる。

ここまできたら、いよいよ最後のステップ。

「最初の手順だけ」を見えるようにする。

どんな仕事もまずは手順書を作成し、その手順どおりに毎回仕事を進めてみる。

仕事がうまくいかないときや、思うように進まないとき。

そんなときは自分を責める前に、仕事の手順書が未完成なのだと考える。

ポイントは、1つの仕事をとにかく細かく刻むこと。

すると手順書ができあがっていく。

すぐに終わる仕事を、すぐに終わらせているか。

これもタスクを溜めないポイントの1つ。

仕事になかなか取りかかれないときは、とにかくまずは手順書を見る。

手順書がまだないならそれをつくる。

それによって上記すべてが出そろい、グイッと後押ししてくれる。

人には、いったん作業に着手すると続けたくなる特性(作業興奮)があるので、とにかく手をつけてさえしまえば、坂道を転がるボールのように、勝手に勢いがついて転がっていく。

仕事が早い人は、1つの作業に専念している。

「どこまでやったか思い出す」というムダな時間がない。

仕事に対する自信の大きさは、締切を守った回数に比例する。

仕事自体は終わっていなくても、毎日少しずつ、確実に前に進んでいる実感が得られれば、先送りの不安は取り除ける。

これらはちょっとしたコツだが、これをやるかやらないかで仕事ができる、できないが決まってしまう。

悩むよりはまずやってみようということではないだろうか。

2021年2月21日 (日)

ESG思考/夫馬賢治

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 オールド資本主義、脱資本主義、ニュー資本主義、陰謀論。この4つの立場は、過去20年間でダイナミックに変化を遂げてきた。最も大きな変化は、経営や金融の主流にいた勢力が、オールド資本主義からニュー資本主義へと立場を転身させたことにある。この転身をもたらした新しい考え方を、私は「ESG思考」と名付けた。

それまでのオールド資本主義の観点からは、環境課題や社会課題を考慮すれば投資パフォーマンスが下がってしまうのであれば、環境課題や社会課題を考慮すべきではない。

しかしそれでも機関投資家に環境課題や社会課題を考慮することを求めていきたいのであれば、考慮することで投資運用利益が最大化できることを示さなければいけない。

そうでなければ機関投資家を動かすことはできない。

「アセット・マネジメント・ワーキンググループ」は、「環境、社会、コーポレートガバナンス(ESG)」を考慮することで、株主価値を上げられるかどうかを判断することをミッションに置いた。

証券会社11社に対し、11業種についてESGが株価に与える影響の調査を依頼し、報告内容を基に、本当に株主価値を上げられるかどうかを分析していったのだ。

11社が出した結論は、「これらの課題を有効にマネジメントすれば、株主価値の上昇に寄与する。そのため、これらの課題はファンダメンタル財務分析や投資判断の中で考慮されるべきだ」というものだった。

この瞬間に、オールド資本主義思想に大きな楔が打ち込まれ、「環境・社会への影響を考慮すると利益が増えるので、環境・社会への影響を考慮すべき」と考えるニュー資本主義が誕生した。

リーマン・ショックを機に、欧米の機関投資家とグローバル企業は、サステナビリティ経営とESG投資という2つの翼を手にし、ニュー資本主義へと大きく羽ばたいていった。

2006年に国連責任投資原則(PRI)が発足。

そしてリーマン・ショックを機にサステナビリティ経営が始まると、欧米ではオールド資本主義からニュー資本主義へのシフトが徐々に盛り上がりをみせる。

ニュー資本主義とオールド資本主義では、経済認識がまったく異なる。

たとえば緻密な四半期決算はオールド資本主義で高く評価されていたが、ニュー資本主義ではむしろ邪魔もの扱いされたりする。

逆もまた然りで、オールド資本主義では無用の長物で経済活動の足枷だった二酸化炭素排出量削減が、ニュー資本主義では削減しなければ資金調達が滞りかねない事態になっている。

ESG思考は不況期にこそ真価が問われる。

長期思考をし、将来の事業成長や価値創造にとって重要な項目を見定め、そのリスクと機会にしっかりと布石を打っていくことは、どのような経済状況下でも必要なものだ。

これを不況の時代でも実行できる経営力があるかどうかが、将来の企業競争の帰趨を決することになるということであろう。

2021年2月20日 (土)

人を操る説得術/ニック・コレンダ

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 人間は操り人形だ。ひとりひとりにたくさんの糸がついていて、ある方向に引っ張られると、糸に導かれて気づかないうちに行動がそちらへ向かう。つまり、糸を操る方法がわかれば、相手の行動をコントロールすることもできる。

本書では、説得術を7段階からなる時系列のプロセスにまとめている。

だれかを説得して何かをしてもらおうと思ったら、本書で示す段階をそのとおりに踏んでいけば目的を達成することができる。

【ステップ1】認識を形づくる(MoldTheirPerception)

【ステップ2】行動と一致した態度を引き出す(ElicitCongruentAttitudes)

【ステップ3】社会的プレッシャーを与える(TriggerSocialPressure)

【ステップ4】メッセージを定着させる(HabituateYourMessage)

【ステップ5】メッセージをもっとも効果的に提示する(OptimizeYourMessage)

【ステップ6】モチベーションをさらに高める(DriveTheirMomentum)

【ステップ7】影響を持続させる(SustainTheirCompliance)

例えば、ステップ1の「認識を形づくる」

現実は客観的だが、現実の見方は主観的である。

人間を取り巻く現実はひとつしかないが、その現実をとらえて解釈するやり方は人によって違う。

要するに、人間のものの見方はレンズのようなもので、それを通して現実を解釈する。

そのレンズを変える方法がわかると、現実の解釈も変えることができる。

「プライミング」(ある考えを呼び起こすこと)は、スキーマあるいは思考様式を活性化させる手段である。

あるスキーマを活性化させるためには、そのスキーマと関係する言葉や概念に触れさせるだけでいい。

われわれの世界認識は、かなりの部分、周囲にあるプライムによって決定されている。

ターゲットにより柔軟なものの見方をさせようと思ったら、単純に「柔軟性のスキーマ」をプライムすればいい。

「柔軟」「弾力」「ゴム」「変化」といった、柔軟性と結びついた言葉に触れさせるだけで、柔軟なものの見方をさせられることがわかっている。

とても簡単だ。

単純なテクニックのひとつは、柔軟さを話題にした会話をするというものだ。

メッセージやリクエストを示す数分前に、新しいことをやってみたらそれがとても楽しかった、というようなことをさりげなく話す。

そんな単純な話でも効果が期待できる。

だれかが柔軟に行動したという何の変哲もない話をするだけでもターゲットのスキーマを活性化させるのに役立ち、その活性化が柔軟なものの見方を引き出す。

私たちは物事を理性で判断し認識していると思っている。

しかし、本書を読むと、それが単なる思いこみであり、幻想であることがよくわかる。

人間ほど騙されやすい動物はいないということであろう。

2021年2月19日 (金)

40歳でGAFAの部長に転職した僕が20代で学んだ思考法/寺澤伸洋

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Nさん 「考えるには、『要素分解』すればいいんだよ」
僕  「要素分解って何ですか? まあ、なんとなく雰囲気はわかりますけど」
Nさん 「たとえば、『美味しいカレーを作る』ってミッションに対して、切り口はいっぱいあったよね」
僕  「対象、準備、材料、提供の仕方ってやつですね。人数、性別、年齢、材料、お皿、雰囲気みたいな」
Nさん 「そう、それだよ。美味しいカレーを作るために『考える』ということは、高い視点から全体像を見て、それに関係する項目に『分解』していくことなんだよ。
 分解は、『分ければ解る』と書くでしょ?
 だから、大きなところから細かく分けていくんだよ。

本書は著者が20代のころ、当時上司であったNさんから教わったことをまとめたもの。

要点をまとめると次のようになる。

物事を深く考えるためには、視野を広げる、視座を高める、視点を増やすという、3つのポイントがある。

1.視野を広げる

たとえば、製造業界にいたら金融業界の話は不要なのか。

サッカー選手は野球選手の練習法にまったく興味を持たなくていいのか。

そんなことはない。

自分のいる範囲外の話が参考になることは、たくさんある。

視野を広げるというのは、『情報を集める領域を意識して広げなさい』ということ。

2.視座を高める

視座とは自分が見ている場所の高さのこと。

よく『俯瞰的に、全体を見なさい』という。

鳥の視点を持てば全体が見えるけど、地面を歩いているアリの視点からは地面の一部しか見えない。

なるほど、その高さのことを『視座』と表現する。

3.視点を増やす

視点を増やす。

物事を見るのに、一方向から見るのではなく、多面的に見る。

4つの思考フレームを当てはめて考える。

①水平思考 ②垂直思考 ③思考の高さを変える ④時系列をかえる

本書は考えるとはどういうことなのか、その基本を教えてくれる。

研修のネタとしても使えるのではないだろうか。

2021年2月18日 (木)

誰もが人を動かせる!/森岡毅

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 リーダーシップを執れるかどうかは、要するに自分が一歩前に出る勇気を持てるかどうか、つまり〝荒馬に乗れるか?〟ということ。

本当の未来は、定まった〝運命〟のようなものではなく、先を見通して受け身で我慢するようなものでもない。

「自分が何を欲するのか?」という主役感で創っていくもの。

自分の意志と選択次第で未来はいかようにも変わる。

「特別な人しかリーダーになれない」という子供の頃から刷り込まれた思い込みは、大人になっても多くの人の中にある。

本書は、その思い込みから目を覚まして、自分の中で〝主役感あふれる毎日〟を手に入れる方法を著者なりに考えてまとめたもの。

実は、リーダーシップは、専門性に限定されず、本来は誰もが発揮することができる「職能横断型」のスキル。

だから、リーダーシップを強くしていくことで、あらゆる職業の人が、それぞれの組織の中でもっと輝くようになる。

リーダーシップの機能を端的に言うと、共同体のために「人を動かすこと」。

グループ全体としてベストに近づくように人々を動かす力。

相手に影響力を行使して、その人を動かして共同体の目的を達成する確率を高める力。

そしてその能力は、特別な運命や能力を背負った〝勇者〟でなくても、僧侶でも魔法使いでも、魔法が使えない戦士でも「言葉」さえ使えれば発揮できるはず。

実は、リーダーシップの強弱は、〝才能〟よりも、その土台となっている〝欲の強さ〟で決まっている。

その人が、どうしても成し遂げたいことがあるかどうかが、すべての始まりであり、何よりも大切。

何が何でも成し遂げたいならば、考えるし、工夫するし、行動する。

リーダーシップが身につけられるかどうかの分岐点は、成し遂げたいことを見つけられるか?に、ほとんど懸かっている。

リーダーシップを身につけるのにもシンプルな法則がある。

それはある〝特定の経験を積むこと〟。

そのためには、リーダーシップを獲得するための原点である「欲」を強く持たねばならない。

強いリーダーシップ能力の獲得は、目的ではなくてあくまで手段にすぎない。

その能力を身につけて何を達成したいのか?

まずは、その目的(≒欲)を明瞭にすることが大事。

リーダーシップが弱い人に典型的に見られる足りないものは、「欲」に加えてもう1つ、それは「行動力」。

「欲」と「行動力」は連鎖している。

すべては自身の覚悟がどれだけ強いか? どれだけ執念深くその目的を追い続けられるのか? そこから始まる。

言い換えれば、「欲(≒夢)」を追求する覚悟の強さそのものが、リーダーシップの〝出力〟の上限値だと思っていい。

パワフルに人を動かすということは、動かす人と、動かされる人という能動受動の関係をつくることではない。

相手に、どうやって自分事として「やらされる」のではなく「やりたい」ことの〝主体〟になってもらうのか?

そこがキモ。

人は自分を本気で信頼してくれる人のために本気になる。

自分を信頼してほしいのであれば、まずは自分から相手を信頼しなくてはならない。

リーダーシップをできるだけシンプルに捉えると、その本質は「人を本気にさせる力」。

人々が達成したくなるワクワクするような未来の完成形を描き出し、それが絵空事ではなく本当に実現できそうだと信じさせる力。

そして、その物語の中でその人ならではの特別な役割を演じられると相手に信じさせる力。

その2つがあれば、目的のために人々が本気になり、仲間になってくれる。

困難な挑戦でも一緒に立ち向かってくれる。

自分が望む未来を本気で欲すること、そしてそのために本気で行動し続けること、王道はこれしかない。

自分の人生という〝荒馬に乗れるか?〟 そもそも〝乗りこなしたいのか?〟

そこに明確な意志を持つところからすべてが始まる。

コロナ禍の今、多くの人がウイルスをその実力以上にのさぼらせてしまっている。

多くの日本人が必要以上に恐れている。

このままでは新型コロナウイルス自体によって失われる生命被害だけでなく、それを端にした〝ほとんど人災〟とも言うべき経済被害によって失われる生命の方がずっと多い事態へ突き進んでいるのではないか。

強い危機感がある。

今こそリーダーシップが求められているのではないだろうか。

2021年2月17日 (水)

「考えすぎない」人の考え方/堀田秀吾

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 考えることはいいことなのですが、これがいきすぎると迷って決断ができない、一歩を踏み出せない、思い悩んでしまう、といった弊害を生み出す原因にもなります。
 考えすぎることで行動がしにくくなり、場合によっては心身の病気にもつながってきてしまうのです。
 つまり、考えることは諸刃の剣でもあります。

考えることは重要だ。

しかし、考えすぎることは多くの弊害をもたらす。

たとえば、こんな研究結果がある。

◆不安やネガティブな感情は、考えごとをするほど強くなる―――ミシガン州立大学モーザー

◆情報が多いほど、時間をかけるほど、人は合理的に判断できなくなる―――ラドバウド大学ダイクスターハウス

◆忘れっぽい人、ものごとをざっくり記憶する人のほうが思考力は高い―――トロント大学リチャーズ

◆考えないようにしようとするよりも、行動で打ち消したほうがいい―――カンザス大学クラフト

◆「やる」か「やらないか」の決断は、コインで決めても幸福度は変わらない―――シカゴ大学レヴィット

◆考えているときよりもぼーっとしているときのほうが脳は効率よく働く―――ワシントン大学レイクル

◆過去のことを思い出すほど脳は老化していく―――理化学研究所木村◆優秀な人ほど、優秀な人のマネをして行動や思考を効率化している―――南デンマーク大学アナリティス

◆「フェイスブックをやめる」など入ってくる情報を減らしたほうが幸福感も増す―――コペンハーゲン大学トロムホルト

などなどの研究だ。

これらに総じて言えるのは、「考えすぎないほうが、行動力や幸福感が高まり、仕事や人生にいい影響がある」ということ。

やると決める、やらないと決める、そうして腹をくくることが結局のところ人生の満足度を大きく左右する。

過剰な比較をなくす一番の方法は、「そもそもの情報量を減らす」こと。

トロント大学のリチャーズらによると、ものごとの記憶はすべてを詳細に覚えるのではなく、ディテールは忘れてざっくり記憶したほうが意思決定が早くなると報告している。

というのも、脳のキャパシティーには制限がある。

より重要なことを判断するためには、このキャパシティーは空けておいたほうがよいのだが、細かいことを記憶するとキャパシティーがいっぱいになり、柔軟な思考ができなくなるというわけだ。考えることはどうしてよくないのか?

本書はそれを科学的なアプローチで解明していることろが面白い。

2021年2月16日 (火)

両利きの組織をつくる/加藤雅則、チャールズ・A・オライリー、ウリケ・シェーデ

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 組織が進化するためには、異なる二つの組織能力が必要とされる。ひとつは「(既存事業を)深掘りする能力」(exploit)であり、もうひとつは「(新規事業を)探索する能力」(explore)である。両利きの経営とは、企業が長期的な生き残りを賭けて、これら相矛盾する能力を同時に追求することのできる組織能力の獲得を目指すものだ。

両利きの経営を実現する上でカギとなるのは、組織カルチャーのマネジメント。

成功してきた組織には、「慣性の力」(Inertia)が働くという運命がある。

成功した組織は、過去の経営環境に過剰適応してしまった結果、環境が激変する局面では適応できず、衰退してしまうという法則だ。特に、大手成熟企業では、PDCAサイクルをベースとした効率性の追求という罠にはまっているケースが多い。

日本の成熟企業の多くがこの罠に陥っている可能性がある。

実際に組織開発を展開する上での最大の障害は、当事者間で、「組織が変わる」ということについてのイメージを共有できていない点だ。

「当社は変わらなければならない」と号令している経営者、中期経営計画を策定している経営企画部、現場で事業を回している事業本部長、人・組織を主管している人事部長、等々、当事者たちそれぞれが持っている「組織が変わる」のイメージがバラバラなのだ。

本当に組織を変えるつもりならば、まず組織の何を変えるのかについて当事者間で合意する必要があるだろう。

「新しく何を始めるのか」、「そのために何をやめるのか」、その一方で「何は引き続き継続(強化)するのか」。

少なくとも、このレベル感で共通のゴール・イメージを持つ必要がある。

組織を語る際に大切なのは、組織と戦略の両方に目を向けた、組織経営論という視点だ。

企業の存在目的(WHY)に対して、戦略(WHAT)と組織(HOW)は車の両輪の関係にある。

存在目的のために戦略論があり、その戦略を実行するために組織論(何のために、何を、どうやるのか)がある。

このトライアングルがつながった「組織経営論」を語らなければならない。

戦略に合わせて組織が進化していくことがある一方で、組織独自の取り組みから新たな戦略が形成されるということもある。

この循環作用の中で、「組織能力」(オーガニゼーショナル・ケイパビリティ)が形成される。

組織能力とは、組織内の人のつながり方・機能の組み合わせによって生まれる、組織の実行力のことである。

組織が自らを次の段階へと進化させるためには、以下の一連のプロセスをたどらなければならない。

自社の存在目的を再定義する(組織アイデンティティ)

どの領域で自社は生き残るのかを見極める(戦略的ポジショニング・位置取り)

それをどう実現するのかを決める(実行するやり方)

このプロセスを実践するには、自社が既に持っている強み(ブランド力・技術力・生産能力・顧客ベース・販売チャネル・人材、等)を軸足として活かしつつ、新たな事業領域の探索を可能とする経営手法が必要となる。

それが「両利きの経営」なのだ。

本書を読んで、日本の多くの企業が制度疲労を起こしていると感じた。

「両利きの経営」は必要だ。

でもそれをやるにはかなり勇気と覚悟がいる。

そんな経営者はどの位いるのだろう。

今の大企業の経営者は多くはサラリーマン経営者なのだから。

2021年2月15日 (月)

【図解】ピケティ入門/高橋洋一

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 世界の成長率は現在の3.5パーセント弱から徐々に減少し、21世紀後半には1.5パーセント程度になると予測される。また、国民所得に占める貯蓄率は長期的には10パーセントで安定するとピケティは推計する。

ピケティは、世界的な傾向として、一部のトップ層に富や所得が集中し、「持てる者」と「持たざる者」の格差が広がっていることに、強い懸念を示している。

ピケティは、20カ国、300年分ものデータを集積し、じつに壮大なスケールで富や所得の歴史を詳説、我々が生きている世界の格差のあり様をもあぶり出す。

そして、格差の現状をとらえるのみに留まらず、格差是正のために何をすべきか、ということにまで踏み込んでいる。

ピケティに終始一貫しているのは、まず「データありき」で、そこから世界的な傾向を読み解く姿勢である。

すると、今後の推計も立ちやすく、我々がどのような未来を選択したらいいか、ということも見えてくるというわけだ。

欧米のGDPシェアは、1950年ごろをピークに徐々に下がり、2012年にはざっと50パーセント強にまで下がっている。

これは今後も下がりつづけると予測される。

それはなぜか。

ひと言でいえば、産業革命以来、発展してきたテクノロジーは、もはや欧米だけのものではないからだ。

欧米は、産業革命以来、手にしてきたアドバンテージをすでに失っており、一方で、テクノロジーを手にした欧米以外の世界が、徐々に追い上げはじめてきたのである。

産業革命以降、拡大してきた欧米―アフリカ・アジア間の格差は、20世紀終盤から21世紀に入って徐々に縮まっている。

今後も、アフリカ・アジア地域の追い上げは続くと考えられ、ますます格差は縮まるだろう。

21世紀末、世界のGDP成長率は、1.5パーセント前後になると予測される。

しかし、日本だけで言えば、このままいくとその予測よりずっと低くなると見るべきだろう。

なぜなら、ここ二十数年間、日本のGDP成長率は、世界最低水準にあるからだ。

2012年の世界GDP成長率は3.5パーセントくらい。

しかし日本は、2014年の時点で1パーセントにも満たない。

ピケティは、歴史的事実として、資本収益率rはつねに成長率gより大きい(r>g)という不等式が成り立つと主張する。

ピケティが「歴史的事実」と断言したr>gの不等式は、何も古代から17世紀に特異な現象というわけではない。

古代から21世紀末までの成長率gと資本収益率rを一つのグラフにまとめると、資本収益率は、つねに世界GDP成長率より高くなる。

平時においては、つねにr>gとなり、格差は広がるのだ。

r>g――これこそが、あの膨大な紙面を割いた末に、ピケティが導きたかった結論なのである。

資本収益率rは、成長率gに勝る。

といっても、ピケティは、資本主義が格差を生み出し、拡大させる諸悪の根源だと断罪しているわけではない。

残念ながら、資本主義は、格差を広げる性質をはらんでいる。そのことを理解したうえで、意図的に、格差を是正していけるような制度をつくればいいのだと、ピケティは主張しているのである。

ピケティは、資本収益率rはつねにGDP成長率gに勝るため、放っておけば格差は拡大しつづけると結論づけた。

「格差拡大」という、みんなが何となく感じていたこと、また、経済学者の間ではすでに共通認識だったことを、ピケティは、膨大なデータとともに明るみに出したのである。

ピケティの「21世紀の資本」は700ページを超える分厚い本だ。

当時、多くの人が途中で挫折したという話をよく聞いた。

むしろ、本書を読むとよく理解できるのではないだろうか。

2021年2月14日 (日)

ヤフージャパン市場との対話/浜辺真紀子

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 「会社は誰のためのものか?」
 この質問に対しての回答は次のとおりだ。
「会社はすべてのステークホルダーのためのものだ」
 ヤフーは、ステークホルダーを以下のように定義している。
「利用者」「株主・投資家」「取引先」「従業員」「地域・社会」。


ヤフーは、2016年に設立20周年を迎えた。

環境が激変する現代、しかも栄枯盛衰が激しいインターネットの世界で20年成長し続ける企業は、世界的に見ても稀有な存在だ。

何が、その成長を促してきたのか。

その要因として、以下のものが挙げられる。

1つめは、経営陣及び従業員が、常に「利用者が楽しく便利に使えるサービスを提供しよう」という強い想いを持ち続けたこと。

そして2つめに挙げるべきは、米国で成功した事例をいち早く日本に取り入れる「タイムマシン経営」を標榜し実行したこと。

インターネットが現れてから10年以上の間、米国のインターネット事情は日本よりも推計で2年程度進んでいた。

米国で流行っているものは、例外を除けば日本でも流行る。

米国ヤフーが試行錯誤を経て成功させた事業モデルやサービス、同社の競合が成功させたサービスを日本にいち早く導入すれば、成功への近道になる。

インターネット黎明期にサービスを開始し、利用者が急増するヤフーのサービス〝Yahoo!JAPAN〟上で新サービスを展開すれば、必ず成功する。

ヤフーは、この「タイムマシン経営」で、利用者数とサービスの幅を急拡大していった。

3つめとしては、「タイムマシン経営」に取り組みつつ、インターネットが一般家庭に普及する前にサービス提供を開始し、「Yahoo!JAPAN=インターネット」という〝常識〟を日本のインターネット利用者に広めたことだろう。

当時、「ヤフーの理念」は次のとおりであった。

「ヤフーは、なにかを見つけたり 誰かを探したり なにかを買いたく(売りたく)なった時に いつでもどこからでも アクセスする唯一の場所になる」

「日本で唯一の場所」になるために、経営陣と社員が寝食を忘れて業務に取り組み、いち早くサービスを提供したことが、ヤフーサービスの利用者を増やすと同時に、ブランドを定着させた。 

20期連続増収を続けるヤフー株式会社と消滅した米国ヤフー。

風土や文化の違いがあるにしても、この対照的な結果は、どうして生じたのだろうか。

日本のヤフー経営者は米国ヤフーのように頻繁に代わっていない。

設立後6カ月間は、創業間もないこともあり、孫が暫定的な代表取締役社長となった。

しかし、同年7月に孫は退任し取締役会長に就任、井上雅博が代表取締役社長兼CEOとなる。

井上はその後16年にわたり、ヤフーの代表取締役社長兼CEOとして経営の舵を取ってきた。

インターネットの急激な普及と、環境の大きな変化。井上は米国のインターネット産業の進化を注視しながら、事業やサービスの拡大を着実に行い、日本におけるヤフーのポジションを確立した。

メディアなどへの露出を好まなかったが、社内では強いリーダーシップを発揮していた。 

ヤフー株式会社は、ソフトバンク株式会社から60%、米国ヤフー[YahooCorporation:現アルタバ]から40%の出資を受けた合弁会社として1996年1月に設立された。

URLを知らなくても、望んだインターネットサイトにたどり着ける。

当時のヤフーが目指したサービスは、まさにこれである。

日本語のウェブサイトのURLを集め、ツリー構造のカテゴリに分類した。

利用者は、このディレクトリサービスの中のカテゴリをたどったり、ディレクトリ内の検索を行ったりすることで、望みのサイトを見つけることができるようになった。

井上がよく言っていたことがある。

「外国人が自国以外でインターネットメディアを提供することは、難しいと思う。インターネットのコンテンツには、ローカル性がある。例えば、Yahoo!JAPANのトップページで『ラーメン特集』を提供すると、ものすごい数の閲覧が集まる。中国の人には理解できない現象だろうと思う」

ヤフーが成功した理由のひとつが、そこにある。

米国ヤフーから派遣された責任者がサービス運営の指揮をとるのではなく、井上をはじめとする日本人経営者が経営やサービス展開の責任者となっていたことが、功を奏したものと考えられる。

日米ともに、ヤフーには「MyYahoo!」というサービスがあった。

これは、IDにログインすることにより、ヤフーが提供するニュース、天気、路線情報、メールなどの各サービスを画面の好みの場所に配置して、オリジナルのトップページを作成することができる個人用ポータルサイトサービスだ。

米国ヤフーではこのサービスの人気が高く、オリジナルポータルサイトをPCのスタートページに設定している人の割合が多いと聞いている。

一方、日本のヤフーにおいては、「MyYahoo!」のサービス提供を開始したものの、PC、スマートフォンともに利用率は極めて低く、2016年にサービス提供を停止している。

「皆と同じものを見ることで、連帯感と安心感を得ることができる」という日本人独特の性質が、この違いを生んでいるのではないかと考える。

インターネットは生活に深く根付いている。文化が異なれば、インターネット上のサービスにも差異が発生する可能性がある。

外国人にとっては、理解しがたいことも起こり得る。

20期連続増収を続けるヤフージャパンと消滅した米国ヤフー。

その違いを生んだのは、良いところはマネしながらも、日本の独自性を開発し歩んできた結果。

つまり、守破離を行ってきた結果なのではないだろうか。

2021年2月13日 (土)

戦略「脳」を鍛える/御立尚資

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 戦略とは「ありたい姿」マイナス「現状」であり、「ケンカのしかた」であると定義すると、「ユニークさ」をつくり出すことこそが、勝つための要諦だということがはっきりする。経済学においても、「超過利潤を得るためには、市場を不完全な状態にする。すなわち自社が競争相手と全く違うユニークな地位を占める必要がある」とされている。 

本書では、「インサイト」を中心課題として取り上げている。

「勝てる戦略」をつくるためにはアカデミックな勉強だけではなく、「ある種の『頭の使い方』を身につける訓練が不可欠」。

経営の場でも、プロ同士が全力で戦う自由市場においては、戦略論という定石を当然知ったうえで、新たな戦い方をつくり上げる「プラスアルファの能力」を身につけた者だけが、自らを差別化し、競合優位に立つことができる。

この「プラスアルファの能力」を、BCGは「インサイト(Insight)」と呼んでいる。

インサイトという言葉は、日本語にすると「直観」あるいは「洞察力」という言葉になり、ややニュアンスが異なってしまう。

BCG流の「インサイト」をあえて意訳するならば、「勝てる戦略の構築に必要な〝頭の使い方〟、ならびにその結果として得られる〝ユニークな視座〟」という感じになろうか。

「インサイト」とは、「勝てる戦略の構築に必要な〝頭の使い方〟、ならびにその結果として得られる〝ユニークな視座〟」のことである。

公式1 ユニークな戦略=定石+インサイト

公式2 インサイト=スピード+レンズ

一方、「レンズ」とはよりユニークな仮説をつくり出すための「モノの見方」であり、思考のツールである。

定石を加工・応用していくうえで、どこかで自分の思考を非連続にジャンプさせることができれば、戦略のユニークさはより際立ったものとなる。

たとえスタートポイントが万人が知っている定石だとしても、仮説進化の「スピード」と仮説をユニークにする「レンズ」の使い方を身につけていれば、勝てる戦略、ユニークな戦略に到達することができる。

この観点からインサイトは「スピード」と「レンズ」の二要素に読み替えることができる。

思考のスピードを因数分解すると、「パターン認識」、「グラフ発想」、「シャドウボクシング」という要素に分けられ、これら三つの関係は次ような公式にまとめられる。

公式3 スピード=(パターン認識+グラフ発想)×シャドウボクシング

棋士の場合に当てはめて考えるなら、パターン認識とは過去の定石・定跡を覚えて使いこなすこと。

グラフ発想とは盤面を右脳でビジュアル的にとらえて指し手のアイデアを考え出すこと。

そしてシャドウボクシングとは、考え出した指し手を論理的にチェックし、納得できる答えを導き出すまで右脳と左脳で仮説と検証を繰り返すことにあたる。

戦略を立案する場合なら、この公式は次のような意味になる。

「戦略論のエッセンスをパターン認識化して使いこなし、グラフ発想で右脳をフル活用して仮説を生み出すこと。そして、将棋の場合同様、右脳左脳両方を使ってシャドウボクシングを行ない、仮説の検証・修正・再検証というプロセスを猛スピードで実行していくこと」。

シャドウボクシングを通じて、右脳での「自分には通じるイメージ発想」と左脳での「他人にも通じる論理化」を積み重ねることで、最終的には他人にも理解し、納得してもらえる論理が完成する。

シャドウボクシングは、戦略の実行可能性アップにも大きくかかわっているのだ。

インサイトをどんどん身につけてしまう人は、物事を二重人格的に考えられる人だとわかった。

二重人格的と表現したのは、物事を考えるときに自分のなかで全く逆の立場に立ってみることが、ごく自然に実行できるという意味だ。

「頭の使い方」は人それぞれであり、個人差がある。

その事実を認識して、まずは自分がよく使っている「頭の使い方」を把握し、そのうえで普段使い慣れていない、いつもとは違う「頭の使い方」を意識して実践してみる必要がある。

実際、頭の使い方には思いもよらないほどクセがあるものだ。

効率的に戦略脳を鍛えるためには、自分の頭の使い方にはクセがありバイアスがかかっていることを普段から意識し、いつもと違う使い方を積極的にしていかなくてはならない。

まず自分の頭の使い方のクセを知ることからはじめてゆきたい。

2021年2月12日 (金)

人は話し方が9割/永松茂久

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 会話がうまくなる方法、それは「苦手な人との会話を避け、大好きな人と話す時間を増やす」。これだけです。

話し方で損をしている人は多い。

そして会話を苦手にしている人も多い。

ではどうすればうまくなれるのか?

著者は「苦手な人との会話を避け、大好きな人と話す時間を増やす」ことだという。

大好きな人と会話することで話し方がうまくなる。

すると苦手な人がいなくなり、人に好かれるようになる。

人に好かれる人の周りには、人だけでなくチャンス、お金も集まってくる。

話し方で得している人は、特別なことはほとんどやっていない。

誰にでも身につけることが可能な、この「ほんのわずかな違い」を手にしているだけ。

普通の人が、簡単に話せるようになるコツが3つある。

【コツ1】否定禁止

マイナストークで未来を語ると、どんどん現実の未来が暗いものになってしまう。

会議でよく見かけられる光景だが、誰かが何かを発言した時に、「そうは言っても」とか「それは、違うだろ」という空気が流れることがある。

そういう空気が会議全体を覆ってしまうと、人の潜在能力、つまりパフォーマンスは低下する。

そして、誰もが口を閉ざすようになる。

人は、つい他人が語ることを「できる」「できない」に分類してしまいがだが、これでは一人ひとりが自由に発言するモチベーションを奪ってしまう。

【コツ2】笑顔でうなずく

ただ首を縦に振るだけだが、人間関係において、この習慣を身につけると、かなり役立つ。

このうなずき文化が人の心の扉をあけ、安心を生み出していく最高の方法。

【コツ3】プラストーク

前向きな話は、人を元気にする。

逆に、後ろ向き、否定的な話は、自分自身だけでなく、聞く人のエネルギーも下げてしまう。

まずは、自分と話しの合う人、好きな人とだけ話すというアプローチは意外と見落としてしまうことではないだろうか。

2021年2月11日 (木)

ひとりビジネスの教科書/佐藤伝

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 「ひとりビジネス」を始めれば、価値観の合う仲間と助け合い、自分らしいやり方で社会に貢献し、お客さんに感謝されながら、経済的にも精神的にも豊かになれます。
 個人事業主という絶妙のポジションで、複数の収益を生む機会(キャッシュポイント)を作って、お金を稼げます。

大きな企業に勤めていれば安定・安心の時代は終わった。

組織を優先させ、眉間にシワを寄せながら働くワーキングスタイルは、すでに過去のもの。

「上司と部下」という主従関係が、過去の遺物になりつつある。

内閣府は、2019年7月に、フリーランスに関する初の調査レポートを公表した。

レポートによると、日本のフリーランスは341万人で、就業者人口6620万人の約5%、うち112万人が副業と見られている。

「ひとりビジネス」は、世界的な流れだ。

組織にとらわれず、好きなときに、好きな場所で、好きな人たちとゆるやかにつながって、自分自身を活かしながら社会に貢献する時代がやってきた。

自宅起業「ひとりビジネス」は、ひとりで完結するビジネスではない。

連携するメンバーとの打ち合わせや、商品・サービスを提供するお客さんとのやり取りは、インターネット上のコミュニケーションがベースになる。

「ひとりビジネス」をすすめる理由は、2つある。

1つは、働いているうちに、やりたい仕事の内容が変わるから。

もう1つは、人間関係に悩まされなくてすむから。

一般的にフリーランスは相手に合わせることが多い、いわゆる受注型。

一方、「ひとりビジネス」は、もっと主体的な提案型。

自分から商品やサービスを売っていく。

お金のエネルギーは、自由へとつながっている。

マネーとフリーダムには強い親和性がある。

「ひとりビジネス」では、貯金も、人脈も、知識も、同時進行で補っていける人が成功する。

走りながら足りない部分を補強していく。

このように同時進行で行動する考え方を「シンクロ思考」と呼んでいる。

走り出さなければ、見えない景色がある。

「ひとりビジネス」は見栄を張らずにコツコツと。

マイペースで、じっくり伸ばす地道な継続が、大きな花を咲かせる。

「ひとりビジネス」は、人間関係を学びながら、ビジネスを通してファンと調和できる、すばらしい仕事。

「ひとりビジネス」も働き方改革の一つなのではないだろうか。

2021年2月10日 (水)

繁盛店に「職人」はいらない/坂東誠

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 「うまい!」だけではお客さんは来ません。
 おいしさだけ追求しても、残念ながら結果はついていきません。
 お客さんにどう認識されたいのか?
 まずはそこを見極めることです。

経験上言えることは、「飲食店が繁盛する理由に、資本力や立地条件はほとんど関係がない」ということ。 

いくらおいしい料理を作り出すことができても、人が集まる〝きっかけ〟となるメニューをつくれていないと、お客さんは店に来てくれない。

それをつくり出すために、斬新なメニューや腕のいいシェフは実は必要ない。

お客さんにとってはその〝接点〟だけがすべて。

その〝接点〟をたどってきたお客さんに「いいね!」と思ってもらうために、具体的なメニューづくりの前に深掘りしておいてほしい、3つのステップがある。

ステップ1 あなたのミッションは? ~何のために生きていますか?~

ステップ2 あなたは何屋さん? ~お客さんからどう認識されていますか?~

ステップ3 「だから、何?」を突き詰める ~お店に来たお客さんはどうなりますか?~

彼らは実は、その料理自体が欲しいわけではない。

空腹を満たしたいのなら、他にも選択肢はたくさんある。

その中であなたの店をあえて選ぶのは、メニュー以外の目的があるはず。

つまり、飲食店を繁盛させるためにあなたが行う仕事の半分は、お客さんがお店に来るための〝きっかけづくり〟。

お客さんたちは料理を食べに来たり、お酒を飲みに来たりするためだけに来店するわけではない。

食事を通して、他人とのコミュニケーションを取りに店にやってくる。

おいしいメニューを出す技術や能力は、長くやっていれば自然に身に付く。

店が繁盛するために必要なのは、あなたの店が「○○の店」だと認識されること。

お客さん自身があなたの店で楽しむ光景がはっきりと想像できることが重要。

そのためには、来店理由を絞り込み、そこから見えてくるお客さんのニーズに見合った情報発信のみを続けていくこと。

お客さんは得をするから、来店する。

来る理由(得)がない店には来店しない。

そして、知らない店には来店しない。

ここで必要なのは、ストーリー。

お客さんがお店に入ってきて、メニューを見て注文して、食事を楽しんで退店するまでの流れをイメージしてみる。

なるべくメニューの数は限定し、さらにキーワードがはっきり頭に入ってくるようにストーリーをつくってあげることが大切。

キーワードにあたるのは〈売り〉と〈おすすめ〉。

それはこんな具合。

メニュー1 「先ずは食べる価値あり!」

メニュー2 「これが当店名物!」

メニュー3 「〆はこれ食べてみて!」

お客さんが店に来てくれるということは〝当たり前〟のことなのではなく、店とお客さんの〝人間関係〟、つまり人と人とのつながりができて初めて可能になること。

そのことを、今回のコロナショックは逆説的に私たちに教えてくれている。

お互いに人としてのつながりがなければ、コロナショック後の時代は飲食店営業が成り立たなくなるのかもしれない。

店にとっての最高の評価は、〝お客さんの次回のご来店〟。

次のご予約をしてもらうためにはどうしたらいいか?

それを考えることが、これからの時代にはますます重要になるのではないだろうか。

2021年2月 9日 (火)

アドラー人生の意味の心理学/岸見一郎

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 アドラー心理学の特徴は、あらゆる対人関係は「縦」ではなく「横」の関係にあり、人と人とは対等であると考える点にあります。

アドラー心理学の特徴として挙げられるのが、人は誰もが同じ世界に生きているのではなく、自分が「意味づけ」した世界に生きていると考えること。

同じ経験をしても、意味づけ次第で世界はまったく違ったものに見え、行動も違ってくる。

いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。

われわれは自分の経験によるショック──いわゆるトラウマ──に苦しむのではなく、経験の中から目的に適うものを見つけ出す。

自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって、自らを決定するのである。

そこで、特定の経験を将来の人生のための基礎と考える時、おそらく、何らかの過ちをしているのである。

意味は状況によって決定されるのではない。われわれが状況に与える意味によって、自らを決定するのである。

アドラーのいう「目的論」では、ある人と関係を続けたくないと思うことが、欠点を見つけることの目的。

長所を見つけ、好きになるのは、その人との関係を始めたいという目的があったから。

なぜ好きになったか、嫌いになったかという原因(理由)を相手の中に見つけようとすることが、先ほどのアドラーの言葉の中にある「経験の中から目的に適うものを見つけ出す」ということ。

アドラーは、この世界、人生、自分についての意味づけを「ライフスタイル」と呼んだ。

自分のことを自分がどう見ているか(自己概念)、他者を含む世界の現状についてどう思っているのか(世界像)、自分および世界についてどんな理想を抱いているのか(自己理想)──この三つをひっくるめた信念体系がライフスタイル。

よく「過去は変えられない」という。

しかし、過去の意味は変えられる。

そして過去の意味を変えることによって、現在と未来も変えられる。

そのように考えることが大切なのではないだろうか。

2021年2月 8日 (月)

スマホ人生戦略/堀江貴文

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 スマホは、万能のツールだ。正確に言うと、自分を万能化するのではなく、やりたいことに近づくための最も万能なツールである。

本書はホリエモンのスマホによる人生戦略本である。

大切なのは、スマホの使い方ではない。

スマホを使って何を考えるか、どう行動するか、ということ。

スマホはこれから、驚くべきスピードで進化していく。

不確定な未来を生き抜く「武器」になる。

スマホから何を見て、それをどうつなげ、思考し、形にしていくのか──。

そのような発想が大事。

やりたいことのためにスマホを使い尽くす。

いま、やりたいことがなければ、とりあえず使い尽くす。

使い尽くして、いま以上の景色を見に行く──。

これが正解だ。

スマホは「行動する人間」に与えられた武器なのである。

スマホで大切なのは、「見る」「楽しむ」だけでなく、「使う」ことだ。

インターネットが数十年の短期間でなぜ世界中に普及したのか?

ひと言で言えば、「究極のバザール空間」を実現したからだ。

国境や権威や制度の垣根を取り外し、世界中の人々が人類の進化のため、一丸となって発展させた革命的なネットワーク。

それがインターネットだ。

そしてスマホは、そのネットワークに一瞬でつながれる最強の武器なのである。

机に向かって背中を丸め、黙々とパソコンに向かっていれば価値を生み出せる時代は終わった。

真の価値を生む情報とは、感情のフィルターにひっかかった情報のことだ。

他人の思いつかない独自のアイデアと図抜けた行動力は、理性ではなく感情からしか生まれない。

ただ純粋に、知りたい! 追いかけたい! という〝感情〟で情報を選んで、絶えず自分の頭の中に入れ続けることが重要なのである。

スマホとは何なのか?

それは〝身体拡張〟を目的としたツールである。

大量の情報処理能力を備え、「人間」というスペックではできなかったことをできるようにする。

つまり、「後天的に得た身体の一部」という考え方で取り扱うことが、スマホの本来の用途なのだ。

「書を捨てよ、町へ出よう」と、寺山修司は言った。

いまなら、「暇つぶしを捨てよ、スマホと共に街へ出よう」と言い換えられる。

スマホを持ってアクティブに行動し、人生の経験値を上げていくべきだ。

行ったことのない場所へ行って、見たもの、出会った人との経験をストックしよう。

そこで得た経験をもとに自分の頭で考えて、発信し、頭の中を整理して、自分で考える癖をつけていこう。

世界の情報とコネクトできるスマホが、現代の人々にもたらしたものとはいったい何だろうか。

社会の「行動変容」が最大の特徴だと考えている。

小さな薄い箱にもかかわらず、スマホは利用する者の思想を規定し、行動を変えてしまうだけの強いパワーを持っているのである。

スマホから見える「景色」が、いつの間にか、自分の思想を変えていく──。

2007年にiPhoneが登場して以来、14年。

それによって世界が変わったことは確かだろう。

2021年2月 7日 (日)

明解経済理論入門/高橋洋一

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 日銀(日本銀行)の職務は「物価の安定」だ。つまり、日銀の金融政策はすべて、「物価の安定」のために実施されているということだ。
 では政府はどうか。 政府に求められることは、日銀よりずっと多岐にわたる。だが、つまるところ「雇用の安定」を達成すれば、連鎖的にほかのニーズも達成されることが多いと考えていい。
 したがって、政府が行う政策の多くは、「雇用の安定」のために実施されているといえる。

経済理論には、

①主にデータ分析によって、現実社会で起こっている現象を「普遍的な法則」として説明すること

②さまざまな手段の打率のいい「根拠」となること

これら、大きく2つの役割がある。 

物事には、まず目的がある。

その目的を達成するために手段があり、手段の根拠となるのが理論だ。

経済政策は政府や日銀がそれぞれの目的を達成するための手段で、財政政策と金融政策の2種類がある。

経済理論は経済政策におけるフレーム。

数ある経済理論の中でも、もっとも重要といえるのは、「オークンの法則」だ。

では「オークンの法則」で何がわかるのか。

結論からいえば、「なぜ国は成長を目指すべきなのか」がわかる。

経済成長率が高くなれば、失業率は下がる。

オークンが発見したように、一国の経済成長率と失業率には負の相関がある。

つまり、国が成長すればするほど、その国の失業者は減るといっていい。

裏を返せば、仕事がなくて食えない人を減らすためには、国を挙げて継続的な経済成長を目指すこと、これに尽きるというわけだ。

経済成長すると国が豊かになって、国民の所得も上がるというメリットもあるが、これは、いわば副産物に過ぎない。

では経済成長の主産物は何かといえば、失業者が極限まで減ることなのだ。

経済成長は、国民すべての所得を増やすことになる。

つまりパイが大きくなるため、弱者を助ける分配問題でも解決が容易になるのだ。

経済成長を否定するというのは、失業率の上昇を肯定するのと同じだ。

成長を忌み嫌う人たちは、「豊かさなんていらない」というのだろうが、オークンの法則から豊かさの減少は失業者の増加を意味する。

国民に対する国の責任として、経済政策で最優先される目標は、食えない人を最小限にまで減らすこと、つまり「失業率を極限まで低くすること」である。

経済成長と人類共通の課題は、まったく相反するものではない。

経済力とは、国の基礎体力のようなものだ。「衣食足りて礼節を知る」ともいう。

むしろ安定して経済成長し続けてこそ、国家としてより成熟し、それこそ環境問題のような人類共通の課題にも着実に取り組んでいけるのである。

「経済成長=一部のお金持ちだけが富を独占する」というのは、まったくロジカルではなく、イメージに過ぎない。

成長率と失業率の相関性を示すオークンの法則に加えて、もう1つ、まず知っておきたい重要理論がある。

それが「フィリップス曲線」だ。

フィリップス曲線は「物価と失業率の相関性」を示す。

つまり、フィリップス曲線は、失業率のもう1つの指標といえる。 

物価が上がれば、失業率は下がる。

この法則もオークンの法則と同じ、経験則だ。

物価上昇は、より経済活動が活発になった結果である。

そして経済活動が活発というのは、つまりビジネスが盛んに回っているということであり、仕事がたくさん増えて人手不足になる。

だから物価が上がっているときには、失業率が下がるのだ。

この相関性をグラフで表現したものが、フィリップス曲線である。

オークンの法則とフィリップス曲線の2理論をもって、経済成長率が上がり、物価上昇率が上がると、失業率が下がるということが一目瞭然だ。

つまり現在起こっているいることは、全て経済理論によって説明がつくということだ。

逆に言えば、今の日本、理論を無視した感情的な議論が横行し、国民をミスリードしているということではないだろうか。

2021年2月 6日 (土)

100円ノート「超」メモ術/中公竹義

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「超」メモ術の基本機能としては、記録スペースを自由に確保できることがあげられます。 加えて、超スピードメモ機能、検索機能、集計・分析機能という、情報整理のための三大機能が備わっていることが、その大きな特徴です。

100円ノート「超」メモ術には3つのルールがある。

【第1のルール】どんなことでも、1冊のノートに書くこと

「どんなことでも~」というのは、思いついたこと、行動したこと、約束したことなどすべてを、「これは後で役に立つか」などと疑問をもたず、ためらうことなく記録するという意味。

【第2のルール】書き終えたら、当該見開きページの右下角をちぎること

こうすることによって、次にメモをしようと思ったときに、ちぎった部分に指をかけるだけで、書くべき空白ページをすぐに開くことができる。

【第3のルール】書き終えたら、インデックスと検索マークをつけること

これはつまり、メモの内容を「インデックス」として最終ページに書き込むことと、該当ページの端の、インデックスを書き込んだ高さにマーキングするということ。 

ノートの大きさはA6判が一番使いやすい。

まず、表紙の右下角を、親指が当てられる程度の大きさに切りとる。

カッターかハサミで、角を三角形に切り落としてしまう。

次に、裏表紙の小口側の中央あたりに、上下3~4センチメートル、幅3~4ミリメートルの切り込みを入れ、切り落とす。

上下の切り込みの角度は直角ではなく、やや鈍角にする。

1ページ目にはメモをせず、とりあえず白紙のままにしておく。

この部分は、後日、最終ページのインデックスのスペースが足りなくなった場合などに使う予備ページとして、使わずにおく。

メモは、本文(メモ)→日付→タイトルの順で書き込むのが基本。

こうして、思いつくままにメモを書き、その後、罫線上部の欄外に「日付」、その左横に「タイトル」を記入する。

タイトルは内容を整理してから後で書いてもよいが、日付は必ず書き入れる。

注意してほしいのは、左ページにメモするときは、ノートの端から1センチメートルほど余白をとって書くこと。

この余白部分には、検索マークを書き入れる。

こうすることによって、後から簡単にそのメモを探し出して見直すことができる。

1ページには1案件を超えて書き込まない。

「超」メモ術でメモする際には、ノートの見開き2ページに1案件を書く。

つまり最低でも、1ページに1案件を超えないようにして使うということが、とくに重要。

メモには、思考過程が映像のように記録される。

これは、手書きのメモだけがもっている最高の特徴。

パソコンの主な機能はというと、文字を書く、図形を描く、計算する、保存する、検索する。

「超」メモ術ができないのは、自動表計算だけ。

パソコンに保存するためにテキストにすると、手書き文字のもっているさまざまな情報が抜け落ちてしまう。

手書きのメモの情報には、文字としての情報だけではなく、さまざまな情報が含まれており、このことによって脳内記憶回路の右脳にある、イメージ情報を瞬時に呼び出すことができる。

メモを手書きすることは、情報をイメージとして記憶することを可能にしている。

「超」メモ術には、脳を刺激し、記憶の扉を開く仕掛けがある。

私たちは、しなくてもよい苦労をして、脳と神経をムダ遣いしているのではないだろうか。

「超」メモ術なら、それを簡単に解決してくれる。

脳は記憶を呼び起こすために、脳内のキーワードを探し、そのキーワードから関連する情報を引き出し、それらを組み立てて一つの情報として思い出す。

のどまで出かかっているのに思い出せない、という経験をしたことがあると思うが、脳内のキーワードは見ることができないので、闇の中で探し物をしているようなもどかしさを覚えるのだ。

この見えないキーワードを見えるようにしたのが、「超」メモ術。

「超」メモ術の特徴を示すには、「シンプル・イズ・ベスト」という言葉がピタリとくる。

デジタルとアナログのいいとこ取りをしたのが、「超」メモ術ということではないだろうか。

2021年2月 5日 (金)

年収1億円を稼ぐ人の頑張らない成功法則/午堂登紀雄

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 今、結果を出しているのは、合理的に考え、戦略的に行動している人だ。
 たとえばアスリートなども、ただ、がむしゃらに練習する人より、データや科学的根拠(運動生理学やスポーツ心理学など)をもとに、合理性で取り組む人が記録を伸ばしている。練習時間の長さが、必ずしも勝敗や記録につながらなくなっている。 

実際、今の時代は何も考えず、がむしゃらになって、気合いと根性で努力しても、結果は出にくくなっている。

昔の富裕層が成功した時代と現在とでは、ルールが違うのだ。

そんな彼らには、たとえば次のような特徴がある。

●頑張らない

●我慢しない

●やりたいことしかやらない

●自由が最優先

●人脈づくりに興味がない

彼らはゆるいモードで働いて成果を出している。

自由と収入と自己実現のすべてが手に入る、これからの理想的な働き方・稼ぎ方とは何か。

そのために我々は、新世代の成功者の何を学べば良いのか。

1億円プレーヤーが1億円プレーヤーたる理由、それは、創造的なアイデアと、独自の価値を提供しているからだ。

そしてそのためには、孤独の中で一人自分の思考を深めることが不可欠だ。

だから電話がかかってきても、彼らは基本的にスルーする。

出るのは、着信相手の表示を見て緊急とわかる場合に限る。

あるいはヒマなときぐらいだ。

新世代1億円プレーヤーはToBeリストを活用している。

ToBeリストは見慣れない言葉かもしれないが、これは「なりたい姿・ありたい状態」を集めたリストのことだ。

リストとは言っても特に紙などに書いているわけではなく、新世代の頭の中に強烈にインプットされている指針のようなものだ。

ToBeリストは「自分はこういう人間になりたい」「こういう生き方がしたい」という、もっと能動的な目標。

新世代の場合は、特に大きな野心があるわけではない。

ただ、「好きなことを好きなときに、好きなようにやれる」という「自由」を非常に重視しており、その状態を維持したいというToBeを持っている。

選択や決断に迫られたとき、「これは自分のToBeに貢献するか」と考えれば、おのずと「やる」「やらない」が明確となる。

そしてそこで「やる」が選択された場合にも「どのようにやるか」が見えてくるはずだ。

新世代1億円プレーヤーは、「人を雇わない」「オフィスを持たない」「出勤しなくていい」「何時に寝ても、何時に起きてもいい」「仕事や付き合う人を選べる」という自由を獲得している。

新世代1億円プレーヤーは、「自分はこういう生き方がしたい」という人生観を持ち、そこから逆算して働き方を選ぶ。

重要なのは「自分の人生は自分でコントロールする」という意志を持つことだ。

インターネット全盛になってくると、オンラインでのやりとりが主流になる。

こうなると、外交的であるかどうかは差別化になりにくい。

むしろ逆に「内向的な人間が活躍できる」環境になっている。

特にIT分野やクリエイティブ分野での新世代1億円プレーヤーは、内向的で自分自身を表に出さない人が少なくない。

内向的であろうがオタクであろうが、コンテンツクリエイターは様々な方法で稼ぐことができる。

昨今のビジネスでは従来の「付き合いの良さ」「トークのうまさ」といった外向型人間の特徴だけでは生き抜くことが難しく、内向型人間の持つ特徴が望まれる場面が増えている。

テキストコミュニケーションに顕著な特徴は、「論理性がないとすぐにバレる」ということだ。

そう考えると、内向的な人間が持つ性質、つまり「口下手→だけど論理的」「ネクラ→だけどメールなどの文章は得意」という特徴が、より活かせる時代になる。

重要なのは結果を導いた思考体系であり、それを自分の仕事や日常生活の全方位に展開させていくことだ。

はっきり言えることは、過去の常識は現在の非常識。

明確なパラダイム転換が起こっていることだと思う。

2021年2月 4日 (木)

天才たちのライフハック/許成準

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 アルベルト・アインシュタインも、毎朝、何を着るのか考えるのが時間の浪費だとして、毎日同じ服を着た。この習慣は、FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグや、スティーブ・ジョブズも持っていた。
 ザッカーバーグは同じ服だけでいっぱいのクローゼットを公開したこともある。
 これは日常における選択を最小にして、生活をシンプルにするための習慣だ。

圧倒的な成功を収めた〈天才〉と言われるような人と、普通の人との違いは何だろう?

人の成功を決める要因は、運を除けば知性やその分野への専門知識が重要だと思われる。

こうした個人の力量は、ある程度は先天的な要素により、ある程度は後天的な要素によって決まるものと思われる。

では、成功に必要な、後天的な要素とは何だろう?

まだはっきり証明されたわけではないが、多くの研究者のおかげで、後天的な要素を左右するものとしては、「習慣」がもっとも有力とされている。 

最近では、毎日の小さな行動で、人生に大きな変化をもたらすテクニックを「ライフハック」と読んでいるが、圧倒的な成功を収めた天才たちが、ライフハックに使った道具こそ、習慣だったといえる。 

ヘミングウェイはタイプライターで小説を書いていたが、そのタイプライターはスタンディングデスクの上にあった。

なぜこのような執筆スタイルをとっているのかというと、まさに短く、簡潔な文体を追求するためだという。

座って書いていると、どうしてものんびりとして、一文が長くなりやすい。

だから、彼はスタンディングデスクを使ったり、片足で立ったりしながら小説を書いたのだという。

多数の研究によれば、立って働くと頭脳が活性化され、集中力が高まるのだという。

動脈硬化や心筋梗塞、そしてがんが発生するリスクも低下するという。

もちろん何よりの効果は、仕事中に余計なことをせず、最短で作業を終えられるようになることだ。

アメリカのシリコンバレーもこの効果に着目し、立って働く「スタンディングオフィス」を導入する企業が増えているという。

小説を執筆しているときのアガサ・クリスティーには、特別な習慣があった。

冒頭から書き始めずに、しばしば殺人シーンから書いたのである。

犯行がどう行われたかを詳しく描いた後に、その前後のストーリーを補完していく手法だったのだ。

彼女がこうした手法を採用した理由は、推理小説の核心が殺人シーンだからである。

未知の犯人の手によって、不思議な方法で殺人が行われると、読者の興味は最高潮に達する。

その興味を推進剤として「誰が」、「どのような方法で」、「なんのために」その殺人を犯したのかを究明する過程を、面白く読ませるのが推理小説の基本的な構造である。

彼女の小説が現代においても人気がある理由は、その興味の引き方が、他の作家たちよりずっと巧みだからだ。

物語の構成や展開の緻密さもあるが、なにより印象的なのはその殺人の方法である。

つまり、彼女の手法は自分の仕事の核心部分に真っ先に手を付けて、残りをそれに合わせて処理していくというものだった。

このような仕事術は、あらゆる仕事に応用できる。

たとえば会社で企画書やプレゼンテーションのための書類などを作成するとき、頭から書く必要はない。最も核心的な部分を作って、それに合わせて残りを処理すれば良いのだ。

読書するときにも、最初から読まず、結論部分や、興味のある箇所から読む方法もある。

ドフトエフスキーは、ひとつひとつの作品を、自身最後の作品だと考えて執筆する習慣を持っていた。

なぜ、このような考えを持つに至ったのかといえば、彼の人生に起こったある劇的な事件が大きく影響している。

ドフトエフスキーが生きた時代のロシアは皇帝が統治していたが、同時に「フランス革命」の影響がヨーロッパ全土に広がりを見せていた時期でもあった。

銃殺刑を宣告された彼は、刑場で将校が罪を読み上げているのを聞きながら、思考が混濁していくのを感じていた。

教会の鐘塔を照らしていた日光が、かかってきた雲に遮られていくのを見ながら、ドフトエフスキーはこんなことを考えた。

「もし私が死ななければ、もし生きれば私の人生は永遠のように感じられるだろう。もし生き残れば人生の1秒も浪費しないだろう」

そして、頭に頭巾が被せられ、兵士が銃を発射しようとした、まさにその時。

刑場に馬車が到着して、皇帝が特別に彼らの刑を減刑したことを知らせた。

こうしてドストエフスキーは死刑になる代わりに、極寒のシベリアへ送られて4年間の重労働を課せられた。

想像を絶する環境を耐えながら、彼は頭の中でいろいろな作品の構想を練った。

シベリアから戻ってきたドフトエフスキーは、人が変わったようだった。

作品ひとつひとつが自分の遺作だと思って、渾身の力作を発表し続けた。

『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』……。

映画監督、クエンティー・タランティーノによると、彼は聞こえてきたジョークや、友達が雑談のなかでふと口にした面白いことをすかさずメモする習慣を持っているという。

たとえば、友人同士で集まってビールを飲みながら騒いだ後、帰宅したタランティーノはせっせと、さきほど友人が話した傑作ジョークを思い出して書き残しておくのである。

このようなメモ習慣は、彼がシナリオを執筆するうえでとても役に立つという。

いくら頭が切れる映画監督でも、何もないところからアイデアをひねり出すのは不可能だからだ。

ベートーヴェンは毎日、ランチを食べると、紙と鉛筆を持って3~4時間も散歩した。

たったひとりでウィーンの森を歩くことを好み、歩いているうちに曲想が頭に浮かぶと、すかさず持っていた紙に書き留めた。

初めてメモした曲想はかなり幼稚なものだったそうだが、彼はそのアイデアを発展させて、荘厳な交響曲を作り出した。

午後の散歩は、彼にとってそれほど大切な時間だったのだ。

同じくウィーンで活躍した19世紀の大作曲家、グスタフ・マーラーは、ベートーヴェンの習慣をそのまま取り入れて、ランチの後に3~4時間散歩したという。

2014年にスタンフォード大学の教育学部が中心となって行った研究では、座ったままよりも歩いているときのほうが、新しいことを閃いたり、物事を生み出したりするときに関わってくる「クリエイティブな能力」が、平均して60%も高まることが明らかになっている。

ビジネスマンが毎日3~4時間も散歩することは難しいが、一駅手前の駅で降りてオフィスまで歩いたり、休日に時間をとることはできるはずだ。

あまり知られていないが、スティーブ・ジョブズは感情的になるとすぐ泣いていた。

若いころ、Appleを創業しようとしていたとき、パートナーのスティーブ・ウォズニアックが起業に消極的になると、ジョブズは激しく泣いた。

Appleが大きくなったあとも、社員が自分の意図とは違った製品を提案してくると、社員たちの前でも泣いた。

だが、もっとも感情を露にしたのは、感動的な想像をしたときである。

彼はこう言っている。

「私はたびたび、完璧な純粋さ――純粋な霊魂と愛――の中に私がいることを感じる。そのとき、私はいつも泣く」

このジョブズの一側面は、彼が並外れて豊かな感受性を持っていたことを示している。

この感受性に着目すれば、ジョブズが関わった製品群が、なぜ、初めて手にとったときの感触や、直感的な操作を重視していたのかが理解できる。

これら天才たちの習慣。

あとから科学的な根拠が解明したことも多い。

一つでも真似してみたら良いのではないだろうか。

2021年2月 3日 (水)

楽しくなければ仕事じゃない/干場弓子

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 楽しいかどうかを決定するのは、起こっていることではなく、それをどうとらえるか、であり、その人の選択である。

楽しいことがあるから楽しめるのではなく、何でも楽しむと決めているから楽しめるのだ。

すなわち、楽しむのも能力である。

本田宗一郎さんの言葉だ。

「楽しい仕事はあるが、楽な仕事はない」

楽しいというのは、楽ということではない。

むしろ真逆かもしれない。

キャリアプランの最大の問題は、自分の可能性を、今の自分に限定してしまうことにある。

キャリアプランを立てるなら、選択肢を狭めるものではなく、広げるものにしてほしい。

チャンスはいつも、自分が思っていることの外にある。

いつもやっていること、いつも会っている人の外にある。

深く掘り下げることで、物事の本質に迫ることができる。

物事の本質に迫ると、他の分野の本質と共振することができる。

求められていることより、一歩踏み込む。

それがコツだ。

そうやって、与えられた仕事、やることになった仕事を、一つひとつ少しだけ深くやって、自分のものにしていく。

それが、深くて、広い勉強だ。

社会人の勉強の目的は、アウトプットにあるはずだ。

チャンスが「枠」の外にあるとしたら、楽しみは「枠」から追い出されたもの、あるいは、はみ出してしまっているものの中にある。

普通はそこまで踏み込まない最後の一歩。

そこを踏み込む。

それを実際にやる。

そして、やり続ける。

それだけのこと。

何であれ、一直線にほしいものにたどり着けるなんてことはめったにない。

たいてい回り道をするものだ。

その回り道こそが人生じゃないか?

一見、無駄に感じられる出会いが、のちに素晴らしい縁となったりする。

一見、無駄な勉強が、あとで役に立ったりする。

引き出しは多いほどいいのだ。

目の前のこと、やってほしいと求められていることに、まずは集中する。

じつは、そこに「好きになる」秘訣がある。

「好きになる力」を取り戻すもうひとつの方法は、その仕事の価値を考え、その仕事に価値を与えることだ。

仕事の価値は、人がつくる。その仕事に夢中になって、誇りを持っておこなっている人によって、つくられる。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの有名な演説。

「道路清掃人となるべき運命の人間は、ミケランジェロが絵を描くように、ベートーヴェンが作曲するように、シェークスピアが詩を書くように、道路を掃除しなければならない」

同じ状況の中でも、味わっている感情は違う。

それは、性格の問題ではなく、選択の問題だ。

セレンディピティは、思考の過程ではなく、実践の過程で生まれる。

いくら思っていても、行動に移さなければ、現実には影響を与えない。

相手には伝わらない。

少なくとも仕事の上では、アウトプットだけが評価の対象となる。

チャンスも、セレンディピティも、準備が整っている人のもとに訪れる。

思ったからといって必ず実現するとは限らないが、思わないことには、万が一にも実現しない。

サラリーマンのときから、オーナー社長のように考え、仕事に向き合っている人が、オーナー社長になるんじゃないか?

何かに夢中になれる人は、他のことにも夢中になれる。何にでも夢中になれる人がいる一方で、何をやっても夢中になれない人がいる。

夢中になるというのも能力だが、後天的に夢中にならないように教育されてきただけなので、練習次第で、回復させることができる。

夢中になっておこなったものだけが自分の力になる。

そして、次のステージに行ける。

まさに、恋も仕事も、「好き」と「情熱」で出来上がっている。

結果も大事だけれど、そのプロセス自体も楽しい。

人生は、そのチャンスを見逃すには、案外長い。

若いころに思っているより、短いようでいて、案外長い。

「わたしたち人間のすべての悩みは人間関係にあり、すべての幸福の源も人間関係にある」

これはアドラーの言葉。

「誰からも嫌われない」人生を選ぶということは、「誰からもとくには好かれない」人生を選ぶことであり、多くの人に好かれる人生を選ぶということは、それだけアンチも多い人生を選ぶということなのだ。

自己成長は、目的ではなく、結果なのだ。

過去は変えられる。

現在によって。

なぜなら、過去は(そして現在も)、すべて〝解釈〟だからだ。

事実は変えられないが、解釈は変えられる。

そして、わたしたちはすべて、事実を解釈することで生きているからだ。

もし、人生が「現在」が積み重なったものだったら、その現在を、起こってもいない「未来」に備えて、わざわざ暗いものにする必要はない。

今この瞬間、「幸せでいる」ことのほうが、遠い先に「幸せになる」ことより、ずっと必要なことなんじゃないか?

幸いなことに、今、幸せになることは、そんなに難しいことじゃない。先に書いたように、人生は「解釈」だから。

わたしたちの明日が変わることで、組織の明日が変わり、社会の明日が変わる。

視点を変える方法は三つある。

第1は、もともと先入観を持っていない領域のことをおこなうこと。

第2は、前提を疑う。「そもそも、それって何のためにあったんでしたっけ?」と、そもそもの目的に立ち戻ることだ。

第3は、逆張り!今流行っていること、みんながやっていること、思っていることの反対をいくこと。

要は仕事が楽しいかどうかは自分の選択だということではないだろうか。

2021年2月 2日 (火)

機会損失/清水勝彦

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 本当に重要なことは、目に見えないことが多いのです。特に、「何かをやること」のコストとリターンはよく見えますが、それによって見えなくなること、つまり、「やらなかったこと」や「できなくなったこと」がより重要であったりするのです。これが機会損失です。

機会損失を一言でいえば、「得べかりし利益」。

機会損失の本質的な問題は、「見えない」ことにある。

結果として、気をつけようと思っても、目の前の案件やプロジェクトに気を取られ、「もしこの案件に時間を取られなかったら何ができるか」とか「他により重要な案件はないのだろうか」ということにまでなかなか注意が行き届かない。

機会損失を考えるとは、意思決定の基準、価値観を考えるということにほかならない。

自分、自社がどの目的を、どの時間軸で達成したいのか、そのためには限られた資源をどう配分したらよいのか。

目に見えること、結果がすぐ出ることにどうしてもとらわれてしまいがちな私たちの頭のどこかに、機会損失の概念を持つことで、より戦略的な意思決定と行動ができるはずだ。

戦略とは、ある一定の目的を達成するために、ターゲット顧客を絞り込み、自社固有の強みを用いて、競争相手よりもより安い、または、より価値のある商品・サービスを提供する(差別化する)ための将来に向けた計画である。

差別化を実現するための資源配分とは、本当は投資をしたい事業だけれど、より優先順位が高い事業に振り向けなければいけないから、泣く泣く諦めること。

一見、投資を諦めてチャンスを逃すことが「機会損失」のように見えるが、ほとんどの場合、多くのチャンスに目がくらんでどのチャンスも生かせないという「機会損失」であることが現実。

戦略実現には痛みが伴う。

痛みがないことは、将来より多くの損失を生むリスクをはらんでいる。

戦略立案の一般的アプローチは「3C分析」、つまり、顧客(Customer)、競合(Competitor)、そして、自社(Company)の分析から始まる。

顧客で言えば、セグメントごとのニーズ、購買行動の違いや成長性を分析することを通じてターゲット顧客を検討する。

競合に関しては、その強みと弱み、そして今後の動向などを調査する。

特に、業界の垣根が非常に曖昧になりつつある現在、これまでの競争相手と今後の競争相手が必ずしも同じでないことにも気をつけなくてはならない。

さらに、差別化をするためには自社にどのような資源があり、どのような強みがあるのかをはっきりさせるのは当然。

機会損失は、外部環境のせいだけでなく、内部(自社、自社員)のことを十分知らないことによって起きることが多い。

戦略とは、やりたいことのリストではない。

リスクのない戦略には、その結果として差別化もリターンもない。

「肉を切らせ」ないで「骨を断つ」ことができれば、そんな嬉しいことはないのだが、そんな素晴らしい案があれば誰もがやろうとするだろう。

戦略は差別化。

差別化をするためには、差別化できるところに資源を集中投資しなくてはならない。

しかし、あれもやる、これもやるということになれば、資源は分散し「総花的」になって、何も達成できないことが起こる。

しかも、多くの場合、目の前に見えることよりも、見えないことのほうが大切であったりする。

短期的で表層的なものほど見えやすい、逆に中長期的、根本的なものほど見えにくい。

そして、「見えるもの」は誰にでも見えるのであり、「見える」範囲で差をつけることは難しい。

機会損失の本質は、本当はそこにあるのに、見えていない、見ようとしないところにあるのかもしれない。

2021年2月 1日 (月)

稼げる講師、稼げない講師どこが違うか/五十嵐康雄

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 稼げている講師の方たちは、独自のコンテンツやノウハウがあるだけではなく、〝ちょっとしたところ〟で共通する点が多いことに気づきました。
 何気ない言葉かけ、思考のクセなど、どれも簡単で、誰にでもできる身近なことです。ところが、稼げない講師は、共通してこれらのことをしていませんでした。ちょっとした違いの積み重ねが、大きな差になって現れていたのです。

「稼げる」講師とは、継続的に仕事の依頼をされる講師のこと。

研修講師やセミナー講師は「なりたい」と思ってなれるものではなく、誰かから「必要とされて」こそ、なれるもの。

世の中から必要とされ、稼げる講師になるためには、2つの要素が不可欠。

①自分が持っている情報+②世の中の人が求めること=講師が伝えるべきこと

①と②の2つが組み合わさってはじめて、講師は世の中から必要とされる存在になることができる。 

自分がこれまで生きてきた時間の中で学び、経験し、考え、気づいてきたことは、自分しか持っていない「強み」であり、まさにそれが、〝講師でなければならない理由〟になる。

キャリアの棚卸しを行ういちばんの目的は、自分の原点を知ること。

自分の原点に立ち戻ると、「いま」何をすべきかが見えてくる。

稼げない講師は、みな自分自身のキャリアの棚卸しがしっかりとできていない。

自分の原点・強みを〝幹〟として、そこに枝葉を伸ばすために必要な資格を取得する。

そうすることで、世の中の変化にも対応ができるうえに、講師としての深みも増す。

講師に求められているのは、正しい「答え」以上に、答えにたどり着くプロセスである「現実(リアル)」に基づいた体験談――生きた情報。 

講師が、正解や理論に具体的な実体験や、自分の学びを肉付けして伝えることで、受講者の記憶に残り、心に響く。 

キャリアや経験と結びついていなければ、話に深みが出ない。

相手が期待する以上のものを提供して、驚きや感動を与えることで、お客様から選ばれ、リピートされる講師になることができる。

稼げる講師は、とっておきの〝つかみ〟から始め、稼げない講師は、〝ご機嫌うかがい〟から始める。

本題に入る前に、受講者が興味・関心を持つようなネタを披露し、こちらの話に食いついてもらう必要がある。

冒頭部分で自分のペース、土俵に持ち込むかで研修の成否が決まるといってもいい。

つかみネタに困った時は「ハ・ナ・シ・カ・タ」で選ぶといい。

「ハ」……流行っていること、流行っているもの。時事ネタ。

「ナ」……仲間(共通の知人)。講師と受講者の共通の知人(受講者の上司など)。

「シ」……仕事の話。趣味の話(業界裏話。副業の話。自分の失敗談。マラソン、ゴルフ、魚釣りなど)。

「カ」……家族の話。家計の話(子どもの教育の話。親の話。老後の話。年金の話など)。

「タ」……旅の話。ご当地ネタ(食べ物の話。旅先での体験談)。

研修・セミナーの最後は、受講者をやる気にさせる心温まるポジティブなメッセージや、もっとも伝えたかったことなどで必ず締めくくる。

しっかり終えることで、いい研修・セミナーになる。

私自身はセミナー講師ではないが、研修の講師を務めることは度々ある。

特に、〝つかみ〟の部分は活用してゆきたい。

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