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2021年3月の31件の記事

2021年3月31日 (水)

マーケティングリサーチとデータ分析の基本/中野崇

Photo_20210324081401  マーケティングの役割を広義に捉えれば「売れる仕組み作り」であり、研究開発、商品開発、生産・品質管理、広告宣伝、販売促進、営業などのプロセスすべてが連携し、効果が最大化するよう統合する活動、つまり経営そのものだと言えます。

リサーチやデータ分析を成功させるには、大きく以下4つのスキルが必要。

①情報収集力、②情報分析力、③情報解釈力、④情報活用力

①情報収集力とは、さまざまな情報ソースやリサーチ手法を知り、目的・必要に応じて使い分け、情報を収集する力。

②情報分析力は収集した情報を適切に加工・分析し、ビジネスの意志決定につながる情報へ変換する力。

③情報解釈力は収集、分析した情報を正しく、そして意味ある形で解釈する力。いわゆるメディアリテラシー(メディアを活用する基礎能力)もここに含まれる。

④情報活用力は分析・解釈した情報をビジネスの意思決定やアクションにつなげる力。 

マーケティングの定義は狭義では「販売しなくても売れる仕組み作り」や「需要創造と事業創造」だが、ドラッカーのマーケティングの定義を広義に解釈すると「マーケティングは顧客起点で推進するビジネス活動全体」。 

マーケティングリサーチとは、マーケティング課題を明確にし、課題解決のアクションを決定するために必要な、あらゆる情報収集や分析という意味で使われ、「企業のマーケティング課題を解決するリサーチ」と定義されることが一般的。

そう考えると、マーケティングリサーチはビジネス課題を解決するためのあらゆる情報収集や分析と置き換えて解釈しても成立する。

リサーチとは「ビジネス課題を明確にし、課題解決のアクションを決定するために必要な、あらゆる情報収集や分析」。

リサーチの定義は「ビジネス課題を明確にし、課題解決のアクションや意志決定のために必要な情報収集や分析」なので、リサーチの目的は「どんなアクションや意思決定をするために、何を収集・分析するかを具体化したもの。

欧米では広告予算に占めるリサーチ予算の割合が日本の3倍から5倍だと言われている。

民間企業のみならず、学校法人やNPO・NGOも積極的にリサーチを活用している。

ビッグデータを保有していなくても、社内にリサーチャーやアナリストがいなくても、仮説思考や分析視点さえ押さえれば、誰にでもシンプルでパワフルなリサーチを実施することができる。

ビジネス全体がデジタル化する時代。

リサーチスキルはこれから、教養としてあらゆる職種で求められるようになるのではないだろうか。

2021年3月30日 (火)

私たちはどう働くべきか/池上彰

Photo_20210323061601 「過労死」を英語に訳したら、何というかご存じですか? そう、「karoshi」です。「sushi(寿司)」「karaoke(カラオケ)」と同様、そのまま世界に通じます。「workhardtodeath=死ぬまで一生懸命働く」と訳せないことはありませんが、外国に過労死という考え方はありません。ですから英語には訳せないのです。
 働きすぎて死んでしまう人がいるなんて、海外では考えられないことです。


新型コロナウイルスの感染拡大は多数の悲劇を生んだが、その一方で、多くの人に、自分の生き方を考えるチャンスを与えた。

リモートワークだと、上司が部下の残業時間をコントロールするのは困難。

結果、「成果主義」が進むだろう。

これまでは9時から5時まで会社にいれば、とりあえず「働いている」と評価されたが、それは通用しなくなった。

ドイツ人の働き方を見ると、勤務時間中は休憩を取ることなく、猛烈に集中して仕事をする。

残業をすると、「仕事の能力が低い」と思われてしまうから。

日本だと、残業をしていると「熱心に働いているな」と評価されがちだが、ドイツでは、「どうしてそんなに時間をかけるのか。仕事が遅いんだな」と思われてしまう。

こんな国民意識の違いがある。

決められた時間で生産性を上げているドイツを、日本は参考にすべきではないだろうか。

アメリカなどでは、職場はパーティションで区切られていて、ひとりひとりがまったく別の空間を持っている。

周りの人が何をしているのか、一切見えない。

そうすると、自分の仕事が終わったら、帰ってもほかの人には誰が帰ったかわからない。

だから、気を遣うこともなく、簡単に帰ることができる。

リモートワークが一般的になれば、「空気を読む」ことができなくなる。

働くということは誰かの役に立つという喜びであり、生きがい。

どんな働き方をするかというのは、その人自身の生き方と同じなのではないだろうか。

コロナは私たちに「働くとは何か」を考える良い機会を与えてくれているのではないだろうか。

2021年3月29日 (月)

世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方/八木仁平

Photo_20210322163001  なりたいもの(職業)は諦めても構いません。むしろ可能性のない場所で頑張り続けても時間とエネルギーを消耗するだけです。
 けれど「やりたいこと」は諦めないでください。それを実現するルートは必ずどこかにあるからです。


最も重要なことは「『やりたいこと』を見つける」という作業。

やりたいことを見つけると、以下の無限ループに入ることができる。

・自分の「やりたいこと」を学び成長する

・学んだことを人に提供してお金と感謝をセットで受け取る

・そのお金を、また学びに投資する

・そして、成長したスキルでより高い報酬を受け取る

こんな好循環に入ってもらうのがこの本の目的

逆に「やりたくないこと」を仕事にしていると、2つの悪循環にハマってしまう。

1つ目は仕事自体がストレスだから、そのストレス発散のためにお金が消えていってしまうパターン。

2つ目は仕事に興味がないから、時間があっても学ぶことがなく成長しないパターン。

やりたいこと探しには「メソッド」があり、誰でも見つけることができる。

コロンビア大学の実験で分かった「ジャムの法則」

スーパーの試食でジャムを24種類準備したら、試食して購入した人は3%しかいなかった。

そのジャムの種類を6種類に減らしたところ、試食して購入した人がなんと30%に増加した。

人は、選択肢が多いと「選択しない」という選択をする。

だから24種類のジャムは売れない。

やりたいことが決められない人も同じ。

多すぎる選択肢の前で立ち止まって「選択しない」という選択をして、やりたいことを決めるのを先延ばししてダラダラと生きてしまう。

「やりたいこと」探しが迷宮入りしてしまうのは、しっかりと言葉を定義せずに、曖昧な言葉で考え始めようとしているから。

「本当にやりたいこと」を見つけるために重要なピースは3つある。

たった3つだけを明確にすれば、誰でも夢中になれる働き方が手に入る。

本柱とは、1.好きなこと2.得意なこと3.大事なことの3つ。

自己理解でやることはたった3つだけ。

1.大事なこと(価値観)を見つける

2.得意なこと(才能)を見つける

3.好きなこと(情熱)を見つける

この3つが明確になれば、それらを組み合わせた「本当にやりたいこと」と、その「実現手段」は自然と見えてくる。

でも、世の中、本当にやりたいことを仕事にしている人は少数派というのが実態なのではないだろうか。

 

2021年3月28日 (日)

早く正しく決める技術/出口治明

Photo_20210321083601  新しいことをやる」ことは、「既存勢力に嫌がられる」ことと同義です。既存勢力に嫌われるのがイヤなら、新しいことをやらなければいい。どちらもうまくやるなんて絶対に不可能です。世の中「いいとこどり」はありえません。トレードオフです。石を投げて波紋が生じないことはないのです。

高度成長期は、いわば、何も自分のアタマで考えなくてよかった時代。

戦争で焼け野原になった日本は、これからどうやれば国を立て直せるのかと考えたとき、アメリカのように加工貿易立国を目指せばいいと思った。

日本にもGMやGEのような企業を作れば、ガンガン輸出ができて豊かになれるはず。

アメリカのような経済大国を目指したい。

そうしなければ復興はできない。

つまり目的も方法もわかっていたわけだから、あとは誰かが経営資源を配分すればいいだけの話。

霞が関の役人が復興プランに沿って資源を配分し、市民は何も考えず言われた通りに働けば、夢のような高度成長を実現することができた。

このような時代を背景にして、新聞・雑誌を信頼する雰囲気が社会全体に行き渡ってしまった。

今の日本の経済はどうか?

ご存じの通り、ゼロ成長。

金利もゼロに張りついている。

当然だが、もはや放っておいても10年ごとに経済規模が倍になるなんていう世界はありえない。

それなら、アタマを使うしかない。

自分のアタマを使ってよく考えて、リスクをとる。

成功すれば企業の成長率は上がり、ダメなら下がるというごく当たり前の社会になった。

これが普通の人間の社会。

アタマを使ってよく考えて頑張った人にはリターンがあるし、サボった人は損をするという至極真っ当な社会。

正しく決めるためのルールとして第一にお勧めしたいのは、「数字・ファクト・ロジックで話し合う」ということ。

「国語でなく算数で考えろ」、すなわち、「数字・ファクト・ロジックで考えろ」

これは全世界共通のビジネス上のルールともいえるもの。

「数字・ファクト・ロジックで話し合う」というルールを決めておきさえすれば、どれだけダイバーシティが進もうと意思決定が遅くなるいわれはない。

何事であってもきちんと数字にあたり、ファクトを元にロジックを組み立てていくことが大切。

数字からファクトをつかむようにすれば、一見耳に聞こえのいい話も事実を捉え直すことができたり、理解を深めたりすることができる。

数字、ファクトだけを見る。

面倒がらずに、二次情報ではなく一次情報を探して。

数字を使って考えるときには、タテとヨコの比較が基本となる。

ヨコの比較は、空間軸で他の会社、地域、国など、同じ時間軸で他の場所の数字と比べること。

数字を見たら、次はファクト。

ファクトとは、主として数字やデータから導き出せる客観的な事実のこと。

ファクトを取り扱う際には、複数の数字・データを組み合わせて比較し、分析する必要がある。

相互検証が可能となれば、そのファクトは圧倒的な力を持つ。

複数のデータにあたり、比較など辛抱強い作業を通じてはじめて事実が見えてくる。

ファクトとして取り扱うためにはきちんと分析することが必要。

ビジネスの中に「好きか嫌いか」という感覚的な話を持ち込むべきではない。

ビジネスは、主観や好みではなく、あくまで数字・ファクト・ロジックでのみ判断すべき世界。

そして最後は直観を信じて決めること。

直感とは、ある時点でその人の脳をフル回転させたときに出てくる解決策。

無意識の中で、その人が持っているすべての情報を一気に集め、フル回転させて答えを出す。

過去の蓄積が少なければ少ないなりの直感、多ければ多いなりの直感が生まれる。

なので、直感はその人にとって常に正しい。

今後さらに情報が増えていけば、もっと別の選択肢が出てくるかもしれないが、今の直感が「今の自分のベストの解」。

直感を鍛えるためには、インプットを増やすこと。

無意識の脳に投げ込まれた経験や情報が多くなればなるほど、直感の精度は高まっていく。

直感を磨く方法は、さまざまな場所へ行って知見を広める、本を読む、人に会うということ。

旅、本、人によるインプットの中で最も費用対効果の高いものは本。

数字・ファクト・ロジックで考え、最後は直観で決めること。

そのために、直観を鍛えること。

これができることが決めることが出来る人ということではないだろうか。

2021年3月27日 (土)

語彙力を鍛える/石黒圭

Photo_20210320081101 人間の思考力を規定するのは言語力であり、言語力の基礎になる部分は語彙力に支えられています。そのため、語彙力は学力とも相関関係があり、語彙力の高い学生のほうが一般に成績がよく、そのあとの就活にも有利に働きます。

言語は、内容語と機能語に分けて考えるのが一般的。

内容語は、名詞・動詞・形容詞など、実質的な意味を持つ語であり、日本語の場合、漢字や片仮名で表されることが多い語。

一方、機能語は、助詞、助動詞、感動詞、接続詞など、文法的な機能を持つ語であり、平仮名で表されることが多い語。

内容語を扱う能力は語彙力と呼ばれ、機能語を扱う能力は文法力と呼ばれる。

語彙力と文法力は車の両輪であり、この二つがそろって初めて、スムーズな言語運用が可能になる。

人間が語彙を習得するときには、かならずまず理解語彙になって、それから使用語彙になるという順序で進む。

したがって、語彙力を高めるには、語彙のインプットを増やすことが必要条件。

そのための有力な方法は多読。

自分が興味を持つさまざまな文章を読むことで、自然に理解語彙数が増えていく。

読書は脳内の理解語彙数を増やし、それが新たな理解や思考、さらには表現の材料になる。

言葉はどうせタダなのだから、人目を惹きつけられれば何を言ってもいい、言った者勝ちで、そんな刹那主義が、政治の世界でも、ビジネスの世界でも、メディアやネットの世界でも横行している。

その結果、偉そうな言葉や凝った言葉、威勢のいい言葉が巷に溢れるようになった。

現実世界の反映であるはずの言葉が現実世界をねじ曲げ、言葉だけが過剰なインフレに陥っている状況に、不安を覚えざるをえない。

読者の心に届く言葉にするためのコツは、文脈に合った等身大の言葉選びをすること。

それに尽きる。

読者の想定する文脈に沿った言葉が選ばれていれば、それで言葉は確実に読み手の心に届く。

奇をてらう必要はない。

無理な背伸びをせず、文脈に合った言葉を選ぶだけでよい。

変に着飾らず、シンプルな言葉を選ぶだけでよい。

言葉の形を強く意識させることを目指すのは素人の発想であり、言葉の形を意識させずに内容がすっと頭に入ってくる言葉選びを目指すのがプロの発想。

ところが、この単純で、当たり前のことが難しいということではないだろうか。

2021年3月26日 (金)

知的生産術/出口治明

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 「生産性を上げる」とは、「時間当たりの産出量を増やす」ことです。言い換えると、「人が成長すること」と同義だと思います。

生産性を上げるとは、「同じ仕事をより短い時間でこなすこと」「同じ時間でたくさんの量をこなすこと」「同じ時間で仕事の質を高めること」であり、それはすなわち、人が「成長すること」を意味している。

そして、知的とは、自分が成長するために社会常識や他人の意見を鵜呑みにせず、原点にさかのぼって「自分の頭で考えること」。

「知的」=「自分の頭で考える」

したがって、知的生産とは、「自分の頭で考えて、成長すること」

新たに出ていく分を取り戻さなければ、日本は貧しくなるだけ。

「何も改革を行わず、みんなが貧しくなるか」「知的生産性を高めて、経済成長するか」の2択を迫られているのが、今の日本。

貧しくなりたくなければ、GDPを上げて新たに増加する支出分を取り戻すしか方法はない。

知的生産性を上げるには、次の5つの観点から物事を考えてみることが必要。

視点①無限大ではなく、「無減代」を考える

「無」は、仕事をなくすこと。

「減」は、仕事を減らすこと。

「代」は、使い回したり、代用すること。

「その仕事はなくせないか」「なくせないのなら、減らせないか」「ほかの資料に代えられないか」などと考えて仕事をすると、知的生産性を高めることができる。

視点②「なぜ」を3回繰り返す

誰も疑わないことでも、「なぜ」「なぜ」「なぜ」と、腹落ちするまで深く考え直してみる。

すると、物事を原点からとらえることができるようになるので、新しいアイデアを生み出しやすくなる。

視点③「枠」や「制約」の中で考える

たくさんの時間を費やして仕事をするより、「上限枠」や「規制」を設けたほうが、時間当たりの知的生産性が高まる。

そもそも人間はナマケモノなので、ある程度の制約があってはじめて、工夫をしはじめる動物。

視点④「数字、ファクト、ロジック」で考える

知的生産性を高めるためには、成功体験に頼らないこと。

数字、ファクト、ロジックを踏まえた上で、ゼロベースから新しく発想することが大切。

エピソードよりもエビデンスに基づいて考えることが大切。

視点⑤考えてもしかたがないことは考えない

考えて決断できるのであれば、徹底して考えるべき。

だが、考えてもしかたがないことは、考えないほうがはるかに合理的。

特に視点④の「数字、ファクト、ロジック」で考えることは重要。

言い換えれば、個々のエピソードではなく全体のエビデンスで考えるということ。

数字、ファクト、ロジックで考えると、物事の全体像をとらえることができる。

今の世の中、何が本当のことなのか分かりにくい時代。

ネットの世界ではフェイクニュースが氾濫している。

そのような中で何が本当のことなのか?

それには数字、ファクト、ロジックで考えることが必須といえるのではないだろうか。

2021年3月25日 (木)

「事務ミス」をナメるな!/中田亨

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 人間は、この複雑な世の中を生き抜くために、高度な知的能力を持っています。見聞きする情報が、不確かで、かつ不十分であっても、それなりに考えて対処できるように、人間にはいろいろな能力が備わっているのです。そして皮肉にも、その能力ゆえに、ミスが生まれることもあります。

「人間の知恵が働きすぎたため、その副作用で間違えた」というべき事例が、多く見受けられる。 

ミスを招く「能力」①――情報に乱れや誤りがあっても即座に取り除ける

人間の頭は、意思とは関係なく、強制的かつ即時的に、情報の乱れを除去してしまう。

この能力が働きすぎると、「細かい異常には気付けない」という副作用をもたらす。

ミスを招く「能力」②――不十分な情報だけで短時間で決断できる

我々は普段、「なんとなくそう思う」という理由だけで多くの決断をしている。

「勘」でものごとを選択している。

ミスを招く「能力」③――繰り返せば上達する

人間は、繰り返し練習することで、難しい作業であっても巧みに素早くできるようになる。

しかし、この能力が仇となって、ミスにつながることもある。

思い込みによるミスは、深刻な結果を引き起こすことがある。

一旦こうに違いないと思い込んでしまうと、その後に着手する作業が、なまじ練習効果があるために、素早く徹底的に実行されてしまうから。

作業に熟練することや、仕事に過剰に適合するように道具を改造することは、必ずしも良いことずくめでは無いと言える。

環境に適合しすぎた生物は、あっけなく絶滅するもの。

いつでも環境の変化に対応し、変革できる身軽さを維持した者だけが、長く生き延びる。

このように考えてみると、ミスに対する考え方を修正すべきだとわかる。

①「能力が無いからミスをする」ではなく、「むしろ能力の副作用でミスをする」へ

②「ミスの大半は素人がしでかす」から「玄人のミスも警戒すべき」

人間は、具体的な問題では間違えにくいのに、抽象的な質問のされ方をすると、いとも簡単に論理の間違いを犯す。

異常検知力が不足すると事故に直結する。

それゆえ、異常検知力を最優先で整備するべき。

やり直しがきく範囲内で、異常に気付くチャンスを与えることが、ミス対策の最大の要点。

今は、一つの事務ミスがシステム障害を招き、企業不祥事まで発展する時代。

たかがミスでは済まされないということであろう。

2021年3月24日 (水)

健康をマネジメントする/横山啓太郎

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 自分の体や健康状態を戦略的にマネジメントしていかなければ、生きることすら難しい。そんな時代に私たちは突入しようとしています。
 そこで私が提案したいことがあります。
 それは「マインド」と「習慣」を変えたうえで、「健康マネジメント」をつづけることです。

健康なまま死に至るのは20人に1人といわれている。

80歳以上まで生きた場合、その半数が認知症になるというデータもある。

長生きすればするほど、急性疾患よりも認知症や寝たきりになる確率は高くなる。

人生100年時代においては急性疾患を防ぐことも大切だが、認知症や寝たきりのリスクを心配する比重がより増えていく。

健康維持のための習慣は、「緊急でないが重要なこと」にあたる。

このことをどれだけ強く意識しつづけ、そこに時間を割きつづけることができるか。

それが死ねない時代、つまり「人生100年時代」の健康マネジメントにとってもっとも重要な視点。

人生100年時代は急性疾患が減ったかわりに、健康と病気のあいだを「老化」というキーワードがつなぐ時代。

どこからが病気でどこからが健康かの明確な境界線がない時代。

実際のところ、私たちの体の老化を遅らせることができるのは、体によい運動や食事といった日々の習慣の積み重ねしかない。

老化は「定点」ではなく「プロセス」の結果として起こるもの。

プロセスとは、私たちが毎日おこなっている「習慣」。

プロセスの結果である老化を遅らせるには、日々の習慣を変えるしか方法はない。

この日々の習慣を土台とする健康マネジメントを、私たちは人生100年時代に主体的につづけていくべき。

行動変容外来でおこなうことは、大きく次の3段階に分けられる。

第1段階「マインドを変える」

第2段階「自分を知り、どうありたいかを考える」

第3段階「自分にちょうどいいことを習慣化する」

確かに現代は、死なないリスクを考え、健康をマネジメントすることが必要な時代なのだろう。

2021年3月23日 (火)

ソーシャルエコノミー/阿久津聡、他

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 ソーシャルメディア活用とは、私たちが会社や学校で誰かと人間関係を築いていくような行為だ。そこに「自分から仲間へサービスしようとする」思い、やさしさ、熱さ、和やかさ、賑やかさ、高まりが感じられないと、愛し愛されようがない。

私たちは、「和」を乱すことをいやがる。

「○○であることの調和」を犠牲にしてまで「個」を発信することに慣れていない。

だからソーシャルといっても、私たちのソーシャルというのは、既存の「和」をベースにしながら、どこかで「別の和」を願うものになる。

簡単にいうと、「もうひとつのコミュニティ」型だ。

自分の帰属する日常コミュニティとは別に、どこか他にも自分にとって支えになるコミュニティを築き上げたいと願う。

日常コミュニティの閉鎖性やしがらみにうんざりしながらも、それでも私たちはムラ的な絆を求め、コミュニティ内に和が醸成されるほど高まりあえる構造を好む。

しがらみにもなりやすいものを、逆に共同体としてのエネルギーに変えていくのが日本的な「和のソーシャル」だ。

一方、「洋のソーシャル」というのは、もっと「個」のサバイバルゲームに近い。

自分を強くし、生き残りやすくするために人間関係を活用する。

簡単にいうと、「いきなりソサエティ型」だ。都市的で合理的だが、しがらみが少ない分、絆も合理的になってしまう。

格好の事例がAKB48。

このきわめてユニークなアイドル集団は、非「個」人主義的な理解に立たなければまったく解明不可能である。

かわいい子も惜しい子も、上手い子も下手な子も、目立つ子も目立たない子も、AKB48の中にはたくさんいる。

その中で誰が一番かを競うことは、「和」にとってはお祭りにすぎない。

AKB48という「和」の最大化装置に触れ、誰かを応援したくなる時、日本人はそこに自分の立ち位置や役割を見出して熱くなれる。

自分が誰を応援すべきなのか。

どんなスタンスの子がAKB48にとって必要不可欠なのか。

「和」の中の「個」を評することにかけては、日本人は深い深い文脈までも味わい尽くす。

ソーシャルメディア上で語られる彼女たちの発言は、「和」の中の「個」性を読み取る材料として消費されていく。

普通の女の子たちでも、「みんながアイドルになれる可能性」を、AKB48は示してくれた。

ファンと支え合い、仲間と競い合う環境さえあれば、なんでもなかったような普通の子までもが、アイドルとして輝き出す不思議。

むしろ一見、アイドルとしてふさわしくなさそうな子が、キャラとして化ける瞬間に「応援する気持ち」は最大化する。

育てたい、成長させたい、完成させたいと願うからこそ、ゴールを目指してがんばれたり感情移入できる。

仲間との共感も呼び起こせる。

応援しているものを、未完成から完成へ向けて突き進ませる醍醐味。

それが「育て愛」だ。

私たちはもはや、従来のようなアーティストとファンという一方的なタテの関係ではなく、アーティスト側の一員として制作に参加するような手応えを求めている。

自分が作り手側なのか消費者側なのかわからなくなる感覚が、魅力なのだろう。

それが新しい欲望のカタチとなって現れ、経済を動かしはじめている。

与えられる一方だった立場から、完成度や画質は二の次でいいから、安価に始められ、自分たちで共につくり、共に育て、共に騒ぎ、共に消費するタイプの楽しみ方のほうが、手応えとして魅力的になった。

鍵となるのは、「みんなで共に作り・騒ぎ・育て・消費する」ことへの目覚めだ。

それよりも、みんなでコンテンツを楽しんだり、みんながプロセスに参加して、人とつながって消費することが、新たな魅力となりはじめたのだ。

「喜びを他の誰かとわかりあう!それだけがこの世の中を熱くする!」

私たちは今、ソーシャルな時代にいる。

人と人は、思いもかけなかった簡単な道具で集まれるようになった。

日本人独特の「和」の感覚と、「個」の融合。

それがSNSによって可能になったということであろう。

 

2021年3月22日 (月)

クレーム対応の技と心得/安藤栄一

Photo_20210315064101  私は、15年間で1万件以上のクレームに関わってきましたが、本当に「クレーマー」と言える人は10人もいませんでした。

まずは、「クレーム」と「苦情」の違いから整理したい。

クレームとは「不当要求」で、苦情とは「正当要求(または意見)」。

苦情…………「苦しい情態」と解釈できる。したがって、正当な要求

クレーム……正当な理由のない要求。すなわち、不当な要求

「苦情」はどんなときに発生するの?

それは、お客様の期待が裏切られたとき。

どのような商品(あるいはサービス)でも、お客様はお金を出してその商品を購入する。

購入するときの基準は人それぞれだが、服であれば「似合うだろう」とか、スポーツカーであれば「速いだろう」といった期待を抱いて購入する。

その期待が裏切られたときに人は憤り、悔しくなって「苦情」となる。

大きな期待が裏切られたとき、あるいは会社の対応が悪いとき、そういった場合に「苦情」が「クレーム」に発展することがある。

ほとんどのクレームは、いわゆる〝クレーマー〟が起こすのではなく、普通の人々が何らかの拍子に起こすもの。

ほとんどのお客様は善人。

このことは、はっきりと認識しておく必要がある。

クレームは「処理」するものではない。

お客様の感情を受け止め、それを共有しながら進めていく──それは「処理」ではなく「対応」。

クレームが来ても、決して逃げてはいけない。

お客様 「上司出して!」

一次対応者 「よろしければ、私がお聴きいたします」

たったこれだけ。

あとはお客様の話を聴けばいい。

クレームから逃げないというのは、こういう対応をすること。

確かに対応に仕方一つで、クレーマーに変化させてしまうのだろう。

言葉は大切だ。

2021年3月21日 (日)

正義を振りかざす「極端な人」の正体/山口真一

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 ネットで炎上したことをマスメディアが報じる。そしてマスメディアで報じられたことをきっかけにまたネットで批判や誹謗中傷が書かれる。このような共振現象によって、誹謗中傷はネットにあふれ、不寛容な言論空間が生み出されていくのである。

最近爆発的な広がりを見せた、新型コロナウイルス関係でも「不寛容さ」は目につく。

電車の中で少しでも咳をする人がいれば、鬼の形相でにらまれ、中には喧嘩にまで発展して電車を止めた例もある。

そして、ひとたび感染が報じられると、あたかも感染者が罪人であるかのようにバッシングされる。

SNSや掲示板では、感染者やその家族の氏名や住所などの個人情報を拡散する動きが活発になっており、その情報をもとに電話やネットを使った熾烈な誹謗中傷攻撃が始まる。

さらに、それを面白おかしく取り上げるネットメディアやまとめサイトもある。

事実、マスメディアで報じられることで、ネット上での批判や誹謗中傷は極端に増えた。

個人情報も特定され、広く拡散、SNSで女性のアカウントに直接罵声を浴びせる者も多く発生した。

視聴者に分かりやすい「敵」を用意することで視聴率を稼ごうとしているメディアの姿勢が、まるでネットとの相乗効果を生み出して、社会をさらに不寛容にさせているようである。

なぜネットでは、このような奇妙な現象が起こるのだろうか。

そのメカニズムを、最新の統計学や科学は解き明かしつつある。

そしてその背景には、次の4つの「ネットが持ってしまっている根源的な特徴」が存在しているのだ。

①「極端な人」はとにかく発信する

②ネット自身が「極端な人」を生み出す

③非対面だと攻撃してしまう

④攻撃的で極端な意見ほど拡散されやすい

最も大きい要因が、ネットの言論空間とは、極端で声の大きい人ほど、誰にも止められることなく、大量に発信できる場ということ。

ネットとは「能動的な発信」だけで構成された、極めて特殊な言論空間。

いつまでも同じ話をしていたり、特定の批判や誹謗中傷ばかりをリアルの会話でしていたりしたら、その相手は嫌な顔をするか、その会話をいずれ遮るだろう。

あるいは、自分の周囲から離れていくかもしれない。そうやって、言論空間の「社会性」というのは、リアルでは常に保たれるようになっているのだ。

しかし、SNSの自分のアカウントで好き勝手に極端な意見や誹謗中傷を垂れ流しても、それで嫌な顔をする人はいないし、遮る人もほとんどいない。

たまに遮られても、今度はその遮ってきた見ず知らずの他人を攻撃すればいい。

ネットニュースやブログへのコメントも同様。

しかも、この特徴はもう1つ、さらにネットで「極端な人」ばかりが元気になる現象を生み出す。

それは、中庸的で強い心を持っていない人は、ネットの言論空間から退出してしまうということである。

その結果何が起こるか。

「極端な人」は多く発信を続け、それは留まることを知らない。

その一方で、中庸な人はもともと発信のインセンティブが弱いうえ、「極端な人」が怖くて発信をやめてしまう。

そうすると、社会に大多数いるであろう中庸な人――他人の意見に耳を傾けられる人

・ある物事や人について弱く支持している人は、ネットの言論空間にはほとんどいなくなってしまい、代わって少数であるはずの極端な意見の持ち主が、ネットのマジョリティを占めるようになる。

一般的に、極端な意見の人より中庸の意見の人が多いので、社会における意見の分布は中央に集まる形になる。

つまり、社会の意見分布はたいていの場合山型を形成する。

しかし、ネットではこうならない。

近年、ネットの意見というものが随分と社会の意見として取り上げられるようになってきた。

SNSを見ている私たち自身はもちろん、テレビなどのマスメディアでも、「ネットではこのように言われています」と取り上げられるのは日常茶飯事だ。

しかし、このようなメカニズムを考えると、ネット上の意見を「世論」として取り上げることの危険性が見えてくる。

実は多くの場合、ネット炎上などの多くの誹謗中傷や批判が集まる事例では、その背後にマスメディアがあるということを忘れてはいけない。

炎上のメカニズムを簡単に述べるとこうだ。

まず、企業や人が行った行為や発言について、それを不快に思う人が批判的に拡散を行う。

ここでいう行為や発言は、ネット上のものに限らず、テレビでの発言や企業の不正行為など、多岐にわたる。

火種が投下された状態といえるだろう。

次に、リツイートなどにより情報が徐々にいきわたっていくと、批判的なことを非常に多く書き込む一部の「極端な人」の目に留まる。

そうすると書き込み数は増加し、批判が集中――炎上が始まる。

さらにそれがSNSで拡散されていき、いよいよ本格的に炎上ということになる。

「正義中毒」という言葉がある。

脳科学者の中野信子氏は、人間は正義感をもとに他人に制裁を科すことに悦びを抱くと指摘している。

快楽物質「ドーパミン」が分泌されることも影響している。

しかし、この快楽に溺れてしまうと、やがて極端に不寛容になり、他人を許さずに正義感から裁くことで快楽を得ようとし続けてしまう、正義中毒になるというわけである。

しかも、この正義感から裁く快楽は、ネットでは現実社会よりも強いものとなる。

なぜならば、ネットには自分と同じようにその人・企業を「許せない」と思い、同じように正義感から攻撃を仕掛けている人が少なからず存在するためだ。

しかも、それをいつでも見ることが出来る。

仲間と共に悪に対して正義の裁きを下している図式になるわけである。

一番重要なのは、我々自身が「極端な人」にならないことなのだ。

そしてそれには、次の5箇条が効果的である。

①情報の偏りを知る

②自分の「正義感」に敏感になる

③自分を客観的に見る

④情報から一度距離をとってみる

⑤他者を尊重する

たった5つ。

少なくとも、この5つは守ってゆきたいものだ。

2021年3月20日 (土)

∞アイデアのつくり方/高橋晋平

Photo_20210313063401   アイデアは、テキトーがいいのです。「すごいアイデアを出してやるぞ!」という姿勢で考え始めると、アイデアは逆に出づらくなってしまうということです。


いいアイデアなんて、ほとんどない。

いいアイデアを思いつく確率は、誰がやっても、とても低い。

とにかくアイデアは質にこだわらず量を出していけば、いい企画につながるアイデアが出る確率が高まる。

質より量。

突き詰めると、「アイデアの量を集める作業はコツコツやるのではなく、大量のアイデアを欲しい時にすばやく一気に出して、その中からいいアイデアを的確に選び出す」というやり方が最良。

「アイデアしりとり」とは何か。

簡単に説明すると、ひとりでしりとりをして、出た言葉から連想したアイデアを次々にメモしていき、大量のアイデアを集めた後で、よいアイデアを選ぶ、という方法。

「アイデアしりとり」のやり方

【1】考えたいテーマ(問題)に対して、しりとりで次々に出てくる言葉から連想されるアイデアを考え、どんどんメモしていく。

【2】100個アイデアを出し、その中から「候補アイデア」を自分で5個選ぶ。

【3】5個を、客観的視点や人の意見などを参考にしたり、さらにアレンジしたりして、1個に絞り込む。その1アイデアを吟味し企画書に起こすなど、形にする。

【4】これを10セット実施し、10アイデアを企画書にして、さらに吟味すると、そのうち1つは「最高のアイデア」になる。

いいアイデアを出す秘訣、それは「数を出す」以外にない。

すばやく大量にアイデアを出すには、アイデアの連想をうまくできるように、練習あるのみ。

アイデアは、散らかさなければいけない。

そして、アイデアを散らかすという作業は、思ったよりも難しい。

アイデアをまじめに考えると、散らかすことができなくなる。

これまで数多くの経験や学びを積んできた大人であればなおさら。

アイデアを散らかすためには、自分の考え方の癖や思考の枠からはみ出すことが必要。

そのためには、自分に考える暇を与えないスピードが必要になる。

「テーマに対する的確な答えを出そう」「いいアイデアをひねり出そう」と考えていると、アイデアはなかなか出ず、煮詰まってしまうもの。

テーマの答えでなくても、何でもいいからアイデアを出し続ける流れの中で、幸運のアイデアが出てしまう、というのが「アイデアしりとり」の不思議な効力。

テーマは具体的にするが、最初に数を出すアイデアは、あくまで適当にする。

そのテーマは意識しつつ、散らかしながらアイデアを出す。

そして、設定したテーマに沿うように、「候補アイデア」→「いいかもしれないアイデア」→「最高のアイデア」と絞って、作り込んでいく。

まず、いいアイデアというのは、ズバリ「半歩先のアイデア」。

距離感でいうと、ちょっと手を伸ばすことで届くようなアイデア。

アイデアの良し悪しは、人々の持つ「フツー」「日常」というところからの距離で測れるもの。

そして、最適な距離は「半歩先」。「半歩先のアイデア」が、いかなるアイデア出しにおいてもいいアイデアになる。

この「一歩」と「半歩」の違いは何か?

「こういうものが欲しかった。なぜ今までなかったんだろう」が半歩先で、「そんなものがあるのか。最先端の人が使うんだろうな」が一歩先。

「一歩先」のものの場合、それを受け入れるには自分が変わらなければならず、今の生活の中にすんなりと取り入れようとは考えにくいものになる。

共感するには少し距離があり、他人事のように思ってしまう。

これに対し、「半歩先」のものには、現在の自分の感覚でもついていくことができる。

「足のしびれにくい座布団」と聞くと、まずその一言で内容を理解できるし、あったらいいと共感もできる。

ありそうでなかった、目の前にあったらハードルを感じることなくそれを使ってみたいと思える距離感が大切。

自分や他人が素直に受け入れられる半歩のズレ。

これを「いいアイデア」と呼ぶことができる。

もう少し詳しく「半歩先」と「一歩先」の違いの見分け方を説明すると、この違いの決定的な差は、ニーズがあるか、ないか。

「半歩先」のアイデアは、潜在的ニーズがあるもの。

「一歩先のアイデア」は、ニーズがないもの。

アイデアは質より量とのこと。

そして量を出すためには「アイデアしりとり」が効果的とのこと。

本書で紹介されている「アイデアしりとり」は実行してみたいと思う。

2021年3月19日 (金)

確率論的思考/田渕直也

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 長続きする成功を本当の成功と呼ぶならば、本当の成功者は100%確実な将来があるなどとは考えていない。そのかわり、不確実な現実の中で成功をより確かなものにするにはどうすべきかを考える。それは確率論的に物事を見るということにほかならない。

不確実性に満ちた複雑な世界においては、成功を持続させるためにある種の考え方が必要とされる。

物事を確率論的に捉え、何事をも絶対視しないという考え方だ。

簡単にいってしまえば、

「(今、自分が想定していることや期待していること以外に)どのようなことが起こりうるのか?」

「自分の認識や見通しはもしかすると間違っているのではないか?」

「もし間違っていたらどんな損失が発生するのか?」

といったことを常に問いかけ、どのような事態がどのくらいの確率で起こるかをできるだけ客観的に見積もり、その起こりうるさまざまな事態で発生する利益と損害を比較考量して、意思決定を下すやり方である。

ルービンの言葉を借りれば、この世界に確実なものは何もない、あらゆる物事は確率の問題である、ということになる。

ある意味で、とてもシニカルな考え方だが、これが俗世間でありとあらゆる成功を収めた人物の言葉なのだ。

同時に、この言葉には哲学的とも科学的ともいえる奥深さが秘められている。

バフェットは、優良企業の株を安いときに仕入れ、何十年にもわたって保有し続けるという長期投資で有名だ。

彼自身は確率論的思考とも蓋然的思考ともいってはいないが、その長期投資の考え方は、真実は長期で姿を現すという確率論的思考の重要な帰結の一つと相通じるものがある。

長年にわたって数々のヒット商品を生み出し続けてきた米国の3M(スリーエム)は、エクセレント・カンパニー中のエクセレント・カンパニー、ビジョナリー・カンパニー中のビジョナリー・カンパニーとして称賛され続けてきた企業であるが、その経営方針は、異論を認め、試行錯誤を繰り返していくという、まさに確率論的思考を具現化したものといえる。

偶然は予測することも、コントロールすることもできない。

しかし、偶然の影響を減らしたり、あるいはそれを前向きの要素として活用することはできる。

継続的な成功は、その上に初めて築かれるのである。

ルービンにしろ、バフェットにしろ、知的で、深い洞察力を持った人物が成功列伝に名を連ねているのは事実である。

これだけでは明確な証拠とはなりえないが、これらの事実は、株価の予測がまったく不可能なわけではないことを示すかすかな希望とはいえる。

桶狭間の勝利が偶然によるものであることを理解していた人物が、当時恐らくただ一人だけ存在していた。

信長自身である。

この戦い以降、信長はリスクを冒して奇襲を仕掛けるという桶狭間方式を決してとることがなかった。

成功者は自分の成功体験に酔いしれるのが普通である。

一度できたのだから、それを再現することも容易なはずだと思う。

しかし信長は、成功体験におぼれず、少しでも危険がある戦いを極力避けるようになった。

それこそが、信長の本当の凄さであり、強さだったのである。

桶狭間以降の信長は、勝てる確率がかなり高い戦いしかしなかった。

越前朝倉氏に攻め込んだとき、それ自体は信長にとって勝てる確率の高い戦いだったのだろうが、同盟者であった浅井長政の裏切りという予想外の事態によって窮地に立たされると、一戦もしないうちに逃げ出してしまった。

この敵前逃亡は、しかし、信長が覇者たりえた重要な資質を示しているように思われる。

たとえ戦いに敗れたとしても、たとえ無様な敵前逃亡をしたとしても、とにかく生き延びさえすれば再起が図れる。

どんなに連戦連勝しても、ただ一度の失敗で死んでしまえば、それで一巻の終わりだ。だから、決して無理はしなかった。

勝てる戦いしかしない、強い相手との戦いを避ける、というやり方は、実は、名将の多くに共通するものである。

武田信玄も名将として恐れられるようになるまで、ほとんど圧倒的に格下の相手としか戦っていない。

そして、濃くたちこめる戦場の霧の中で、全力を尽くしたうえで、最後には偶然の助けを借りてようやく勝利をつかんだからこそ、より確実な、より不確実性の少ない勝ち方を求めるようになる。

それが名将の思考法である。

反対に、霧の中でただやみくもに戦い、たまたまつかんだ勝利を自分の力によるものと勘違いする凡将は、その後も濃霧の中で戦い続け、いつの日か敗亡する日が訪れる。

戦闘に伴う不確実性を極小化するには、できるだけ戦闘をしないことだ。

『戦争論』と並んで、企業経営者からも人気が高い軍術書の『孫子』では、「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり、戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」と説かれている。

できるだけ、謀略や政略を用いて目的を達し、戦闘を避ける。

やむを得ず武力に訴える場合でも、準備に万全を期し、危険な要素を少しでも取り除いてから臨む。

天才も、カリスマも不確実性の前では無力である。

未来を予言することも、最初から正しい答えを見つけ出すことも不可能だ。

不確実な世界を生き抜いていくためには、ものごとを確率論で考え、長期的な視点をもつことが必要ということなのであろう。

2021年3月18日 (木)

HARD THINGS/ベン・ホロウィッツ

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 本当に難しいのは、大きく大胆な目標を設定することではない。本当に難しいのは、大きな目標を達成しそこなったときに社員をレイオフ(解雇)することだ。本当に難しいのは、優秀な人々を採用することではない。本当に難しいのは、その優秀な人々が既得権にあぐらをかいて、不当な要求をし始めたときに対処することだ。本当に難しいのは、会社の組織をデザインすることではない。本当に難しいのは、そうして組織をデザインした会社で人々を意思疎通させることだ。本当に難しいのは、大きく夢見ることではない。その夢が悪夢に変わり、冷や汗を流しながら深夜に目覚めるときが本当につらいのだ。

本書では著者がどんな困難に直面したかが語られている。

本書は魔女、人喰い鬼、火を吐く龍などに、繰り返し絶体絶命の窮地に追い詰められながら仲間を率いて暗い森から脱出に成功するリーダーの冒険物語だ。

著者が詳しく語る危機のエピソードはすさまじい。

会社が軌道に乗った直後にバブルが破裂し、資金があと3カ月で底をつくことが判明する。

全売上の9割を依存している相手から突如契約解除を通告される。

信頼していた会計事務所に買収交渉の土壇場で裏切られる。

経営者なら一生に一度でも経験したくない悪夢のような事態が連続する。

いったいこの窮地をどう乗り切るのだろうと読むほうも思わず手に汗握ってしまう。

自らの失敗を赤裸々に語っている本書は、多くの教訓を与えてくれる。

2021年3月17日 (水)

明治史講義【テーマ篇】/小林和幸、他

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 近世国家は王政復古から約10年で完全に解消された。旧支配層の身分がほぼ無血で解体され、特権を政府が買い取るかたちで完全に解消された事例は、世界史のなかでも稀有といえよう。

明治日本は、対外関係では、国際社会に参入するとともに、二度の国運を賭した対外戦争を経験した。

また絶え間ない国内改革を進め、立憲国家としての歩みを始める。

まさに変革の時代であり跳躍と躍動の時代であった。

本書では20のテーマで明治史研究の論点を提示し、歴史研究をを提示している。

例えば西南戦争について、西郷軍の軍事技術水準がこれまで考えられていたより高かったことが近年の発掘調査などから明らかになる一方、西郷軍にはない工兵隊を政府軍が持っていたことが熊本城での籠城戦に有利に働いたことなど、技術的視点からの解説などは興味深かった。

また、台湾出兵を巡る欧米諸国への対応を通して明治政府が万国公法(国際法)への理解を深化させたこと。

さらに、明治憲法では内閣総理大臣の選出方法は規定されていなかったとのこと。

内閣制度創設以来、辞職する首相が後任を推薦するか、もしくは、天皇の諮問に応じた元老と呼ばれる長老政治家の合議により推挙されるか、のどちらかによって選出された人物に天皇から組閣の大命が降下された。

ただし、慣習としては、後者の元老会議が首相選定の任を担っていた。

本書を読んで、近代日本が生まれるために試行錯誤した時期が明治だったという印象を強く持った。

2021年3月16日 (火)

会話は共感力が9割/唐橋ユミ

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 私が話を聞くときに、いちばん大事にしていることは、相撲やスポーツなどでもよく使われる「心・技・体」ならぬ、「心・疑・態」です。

著者がいう「心・疑・態」とは、

あなたに関心がありますの「心」

小さな疑問をおろそかにしないの「疑」

先入観にとらわれない態勢の「態」

なかでも、いちばん意識することは、相手の話をただ聞くのではなく、相手の気持ちに寄り添うことを意識する、「共感力」。

そこには難しいテクニックや、天賦の才はいらない。

意識すれば誰にでもできてしまうささやかなこと。

大切なのは、相手に対して興味、関心をもち、尊重すること。

つまり、共感する力、「共感力」。

この共感力さえ意識できれば、コミュニケーション力向上のステップの第一歩を踏み出せたも同然。

コミュニケーションにはバーバル(言語)とノンバーバル(非言語)があり、好感度はノンバーバル・コミュニケーションによって、知らず知らずのうちに判断されている。

心理学者によると、人の好感度を判断する基準の50%以上が、表情によるものといわれている。

好感度を上げたいと思ったら、日常のちょっとした表情や仕草に注意するほうが、言葉遣いを修正するよりも効果が高い。

大事なことは、「あなたの話を聞いています」という姿勢、共感力。

共感力というと、とかくスキル的な面を想像しがちだが、むしろ心の持ち方ということではないだろうか。

2021年3月15日 (月)

「自分を苦しめる嫌なこと」から、うまく逃げる方法/大嶋信頼

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 「逃げられない」ことには脳が作り出す「孤独」が影響しています。「逃げられない」という「苦痛」によって孤独が刺激され、そのことで分泌される脳内麻薬のせいで逃げられなくなってしまうのです。

2016年に発表されたマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームによるラットを使った実験で、脳の孤独を感じる部位が特定された。

脳の後部にある背側縫線核と呼ばれる部分がそれ。

さらに、集団で飼育されたラットよりも、「孤立」した状況で育ったラットのほうが、この孤独を感じる部位の細胞が活性化してしまうことも明らかになった。

0歳から1歳の間に「母親から愛情を持って抱きしめられない」という「孤立」を体験してしまうと、孤独を感じる脳の細胞が活性化されてしまうという。 

「人間は元来、一人で生まれてきて一人で死んでいくものである」という言葉があるように、元から人間は孤独のはず。

その孤独な人間の集まりの中で、ますます孤独を感じてしまう。

その孤独から逃れるために孤独で苦しんでいる人たちが作った幻想が「一体感」。

実は、仕事や恋愛に依存状態になっているとき、脳内麻薬によって「脳の孤独を感じる部位」が麻痺していることがある。

ただし、これは一時的なもので、その後は脳の孤独を感じる部位が以前よりも活発に働くようになる。

つまり、脳内麻薬に依存し始めると、どんどん孤独が強くなる。

だから、より強い依存が必要になり、依存から「逃げられない!」という悪循環に陥っていく。

まさに、無限ループの中に閉じ込められてしまっているといえる。

「おまえはうちの会社の疫病神だ!」

こんなひどいパワハラ発言をする上司の頭の中では、脳内麻薬が分泌されている。

脳内麻薬の影響で脳の孤独を感じる部位が一時的に麻痺するため、「自分はすごいんだ!」といった気分になり、高圧的な暴言を吐いてしまう。

問題は、脳内麻薬によって孤独が麻痺すればするほど脳内の孤独を感じる部位の働きは逆に活発になってしまうこと。

麻痺がなくなったときには孤独を感じやすい状態になっているので、その後も部下のちょっとした言動で、「オレをバカにしている!」とか「オレのことをおざなりにしている!」などと過剰に反応する。

そして、再び破壊的な人格に変身し、より一層ひどいパワハラ発言をしてしまう。

パワハラは脳の「発作」によるものなので、本人には悪いことをしている自覚が全くない。

脳にいつもより強い電流が一時的に流れ、「電気ショック」を受けたような状態なので、自分にとって都合の悪いことは見事に記憶から抜けてしまう。

パワハラを受けているときの苦痛で脳内麻薬が分泌され、それによって孤独の感覚が麻痺する。

その結果、「この人から離れたら自分は孤独になる!」と感じてしまう。

こうして、パワハラをする相手から逃げようとするのではなく、逆に離れられなくなってしまう。

上司の側も、パワハラをしているときは脳内麻薬が分泌されて孤独が麻痺するので、パワハラ行為がやめられなくなる。

部下の側も、パワハラ上司から離れようとすると孤独を麻痺させる薬物を取り上げられるのと同じ状態になる。

脳内では「この人から離れたら私は社会でやっていけなくなる!」という恐怖感が襲ってきて、どうしてもパワハラ上司から離れられなくなる。

自分の中で起こる孤独の発作も、「あっ、孤独で発作が起きている!」と認めるだけにとどめ、解消しようとしないこと。

そうすれば無意識の力がちゃんと働いて、発作が消えて、現実の世界へと自分を引き戻してくれる。

そして、自分を取り巻く世界が、自由を奪われて逃げられないと思っていた場所ではなく、意識が作り出した幻想の世界だったことがわかってくる。

孤独の発作を無意識に任せていくと、やがて孤独から解放された自由な世界が広がってくる。

「この世界こそ、私の現実なんだ!」ということが自覚できるようになる。

ある人に対して怒りを覚え、その人のことが脳裏から離れなくなるのは、多くの場合、自分自身の孤独の発作がきっかけ。

自分自身が孤独の発作を起こしているから、同じように孤独の発作を起こして破壊的な言動をしている人のことが気になり、頭から離れなくなってしまう。

そんなとき、その人を意識的になんとかしようとしないで、「相手も自分と同じで孤独の発作を起こしているだけ」と認めてしまうこと。

そして、その人の無意識に委ねる。

自分の孤独の発作を認めたときに、意識が作り出す幻想の孤独の世界から逃れられるようになる。

今、自分が孤独の発作を起こしていることを認めること。

これができれば、あとは無意識の不思議な働きで、自分も相手と同じように自由になれることがわかる。

自分の孤独を認めると、みんなの孤独も認めることができる。

そして、孤独な者同士が身を寄せ合えば、そこには一体感がうまれる。

発作を起こしている自分ではなく、「本当の自分」で生きるようになると、自分を取り巻く世界そのものが変わっていく。

孤独感とは脳の発作によって起こっているということは一つの発見だった。

2021年3月14日 (日)

仕事の「ミス」をなくす99のしかけ/松井順一

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 ミスの発生を前提条件として、ミスの発生率を高める環境やしくみ、方法を改善対象とし、品質・コスト・納期の向上を目的として取り組むように考えてみましょう。ミスを完全になくすことはできません。「ミスをなくせ」と言われ続けると息が詰まってしまいます。品質・コスト・納期といった経営的視点でミスによる影響を評価し、影響の大きいミスに的を絞って発生率を下げ、流出を防止するしくみづくりを行いましょう。

人の特性によってミスの傾向がある。

例えば、細かなことが気になってしまい、とことんやってしまうような人は、全体や目的という視点で物事を考えて仕事をするのが不得手。

一方で、1つひとつの仕事を完璧にこなすことができ、個々の仕事でのミスは少ない。

このタイプの人のミスの傾向は、細かな所ばかりに目が行ってしまい知らぬ間に「目的から外れる」仕事をしてしまう、細かな所に時間を取られすぎて時間がかかり「納期間際になってバタバタになりミスをする」、1つひとつの仕事を気にしすぎて「個々のつながりや整合を崩す」などが挙げられる。

「目的から外れる」ミスに対しては、仕事を目的で指示し、仕事に対する目標や合否判定基準を示すことで、仕事の目的を意識するようにする。

場当たり的に仕事をする人は、今、目の前にある仕事を優先度や前後の影響などを配慮せず、準備もそこそこに手を付けてしまう。

実行力があり、まずは行動することで物事を切り開いていくような人。

このタイプの人のミスの傾向は、後先考えずに仕事に着手して「優先度の高い仕事を後回し」にする、準備もそこそこに着手して「準備不足でミスをする」、思い付くままに仕事をするため「仕事にムラがあり不安定になってミスをする」などが挙げられる。

「優先度の高い仕事を後回し」のミスに対しては、重緊マップによって職場として仕事の優先度を明確にし、ToDo型ストア管理によって仕事の計画を見える化することで、仕事の優先度を計画するようする。

その他、言われたことしかしない人、

他の人と仕事や物事に対する認識がずれる人、

何でも抱え込んでしまう人、

仕事がいつも中途半端な人、

すぐ忘れてしまう人、

それぞれに傾向と対策がある。

ミスは人に指摘されて対策を講じても解決策として定着することはない。

自らミスを認め、自ら解決しようとするマインドを高めることが重要。

ミスが起こらない仕組みを全体で考えるとともに、マインドを高め、個別に工夫すること。

これによってミスの起こらない職場をつくることができるということであろう。

2021年3月13日 (土)

間違う力/高野秀行

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 「私は間違っている」と言うのにも同じ矛盾がある。要するに間違っているというのは、外から見てそうわかるだけで、本人にはわからない。意図的に「間違う」としたら、それは間違いでなく、間違ったように見せかけてじつは狙ってやっているということになる。もちろん、私はほんとうに間違っているわけで、「狙って」間違っているわけではない。

著者はこれまでに自分がやってきたことを、十のパターンに分類している。

①他人のやらないことは無意味でもやる

②長期スパンで物事を考えない

③合理的に奇跡を狙う

④他人の非常識な言い分を聞く

⑤身近にあるものを無理やりでも利用する

⑥怪しい人にはついていく

⑦過ぎたるは及ばざるよりずっといい

⑧ラクをするためには努力を惜しまない

⑨奇襲に頼る

⑩一流より二流を

何をするのでも、まず実際にやらないと話にならない。

いくら毎日千回素振りをしても決して試合には出ないという野球の選手がいたとしたら、それは野球選手とはいえない。

模擬試験で偏差値75をとっても当日、電車に乗りそこなって試験が受けられなかったら、それも受験生として失格だ。

どの世界でも、試合なり本番なりに出ないとはじまらない。

どんなにアホでもデタラメでも今やっている者がやらない者よりえらいのだ。

これまで著者が30年以上ずっとやってきたのはひたすら「奇襲」である。

「人の行かないところへ行く」という私のモットーもそれだけ聞くと「わが道を行く」みたいに勇ましい感じもするが(しないかもしれないが)、ただ競合を避けているだけともいえる。

手薄なところを攻めるというのも奇襲戦法の定石。

最初から完璧をまったくめざしていないから、多少失敗しても焦らずにすむ。

ちゃんとしてなくてもいい。

気軽でもいい。

てきとうでもいい。

でも今、はじめる。

オンリーワンは、意外に、こんなところからも生まれる。

とことんやって、それでダメなら変えてもいいのだが、とことんやったと思えないうちに、どうしようかと考えてもしかたない。

他人がやっていない新しいことをやるのに、正しいかどうかなどわかるわけもない。

そんなことを考えるより、自分がワクワクしているかどうか確かめることが先決だ。

実際のところ、何をやるにもワクワクしているかどうかがいちばん肝心。

書いてあることが著者の生き方そのものであるだけに、説得力がある。

2021年3月12日 (金)

対峙力/寺田有希

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 人と対峙するために、ほかの場所から借りてきた鎧や剣で、武装する必要なんてありません。 そうじゃなくて、まずは自分自身と向き合い、「これなら戦える」という自分の武器(長所)を知ること。そして、相手と場の状況を読んで、その武器を最大限に活かすこと。


「対峙」という言葉の意味を辞書で引いてみると、「2つの勢力が向かい合って立つこと」とある。

ここには、両者の力が拮抗している=対等の勢力であるという意味が含まれる。

「対峙」の対義語は、「回避、逃避」。

逃げない。媚びへつらわない。萎縮しない。

相手を認め、自分のことも認めてもらって話すこと。

それが「対峙力」。

大事なことは、人生の分岐点で判断を間違わないように、進みたい方向だけは見失わないこと。

どんなルートであれ、大きな価値観だけは定めておくこと。

そのために、「自分は何者でいたいのか」を常に問い続ける。

これまでの時代は、「理想像から逆算して、キャリアを形成していくこと」が当たり前だったかもしれない。

だからこそ、理想の将来像を明確に持っていないといけない、と焦ってしまうのかもしれない。

でも、キャリアを逆算で考える時代はもう終わっているのではないか。

理想像を決めても、その通りになれるとはかぎらない。

むしろ、なれないことのほうが多い。

だったら、ひたすら目の前の仕事を全うして、失敗したら少しでも改善して、を繰り返しながら必死に進んで、ふと振り返ったら、いつのまにかキャリアが積み上がっている。

そういう生き方のほうが幸せなんじゃないかと思う。

対峙力のポイントは、まず自分としっかり向き合うということではないだろうか。

2021年3月11日 (木)

年収基準/西尾太

Photo_20210304062601  セルフマネジメントとは、まさに「ミッションを決め、目標を立て、実行する」という働き方です。
 自らミッションを示し、目標設定を行い、上司に認めてもらい、その目標を達成し、成果を出す。こういう人が、今後は高い評価を得ていきます。

2020年に新型コロナウイルスの猛威が、日本のみならず、世界中を席巻した。

これによって経済が悪化し、社会の仕組みが大きく変わろうとしている。

今までは会社に長く勤めていれば、お給料が上がったかもしれない。

でもこれからは、それだけでは、給与は上がらなくなる。

日本は経済の悪化だけでなく、少子高齢化が極めて深刻な問題になっており、多くの企業が長く続いてきた年功序列制度を廃止しようとしている。

2020年の新型コロナウイルス感染症によって社会が大きく変容し、今後も次のような「6つの変化」が想定される。

①年功(後払い)給与→時価払い給与(今のパフォーマンスが今の給与に)

②成果主義が顕著に

③ジョブ型(職務主義)の導入=役割で給与が決まる

④給与ダウンが当たり前に

⑤能力主義はなくなる(発揮されない能力に価値はない)

⑥隙間役職(部長代理、担当部長など)がなくなる

この「6つの変化」は年齢を問わず、すべてのビジネスパーソンの年収に大きく影響してくる。

今後は定期的に給与を上げる仕組みをやめ、今のパフォーマンスが今の給与に反映される「時価払い」の給与制度に舵を切る企業が増えていくだろう。

そうなったときに何が問われるのかというと、パフォーマンスの質。

年齢を問わず「何ができるのか」「何をしたのか」が徹底的に重視されるようになる。

何もしないシニア社員は当然給与が下がるが、それは若手であっても同じ。

リモートワークの浸透によって起きた大きな変化のひとつが、社員に対する評価の仕方。

コロナ禍以前の社会では、ただデスクでPCに向かっていたり、外回りに出かけているだけでも「あいつは頑張っている」という印象を与えることができ、その印象によって社員を評価している上司も少なくなかった。

しかし、リモートワークでは社員の働く姿を直接見ることができない。

となると、上司は「成果」で評価するしかない。

「どう働いたのか」ではなく、「何をしたのか」が最も重要な評価の指標となる。

コロナ禍以降、多くの企業が、成果をより重視して年収を決める「成果主義」に大きく舵を切ろうとしている。

リモートワークでは、上司によるマネジメントが徹底できない。

そのため、今後、多くの企業で求められるのは、セルフマネジメントができる人材。

「私はこんな仕事をして、このような成果を出します」と、自分自身で仕事を定義し、成果を出せる人ほど、高い評価・高い年収を得るようになっていく。

現在は多くの企業で「成果」と「行動」に対して給与を支払う考え方が中心になっている。

どんな業界・企業においても高く評価され、高い年収を得ている人には共通点がある。

それは、自分自身を「客観的に見る力」を持っていること。

逆に人事評価で低評価をつけられてしまう人にも共通点がある。

それは自己評価が高く(あるいは低すぎて)、周囲との評価にギャップがあること。

そういう人は周囲のアドバイスが耳に入らないので、上司も「何をいっても無駄」と考え、次第に何もいわなくなり、一向に成長できない負のサイクルに突入していく。

自分を客観視できない人には、こうしたリスクがある。

・これまでと同じ働き方をしていたら年収は上がらない

・今まで以上に成果が重視される世の中になる

・今後は役割の大きさによって給与が決まっていく

・上司や部下とのコミュニケーションのあり方も変えていかなくてはならない

これが、私たちが生きていく今後の社会。

今はコロナ禍だが、これもやがて終わる。

コロナ後、本当の意味の働き方改革が起こるのではないだろうか。

2021年3月10日 (水)

人は死なない/矢作直樹

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 人は、必ずこの世を去る。考えてみれば当たり前のことなのですが、医師がどんなに手を尽くしても、人の寿命を覆すことは絶対にできません。しかし、この厳然とした「真理」を我々はとかく忘れがちなのではないでしょうか。  

米国の統合医療の提唱者アンドルー・ワイルは、近代医学に欠けている全体を見るという立場で「人は心で治る」と力説している。

メスナーの登山は、冷徹な意思と比類なき強い意志に支えられている。

しかし、彼は1980年に人類初のエヴェレスト単独登頂に成功したとき、以下のような体験をしたと言っている。

「極限の疲労感の中で雪の上に一人で横たわっていると、突然自分の横に少女が座っているのに気付きました。自分が話しかけるとその少女ははっきりとした声で答えました。幻覚でもない、自分自身と話しているのでもない、実体のあるものが自分の横に座っていました。僅かに残った理性で否定しようとしても、彼女は語りかけてきました。結局、自分のすることは何でも彼女に相談しました。もし彼女がいなかったらあの遠征は失敗に終わっていたでしょう」『地球交響曲第一番』

近年このような極限状態における謎の存在の出現が「サードマン現象」と呼ばれるようになった。

メスナーは常々「スピリット(霊魂)、マインド(心)、ボディ(体)の調和こそが人間本来の姿である」と言っている。

彼の言によれば、このスピリット、マインド、ボディの調和が乱れたときに病をきたすということになる。

「体外離脱体験」に関してより多くの報告がされてきたのは、いわゆる「臨死状態」。

臨死体験に関する報告の多くは、患者が蘇生中であるとき、病院内で手術中に重篤な状態になった場合、あるいは病院外でも容態が悪いときの睡眠中などにおいて。

臨死体験とはその10項目のうちのいくつかを体験することと定義付けられている。

①自分が死んだという感じ

②安らぎと苦痛からの解放

③肉体離脱(体外離脱)体験

④トンネル体験

⑤光の人々

⑥光(最高位の光の存在との遭遇)

⑦一生を振り返る(走馬燈的体験)

⑧急速に天空へ昇る

⑨戻ることに対するためらい

⑩時空の感覚がなくなること

臨死体験をした人々の多くがその体験後に「死」を怖れなくなること、前向きに人生を生きるようになったことなどが報告されてきた。

中にはメルヴィン・モースの『臨死からの帰還』やケネス・リングの『霊界探訪』で述べられている事例や、落雷が頭から体を貫き床に落ちるといった、とても助からない事態の中で臨死体験をしたダニオン・ブリンクリーのように、その体験後に相手の心を読める「テレパシー」、相手に起こった出来事がわかる「透視」、これから起こることを予測できる「予知」といった超能力(霊力)を獲得する事例まである。

こうした事例の積み重ねをみていると、現実離れした臨死体験に対して初期の頃いわれていたような「脳の薬理学的作用により起こる脳内現象」といった一過性の現象とは異なる。 

近代スピリチュアリズムでは、霊魂はレベルの高い順に本体(mentalbody)、霊体(astralbody)、幽体(ethericbody)から成るとされている。

近代スピリチュアリズムにおける霊魂と体に関する本質論は、共通している。

まず、生死に関わらず肉体から離れても存続する存在を仮に「真体」と呼ぶ。

そして、肉体をまとっている(生きている)真体を「魂」、肉体を脱ぎ去った(他界した)真体を「霊」と呼ぶ。

人間はコンピュータを内蔵した着ぐるみを着たようなものであり、電源を持った魂がコード(著者注:近代スピリチュアリズムでは「シルバーコード」と呼ばれ、日本では古来「玉の緒」と呼ばれている)でその着ぐるみと繋がり、スイッチを入れた状態になっている。

この例えでいうと、魂はシルバーコードを介して電気を流し、着ぐるみおよびコンピュータを操作したりメンテナンスをしていることになる。

魂自体は他の魂や霊と交感することができ、互いの姿が見え、声が聞こえ、自由に空間を移動することができるが、着ぐるみ(肉体)をまとうとそれらの能力は封じられる。

ごく稀に着ぐるみをまとっても魂の機能が顕れる人間がいるが、そうした人々が一般に「霊感、霊力が強い人」と呼ばれている人々である。

人の「死」に関して、一般的には「歳をとって、80歳で死ぬ」というような言い方をするが、それは「肉体には寿命があり、80歳になって肉体は朽ちて無くなる」というほどの意味であり、それ以上でも以下でもない。

対して、スピリチュアリズムでは、我々の体は「魂」と「肉体」から成り立っていて、死に際して「肉体」は朽ちて消滅するが、その時に「魂」は肉体から離れてどこかにいくと考えられている。

本書のモチーフは極めてシンプルなもの。

人間の知識は微々たるものであること、摂理と霊魂は存在するのではないかということ、人間は摂理によって生かされ霊魂は永遠である、そのように考えれば日々の生活思想や社会の捉え方も変わるのではないかということ、それだけ。

「人は死なない」

臨床医として日々死と向き合ってきた著者の言葉だけに、非常に説得力がある。

2021年3月 9日 (火)

ポジティブの教科書/武田双雲

Photo_20210302082301  同じ時代に生きているのに、似たような環境で育っているのに、日々、幸せを感じながら生活している人もいれば、不満、不安、不幸を感じながら生活している人もいます。
 この差をつくりだす原因は何でしょうか。性格でしょうか。人格でしょうか。運命でしょうか。すべて「否」です。答えは、「とらえ方」です。

幸せになる三つの簡単な基本は次の通り。

1.幸せを与えること。

2.幸せであることに「気づくこと」。

3.幸せな言葉を発し、幸せな態度をとること。

そもそも「幸せ」というものは曖昧で人によって基準が様々。

お金をたくさん稼いでいるから幸せ?

有名でキャーキャー言われているから幸せ?

会社で出世したから幸せ?

そのどれもが正解であり、不正解。

なぜなら、人によってとらえ方が様々だから。

人と出会うことで起こることは大きく分けて二つある。

一つは、共通点を発見すること。

もう一つは「違い」を発見すること。

共通点を見つけたら、嬉しくなったり、楽しい気持ちになる。

「違う」ものを感じた時はどうか。

「考え方が違う」「見方が違う」「価値観が違う」

人間は、違う。

ダカラコソ互いに成長できるし、高めあえる。

違うことに対して、イライラすることもある。

「なんで、そんなこと言うの?」「なんで、してくれないの?」ってなる。

でも、やっぱり違うっていうことを「違ってよかったぁ」とか、違うからこそ体験できたね。

みたいになれたらいい。

例えば、アバウトで勢いのある人と、大人しいけど細かいことが好きな人は、ナイスコンビになる。

だから、今日から、「違うって素晴らしい」「違ってよかった」って、少しでも思えるようになったらステキ。

自分と違う価値観の人と接するのが一番自分を成長させる。

「人を変えたいなら、自分を変える」

古今東西、多くの偉人や本で言われてきた法則。

要は幸せになりたいのであれば自分の受け止め方を変えよ、ということではないだろうか。

2021年3月 8日 (月)

内臓脂肪を落とす最強メソッド/池谷敏郎

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 たっぷり溜まった「内臓脂肪」は「見た目がカッコ悪い」だけではありません。それ以上に恐ろしいのは健康を損ねる元凶となることです。

肥満には2種類のタイプがある。

ひとつは「皮下脂肪型肥満」といって、全身にまんべんなく脂肪がつくタイプ。

もうひとつは「内臓脂肪型肥満」で、お腹まわりに脂肪がつくタイプの肥満。

溜まりすぎた内臓脂肪は健康を害する物質を放出することが知られている、近年になって皮下脂肪の過剰な蓄積も有害となることが明らかとなってきた。

さらに、肝臓や心臓に溜まる「異所性脂肪」もあり、やはりこれも溜まりすぎると深刻な病気の発症につながることがわかっている。

糖尿病や高血圧症などの生活習慣病を改善するには、治療だけに頼らず、生活習慣を改善することが不可欠。

高血圧を正常化へ向ける方法のひとつが、減量、すなわち内臓脂肪を減らすこと。

内臓脂肪の蓄積と「動脈硬化」の進行は、密接に関係している。

動脈硬化になると血管が狭くなる。

そこに血液が詰まると心筋梗塞、脳梗塞が起きてしまう。

これは突然死にもつながりかねない怖いこと。

内臓脂肪は「がん」の原因にもなる。

国際がん研究機関(IARC)では、4万人以上を対象とした研究から、「内臓脂肪ががんの発症リスクを高める」と報告している。

がん予防のためにも内臓脂肪の撃退が大事。

アメリカの研究では、中年期に腹部肥満だった人は、高齢期以降にアルツハイマー型認知症を発症するリスクが3倍高くなることがわかっている。

そして、アジア人を対象とした研究においても、メタボリックシンドロームでは認知症の前段階である軽度認知障害の発症リスクが1・46倍高まることも報告されている。

内臓脂肪の蓄積を背景としたメタボリックシンドロームは、動脈硬化の原因となり、認知症につながる脳梗塞や脳出血の発症リスクを高める。

高血糖の状態が、記憶を担う脳の「海馬」という部分の萎縮を促し、記憶力の減退に拍車をかける可能性も考えられている。

逆に、若いうちからメタボリックシンドロームを改善することで、認知症の予防ができるとともに、仮に認知症になったとしても、その進行を緩やかにすることに役立つと考えられる。

認知症を予防するためにも、内臓脂肪を減らすことが大切。

驚くべきことに、この加齢臭も、また内臓脂肪と関係している。

加齢臭の原因となるニオイは「ノネナール」という成分。

この成分はじつは血中の脂肪(遊離脂肪酸)が分解されてできるもの。

内臓脂肪は食べすぎや運動不足により急速に蓄積する。

しかしその一方で、食事改善や運動などのエネルギー消費により、急速に減少する。

内臓脂肪は食事や運動などちょっとの努力をするだけでも、減らすことができる。

「内臓脂肪を落としましょう」「やせましょう」というと、「食べずにガマンする」というダイエットをする人がいる。

これは絶対NG。

極端に食事を減らすと、脂肪と一緒に筋肉も落ちてしまう。

すると食事制限をやめたときに、筋肉の減ってしまったところに脂肪がつく。

食べないのではなく、かしこく食べて、上手にやせること。

お腹ぽっこりを解消するためには、やはり「食生活の改善+運動」が最も王道であり、近道。

内臓脂肪だけをピンポイントで落とす方法はなく、やるべきことは「ダイエット」に尽きる。

ダイエットでいちばん大事なことは「続けられること」、そして「習慣にできること」。

ダイエットを始めると内臓脂肪がまず先に落ち、それから皮下脂肪が落ちていく。

皮下脂肪は一度つくとなかなか落ちないが、内臓脂肪は落ちやすい。

落ちる過程としては、内臓脂肪が落ち切ってから皮下脂肪が落ちるのではなく、途中から同時進行になっていく。

なぜ糖質制限を基本にするのかというと、現代人の肥満のほとんどが「糖質のとりすぎ」によって起こっているから。

「食べた分」と「消費する分」が均衡していれば、肥満は起こらないが、取り込んだ糖質が余ってしまうと、中性脂肪に変わって体内に溜め込まれる。

こうして蓄積したものが内臓脂肪や皮下脂肪。

プチ糖質制限のメリットはたくさんある。

主食を減らした分、副菜をしっかり食べれば、お腹も空かない。

空腹と戦わなくていいから続けやすい。

まずはいままで食べていた分の「半分の糖質」を目指す。

これを実行するだけで体重は確実に減っていく。

著者は、思い切って朝の「主食」を抜いてしまう作戦を提案する。

確かにこれだけで内蔵脂肪が減るのであれば、やってみる価値があるのではないだろうか。

2021年3月 7日 (日)

実践人財開発/下山博志

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 人財開発においては「51%の内製化」を目指すことを強くお勧めします。

人財開発とは、組織を構成する人を財として捉え、財となる人財を採用・発掘し、育成・最適配置・評価・定着・組織開発・キャリア開発などの施策を統合的に行い、組織目標を達成するための戦略的な取り組み。

「職場風土創り」「組織一体感の醸成」「人材の維持・開発」「人材の補強・強化」の視点から、短期的かつ長期的に人的資本を最適化・最大化する、統合的な取り組み。

①組織風土創りは「組織開発」「人材の保持」「キャリアプラン」で構成される。

②組織一体感の醸成は同じく「組織開発」「後継者育成計画」「パフォーマンス管理」で構成される。

③人材の維持・開発は「キャリアプラン」「能力評価」「チームと個人の育成」の戦略から構成される。

④人材の補強・強化は、同じく「チームと個人の育成」「人材の発掘」「パフォーマンス管理」で構成される。

人財開発には、個人の成長支援を通して、組織力を強化する「個別的アプローチ」として「キャリア開発施策」「成果管理施策」「人材教育施策」「採用発掘施策」という4つのアプローチがある。

これらの施策は、個人が成長することで、組織力が強化される。

組織力の強化を通して、個人と組織を成長させる「組織的アプローチ」として、「定着管理施策」「組織開発施策」「後継者計画施策」「配置登用施策」という4つのアプローチがある。

この「個別的アプローチ」「組織的アプローチ」の合計8つの施策が、人財開発を推進していく上で、重要な施策といえる。

個人と組織双方のパフォーマンスの改善・向上を支援する人財開発、組織開発の手法として、HPI(Human Performance Improvement)がある。

HPIは、以下のプロセスで運用する。

① あるべき姿と現状の人材の重要な成果とのギャップの発見・分析

② 成果向上のために、そのギャップを埋める効率的かつ倫理的に妥当な施策の立案・実行

③ 成果・業績の測定

本書では、人財開発においては「51%の内製化」を目指すべきとしている。

「人を大切にする会社」をうたっている会社は多いが、それが単なるスローガンになっている会社がほとんどだ。

現に日本の企業の人財開発にかける費用は先進国比較でも最低だ。

日本の企業の弱いところが人財開発という分野ではないだろうか。

2021年3月 6日 (土)

いちばんやさしいDXの教本/亀田重幸、進藤圭

Dx

 DXは、どんな企業でも進められます。しかし、既存の事業が運営されている現場では、紙やハンコをなくすところから、業務を変え、社風を変え、データを中心に会社を運営していく変化のステップが必要です。

DXとは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されている。

一言で表せば、「ITを使って変化を起こし、売り上げや利益を伸ばす仕組みをつくること」といってよい。

DXは難しそうなものをイメージしがちだが、シンプルにいえば、業務改善とIT化。

DXは、デジタライゼーションを通じて業務を変え、ついには新しい価値を生み出してしまうことをいう。

DXは、特別な技術や知識がなくても始められるが、踏むべきステップには多くの罠が潜んでいる。

だからDXは、会社全体に広げるといっても、やはり小さくスタートするのが原則。

現実問題として、すべてのビジネスプロセスを一度にデジタル化するのは不可能。

要は、会社全体としてDXへの道筋をつけることが重要で、会社規模で「小さなデジタイゼーション」「お試しデジタライゼーション」とステップを踏んでいくようする。

議論や重厚な計画をするのに時間が使われ、多くの会社でDXがなかなか始まらないのは「デジタル化で何が起きるか」がイメージできていないから。

小さな成功を早く見せてしまえば「デジタル化で何が起きるか」が見えるようになる。

まず行うのは、自社の業務プロセスの把握。

各部門がどのような業務をどのようなプロセスで行っているのか、会計年度単位で、半期、四半期、月次、日次、など期間ごとに把握していく。

そのなかでデジタル化の余地がある業務プロセスを見つけてリスト化していく。

このリストをもとに、優先順位をつけるのが次の工程。

計画書は、単なる工程表ではない。

DXまでのフェーズがわかるのはもちろんのこと、各フェーズをどのように進めるのか、その先にどのような未来が待っているのか、どんなビジネス価値が生まれるのかを社内のあらゆる立場の人に伝わるように作成する。

客観的な目で見ると非効率な業務は思いのほか多いもの。

そのような業務は、現場のユーザーにとって使いにくいシステムが稼働していると考えて間違いない。

まずはそういう業務からデジタル化の手段を考えていく。

課題を特定できたら、社内で稼働しているシステムの状況を把握していく。

システムマップを作成することで業務システムとデータの連携が可視化される。

ビジネスがどのように行われているのかイメージが深まるだろう。

各業務プロセスにおいて、どのような業務システムやツールを使い、どのようにデータが流れているか可視化するときに作成するのがシステムマップ。

システムの存在把握とデータの流れ、2つの観点でシステムマップを作成する。

DXは、一定の効果が出しやすい施策の1つだといえる。

期せずして訪れたコロナ禍によって、テレワークやシェアリング、そしてそれらを支えるデジタルの可能性に注目が集まった。

働き方の選択肢が増えたことは、労働人口に伸びしろがあることを示している。

効率化や自動化、新しいビジネスモデルを開発するDXはいまの日本が強烈に必要としている技術だが、10年後には「世界が強烈に必要とする技術」になる。

ここからの10年でDXが日本のお家芸になっていけば、輸出産業にして海外の人口減少に悩む国々に売り出していけば、新たな成長のシナリオが描けるのではないだろうか。

2021年3月 5日 (金)

賢さをつくる/谷川祐基

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 「頭のよさ」とは考え方や思考方法の差に過ぎず、いつでも好きなときに自分で変えることができる。

頭がよい人とは、アウトプットとインプットのバランスに長けている人。

そして、質のよいアウトプットのためには、それなりのインプットが必要。

インプット力とは、「抽象化能力」のこと。

アウトプット力とは、「具体化能力」のこと。

よく傾向と対策というが、本当の「傾向」とは、過去の問題を抽象化して出題の意図を探すことであり、「対策」とはその意図を具体化して次の出題を予想すること。

説明が上手な人は、抽象的なことを具体的に説明する「たとえ」や「比喩」が上手。

思考とは、具体化と抽象化の往復運動。

頭がよい人とは、具体化と抽象化の往復運動が得意な人のこと。

本書では、「思考とは抽象と具体の往復運動である」と定義した。

そして、頭のよさとは、

・「具体」と「抽象」の距離が長い

・「具体化」と「抽象化」のスピードが速い

・「具体化」と「抽象化」の回数が多い

の3つであると定義している。

考えを、抽象的な《右》に寄せたり具体的な《左》に寄せるためにはどうすればよいのであろうか?

いちばん簡単でかつ強力な方法は、抽象度を変える「質問」を自分にすることだ。

抽象度を操作する「質問」はいくつかあるが、その中でもっとも実用性が高くておすすめできるのは、「5W1H」の質問である。

5W1Hとは、

・When(いつ?)

・Where(どこで?)

・Who(だれが?)

・What(なにを?)

・Why(なぜ?)

・How(どのように?/どれくらい?)

の頭文字

ポイントは、5W1Hのうち「Why(なぜ?)」だけが抽象的な《右》に向かう質問であり、残りの4W1Hはすべて具体的な《左》に向かう質問であるということ

《右》向きの思考をしたければ「Why(なぜ?)」という質問をし、《左》向きの思考をしたければ残りの4W1Hの質問をすればよい。

階層構造を使いこなすコツの1つ目は、MECEを気にしないこと。

思考のフレームワークを説明する教科書では、必ず「階層構造を使うときは、MECEに分類するよう気をつけなさい」と書かれている。

しかし、断言するが、教科書に書かれているこの言葉は間違っている。

階層構造でのMECEは論理的には大切なのだが、実際は難しすぎて誰にも使えない。

この問題は困ったことだが、実は非常にシンプルに解決できる。

「それ以外」という選択肢を付け足せばよい。

素晴らしいのは、実際にモレなくダブりなく分類するのは非常に難しいにもかかわらず、この「それ以外」を付け加えるだけで論理的にMECEが保証されること。

階層構造を使いこなすコツの2つ目は、「余白」である。

《右》にも《左》にも余白が欲しい。

余白があると、自分の限界を破って具体化と抽象化ができる。

頭のよさの要素の1つは、《右》と《左》の距離である。

《左右》に余白を作って意識的に余白に移動することで距離が延び、「頭がよくなる」。

《右》に広げたければ、抽象化する質問をする。「なぜ?」「要するに?」「つまり?」「まとめると?」「本当は?」「目的は?」「そもそも?」という質問をする。

《左》に広げたければ、具体化する質問をする。

具体化する質問で使いやすいのは、やはり先に紹介した「4W1H」「たとえば?」「TPO」。

《左》と《右》の他に、もう1つ使うと便利なのが「並列」の質問。

「並列」の質問を使うと、抽象度を変えずに階層の中を広げることができる。

もっとも代表的な「並列」の質問は、「他には?」

《右》への質問、《左》への質問、そして「並列」の質問という3種類の質問を使うことで、階層構造の中を自由かつスムーズに移動することができる。

そして、どこまでも思考を広げることができる。

このように、「階層構造」のフレームワークは、上手に使うと、簡単に具体と抽象の距離を延ばし、スピードを上げ、回数を増やす、非常に便利なツールなのである。

まずこれらを使いこなすことによって、考える力は格段に向上するのではないだろうか。

2021年3月 4日 (木)

自分をほめる習慣/原邦雄

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 わたしの実感だと、9割、いやそれ以上の人には、「ほめ」が不足しています。
 多くの人が、慢性的な「ほめ不足」なのです。
 慢性的な「ほめ不足」が続くと、負のスパイラルに入ってしまい、自分に自信が持てなくなります。そして、自分を大切にすることができなくなってしまいます。
 周りからの「ほめ」が足りないだけではなく、自分をほめることもできなくなってしまうのです。

人の悩みには、大きく分けて3つのカテゴリーがあると言われている。

「人間関係」「仕事・お金」「健康」。

この3つのいろいろな問題を、「自分ほめ」は立ちどころに解消し、さらに身についた自信で今以上のステップアップを可能にしてくれる。

「人間関係」と言えば、〈他人との関係〉をイメージするが、〈自分との関係〉も大切。

心理学に、こんな言葉がある。

「人は、自分を愛する程度にしか他人を愛せない」

もしも自分が誰かをほめることができる人だとして、同時に自分をほめることをしていないとする。

すると、自分が相手をほめられる度合いというのは、自分が自分をほめている度合い以上のものにはならない、ということになってしまう。 

いったい誰が、自分を支えてくれるのか?

そう、自分自身。

自分のなかの「もうひとりの自分」だけが、本当の意味で、自分に共感し、自分を支え、勇気づけてくれる。

傷ついた自分を癒してくれる。

成功者はみんな「自分ほめ」をやっている。

自信を持っている人は「自分ほめ」を習慣にしているし、大成功した人や歴史上の偉人もまた、ほとんどが「自分ほめ」を自然とやっている。

では「自分ほめ」は、どんな人の役に立つのか?

それは、「自分の望む人生を送りたいすべての人」。

過去、現在、そして未来の自分をつなぎ、「本当に良い人生だ」「生まれてきて良かった」「夢ってやっぱり叶うんだ」と思えるようになる。

それが「自分ほめ」の力。

「自分ほめ」には6つのメリットがある。

①行動できるようになる

一番のメリットは、行動できるようになること。

何かに挑戦しようと思っても、できない理由を見つけて、後回しにしてしまい、進まないことが多い人をよく見る。

わたしたち人間は、変化に弱い動物。

でも、変化しないとストレスがたまるのも事実。

②自信が身につく

「自分ほめ」によって行動できるようになると、自然と結果が出る。

ただ、良い結果、そうでない結果、どちらになるかはわからない。

どちらの場合でもきちんとそのあとに「自分ほめ」をすることが大切。

③情報の質が高まる

ときには、どんなに行動しても、なかなか結果に結びつかないときがある。

そんなときでも、結果につなげるためには、行動の量を増やさないといけない。

行動を加速させ、量が増えることで情報の量が増える。

人脈が増えると、アドバイスをもらえる量が増える。

本や雑誌を読む量が増えると、選択肢が増える。

情報の量が増えると、自然と情報の質が高まる。

いつの時代も、情報は何より大切。

自分の人生の質を高めるには、情報の質を高める必要がある。

④アイデアが出やすくなる

情報の質が高まると、アイデアの質が高まる。

アイデアとは、ゼロから生み出されるのではなく、多くが「組み合わせ」により生まれる。

情報が自分が持つ知識やビジョンなどと組み合わさることにより、新たなアイデアが生まれる。

⑤幸運体質になる

幸せとは、「自分の手の中にあるものに気づくこと」。

そして、その幸せに感謝できる人のもとには、自然と人が集まってくる。

自分のことより、周りの人たちの幸せや喜びを先に考えているので、幸せの連鎖が起こり、その幸せの連鎖を求めて、たくさんの人が集まってくる。

そんな幸せを引き寄せるような人を「幸運体質の人」と呼んでいる。

⑥つらかった出来事もガソリンに変えることができる

思い返したくない出来事も、人生の時を重ねると何回か訪れる。

その思い返したくない出来事をそのままにしておくと、トラウマになったり、自信がなくなってしまったりする。

自分ほめの知識、考え方の技術が身につくことにより、自己肯定感が高まり、マイナスをプラスに変換できるようになり、楽になる。

やる気に変換できるようになる。

さらに、その出来事をエネルギーに変えることができたら、これからどのようなことが起きても想定内とすることができ、プラスの変換ができるようになる。

そして、すべての出来事を、自分の成長の糧(ガソリン)に変えてしまうことができたら、鬼に金棒。

メリットに伴って、「自分ほめ」が自然と解消してくれるものがある。

それが、人間の3大悩みである「人間関係」「仕事・お金」「健康」。

「自分ほめ」を習慣にして人間関係が良くなる、もしくはセルフイメージを高く持てるようになれば、行動できる自信とともに、困難でも乗り越えられる強さを身につけることができるようになる。

自分が、仕事やプライベートで具体的に自分の「行動」をほめると、潜在意識くんはどんどん自分に自信を持てるようになる。

それが結果として、自分の自信につながる。

実際に、小さなことからでも「自分ほめ」をしていくときに、どんなところをほめていけばいいのか?

4つのテーマがある。

・自分の良いところ

・がんばっていること

・傷ついたこと

・「乗り越えられた」と思うこと

「自分ほめ」意外とやっていないことに気づかされた。

2021年3月 3日 (水)

トップセールスが絶対言わない営業の言葉/渡瀬謙

Photo_20210224062601  売れる営業マンになるためには、うまくしゃべることよりもはるかに大事なことがあります。それは相手の心を察することです。しゃべりがうまい営業マンの言葉を誰もが聞いてくれると思ったら大間違い。むしろ、一方通行で長々とした説明ほど聞いてくれません。

じつはトップセールスの言葉の中には、「これを言えば売れる」というものだけではなく、「これを言ったら売れない」というものも多数ある。

売れるトークをお客さまの前でどんなに披露しても、言ってはいけない言葉をひと言使ってしまうだけでアウトになる。

トップセールスになるような人は、トークそのもののうまさはもちろんだが、お客さまを不快にさせるような言葉もいっさい使わない。

これを言ったら売れないということを、体験的にわかっている。

いまの時代、押しのトークだけでは売れない。

お客さまの気持ちに寄り添って、信頼を得る言葉の使い方が求められている。

例えば、知らない人が笑顔で近づいてきたら、人は避ける。

ところが、自分が営業をする立場になると、同じようなことを当たり前のようにやってしまうのが、営業マンの悪しき習性。

営業に限らず、知らない人に笑顔で近づくのは警戒されるが、知っている人に親しみを込めた笑顔を向けるのは普通のこと。

気をつけたいのは、営業だからといって独特な表現(営業スマイルなど)をしなければいけないと思い込まないこと。

売れる営業マンは、決して時間に遅れない。

ほんの数分早く行動するだけで、好印象を与えられるのなら、早く着きすぎるくらいのほうがいい。

本当に売れている営業マンというのは、何があっても遅刻しない。

理由は、万が一にも備えて行動しているから。

初めて行く場所だとしたら、道に迷う可能性もある。

その場合も、迷う時間も含めたスケジュールで行動すればいい。

もちろんその分だけ多めの時間が必要になるが、それを無駄な時間ととらえるかどうかが、売れている人とそうでない人の違いといえる。

なぜ売れている人は最初に雑談をするのか。

その理由は、沈黙を回避するためではない。

そのあとの仕事の話をスムーズに進めるため。

そこで心がけるべきことは、自分がしゃべるよりも相手にしゃべってもらうこと。

売れている人は例外なく、雑談がうまい。

営業マンがお客さまとの雑談でよく使いがちなのが「天気の話」。

営業本などにも、天気の話から始めましょうと書いてある。

ところが、トップセールスの人ほど天気の話はしない。

天気の話というのは、誰でも簡単に使えるので話しやすい話題。

しかし、雑談というのは、一人で話すものではない。

お互いに会話にならないと意味がない。

そう考えると、「今日はいい天気ですね」などと最初は切り出せるが、そのあとの会話に発展しにくいのがこの話題の特徴でもある。

もちろん天気の話が絶対にダメだとは言わない。

うまく会話をつなげることができるなら、立派な雑談のネタになる。

でもそのためには、それなりの会話のスキルも必要になってくる。

それよりも相手の身近にあるものを話題にしたほうが、関心度が高いので〝相手にとって話しやすい〟ことになる。

たとえば、駅からの道のりなどは、その人にとって日常で身近な光景。

できる営業マンはそれを見逃さない。

駅からお客さまのところへ向かう途中の建物や風景などをチェックしている。

そしてこんなふうに切り出す。

「ここに来る途中で人が行列をつくっているラーメン屋がありましたけど、有名なんですか?」

「駅を降りてすぐのところに、懐かしい駄菓子屋があるんですね。つい寄りたくなりましてね」

相手の周辺情報を観察してそれを話題にする雑談なら、比較的容易にできる。

売れている営業マンというのは、その場がおもしろい話で盛り上がることよりも、お客さまの気持ちを最優先している。

お客さまが楽しそうに話しているのなら、そっとその話を聞く。

どんなに自分のほうがおもしろい話題を持っていたとしても、あくまでも主役はお客さま。

そうしてひと通り相手の話題で通すと、次の話に移行しやすくなる。

営業とお客さまは、常に対等の立場。

売るほうも買うほうも、どちらが偉いということはない。

どちらかが頭を下げるばかりの関係では、どこかにひずみが出てくるもの。

なので、安易に「すみません」を使わないクセをつけること。

しかしそれでもできるだけ「すみません」を使う機会を減らす工夫が必要。

優秀な営業マンほど、そんな小さなミスには敏感。

・万が一のときに備えて時間にゆとりを持って行動する

・ミスを見逃さないためにも、見直しやチェックを怠らない

・相手から指摘を受ける前に、自分で気づくように意識する

普段からこうした態度で仕事をしていると、それはお客さまにも伝わる。

ミスをして「すみません」と言いながら信頼を損なうか、それとも、きちんと仕事をする姿勢で信頼を得るか。

どちらが売れる営業マンかは一目瞭然。

どんなに小さな約束でも、きちんと守ることを意識しておくだけで、お客さまからは一目置かれる存在になれる。

つまり、売れる営業マンは徹底して相手の立場に立っているということではないだろうか。

2021年3月 2日 (火)

なぜ、あの会社は儲かるのか?/山田英夫

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 スター・マイカでは戦略として、「何をしないか」を明確に定めている。第一に海外には進出しない。これは前述したように賃借人の権利の弱い国では、スター・マイカのビジネスモデルは機能しないからである。第二にデベロッパー事業には手を出さない。そして第三に大規模集中投資はしない。

近年、ビジネスモデルのイノベーションが求められてきた。

製品のイノベーションだけでは、長期にわたる競争優位を維持することは難しくなってきたからである。

それでは新しいビジネスモデルは、どのようにしたら構築できるのだろうか。

その方法は、大きく三つ挙げられる。

まず第一の方法は、自社でゼロからビジネスモデルを構築する方法である。

いわば、〝第二のアップルやグーグル〟を目指す方法であるが、日本の大企業にとって、ビジネスモデルをゼロから生み出すことは難しい。

第一の方法が難しいとすれば、他社にあるヒントを手掛かりにビジネスモデルを構築していく方法がある。

模倣には二種類があり、第一は同業(海外を含む)のベンチマークである。

コクヨがプラスを模倣し、ローソンがセブン―イレブンを模倣した例がこれにあたる。

そして最後に残る方法が、異業種にあるモデルから学ぶパターンである。

異業種には自分の業界で凝り固まったメガネでは見えない〝ビジネスモデルの原石〟が、多数ころがっている。

本書は、この三番目の異業種をヒントとしたビジネスモデルの構築に着目し、それを発見するための視点を提供することを目的に書かれた。

それに加え本書からは、以下のような三つの示唆が得られる。

第一の示唆は、多くのメーカーがビジネスモデルを変えるためにサービス事業に進出しているが、うまくいっているケースを見ると、サービス事業の売上増を狙うよりも、サービスに事業を広げることによって、ハードウェアの利益率向上に貢献していることである。

たとえばコマツは、建機を販売した後、交換部品やメンテナンスで利益を上げている。KOMTRAXを使って予防保全ができるようになり、純正の交換部品が適正価格で売れ、これが利益率を向上させている。

故障した後であれば激しい価格競争に巻き込まれてしまう世界で、〝壊れる前日〟に顧客を訪問することで、値崩れしない仕組みを作り上げた。これがコマツのビジネスモデルの鍵である。

ブリヂストンのタイヤソリューションも、メンテナンスやリトレッド事業を拡充することによって、リトレッドしやすい自社の新品タイヤがより売れていくことが、ビジネスの鍵である。

第二の示唆は、永続的(サステナブル)なモデルであるためには、ビジネスモデルは一社の利益極大化ではなく、サプライチェーン、競合、顧客、環境とウィン・ウィンの関係を構築することが重要だということである。

たとえばスター・マイカやガリバーでは、伝統的な不動産会社や中古車業者と戦うのではなく、仕入れ・販売関係でのパートナーとなり、ウィン・ウィンの関係を作っている。

楽天バスサービスは、楽天の利益を追求するのは当然であるが、零細バス会社の資源を有効に使うという業界全体のレベニュー・マネジメントにも貢献した。

さらに星野リゾートは、従来競合関係にあると思われていた旅館・ホテルが星野に運営を委ねることにより、両者の経営資源の有効活用につなげている。

日本ゴアも、ファブリクス・メーカーと共同で、最終製品の価値向上に努めている。

トランスファーカーは、顧客と他社と同社とのウィン・ウィン関係がビジネスの原点である。

顧客価値と顧客の経済性の両立 そして第三の示唆は、顧客価値と顧客の経済性に関して、「付加価値は高いが価格が高い」では駄目で、一方「付加価値は低いが価格も安い」でも成功しないということである。

前者ではニッチ企業から脱皮できず、後者ではアジア諸国にコスト競争で勝てない。

日本企業にとっては、「付加価値が高いが、顧客の経済性から見てリーズナブル」な事業であることが必要である。

顧客の経済性とは、製品単品の価格が安いことではない。

顧客のトータルコストが安くなることである。

このためには、顧客がその製品・サービスを購入する際に負担するコストを全てリストアップし、そのトータルコストを下げていく努力をしなくてはならない。

たとえば、製品のコストよりも設置コストを下げる方が有効な場合もあり、その場合には、その事業までバンドリングして、適価で提供する必要もあろう。

ブリヂストンのリトレッドタイヤは、価格だけであれば中国製にかなわないが、耐久性とCO2排出量の削減、バス・トラック会社がタイヤに関して忘れてよいことなどを合わせると、顧客の経済性に合う。

グローバル競争においては、付加価値はもちろんであるが、誰が計算しても合理的な顧客の経済性も同時に追求していくことこそが、日本企業の進む道ではないだろうか。

2021年3月 1日 (月)

幸福優位7つの法則/ショーン・エイカー

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 幸せは「成功に先行する」のであり、単なる「成功の結果」ではない

多くの人は、「ここで昇給を勝ち取れば」「次の売上目標を達成できれば」「成績がもうワンランク上がれば」「あと3キロ痩せせさえすれば」……、もっと「幸せ」になれると考える。

いつもこの順序だ。

「成功」が先で「幸せ」はあとに来る。

ただしここには問題がある。

それはこの図式そのものが成り立たないということだ。

成功が幸せをもたらすのであれば、昇進した社員、入学試験に合格した学生など、何かの目標を達成した人はみな幸せになっているはずだ。

しかし実際には、勝利を勝ち取るたびに、成功のゴールポストはさらに前方へと押しやられていく。

そうして幸せは、地平の彼方にどんどん遠ざかっていくのである。

英国詩人ジョン・ミルトンは、叙事詩『失楽園』で、「心はそれ独自の場所である。その中で地獄から楽園を作り出すことも、楽園から地獄を作り出すこともできる」と書いている。

ミルトンの時代から300年たったいま、この言葉が現実となっているのを目の当たりにしている。

時間と精神のエネルギーを最も多く投入している状況がその人の現実になるのである。

人間の脳は、普通の気分のときでもネガティブな気分のときでもなく、ポジティブな気分のときに最もよく働くようにできている、ということが証明されている〟

ポジティブ心理学の分野で次々と出てくる研究結果を知れば知るほど、これまで私たちが個人的な、もしくは仕事での成功に関して抱いていた考えが間違いだったということは明らかである。

仕事で成功する一番の近道は、脇目も振らずにがんばることではない。

また上司として部下にやる気を出させたいと思うなら、大声で命令して社員を怯えさせたり、ストレスまみれにしたりしてはいけない。

幸福感や楽観主義に関する画期的な新しい研究がいまや、学問とビジネスの世界の常識をひっくり返しつつある。

膨大な量の調査を終了して分析を終えたとき、具体的で、行動に移すことができ、効果が実証済みの、成功と達成に関わる7つのパターンを特定することができた。

法則1 ハピネス・アドバンテージ

ポジティブな脳は、平常時の脳やネガティブな脳に比べて、生物学的な優位性をもつ。この法則から、脳を再訓練して積極性を高めることで、生産性や業績を改善する方法が学べる。

法則2 心のレバレッジ化

自分の置かれた状況をどのように経験するか、またその中で成功できるかどうかは、マインドセット、すなわち心の持ちようによって絶えず変化する。この法則から、幸せと成功をもたらすてこの力が最大になるように心の持ちよう(てこの支点)を調整する方法が学べる。

法則3 テトリス効果

ストレスや悪いことや失敗にばかり注目するパターンが脳の中に出来上がってしまうと、挫折への道に自らを追い込むことになる。この法則から、脳を再訓練して肯定的なパターン(ポジティビティ)を探せば、どんな状況からもチャンスが見出せるということが学べる。

法則4 再起力

挫折やストレスや困難のさなかでも、人の脳はそれに対処するための道を考え出す。失敗や苦難から立ち直るだけでなく、その経験があったからこそ、より幸せになり成功をつかむ道を見出せるということがこの法則から学べる。

法則5 ゾロ・サークル

大きな試練に圧倒されると、理性が感情に乗っ取られてしまう。まず達成可能な小さなゴールに注目してコントロール感覚を取り戻し、それから徐々に範囲を広げて大きなゴールを達成する方法を、この法則から学ぶことができる。

法則6 20秒ルール

人間の意志の力には限界がある。いい方向に変化してもそれを持続させることは難しい。意志の力が尽きれば、もとの習慣あるいは「最も抵抗の少ない道」にずるずると戻ってしまう。この法則から、エネルギーの調整によって、別の道を「最も抵抗の少ない道」にし、悪しき習慣をよい習慣に置き換える方法を学べる。

法則7 ソーシャルへの投資

試練とストレスに見舞われると、身を丸めて自分の殻の中に閉じこもってしまいがちだ。しかし最も成功している人々ほど、友人、同僚、家族との人間関係を大事にして、それを推進力としている。この法則からは、成功と卓越をもたらす大きな因子、人のネットワークにもっと投資する必要があることを学べる。

本書の中心となる「7つの法則」は、ここ20年ほどの心理学の革新的な研究に基づいており、そこに著者自身の「幸せと成功の関係」に関する研究結果を肉づけしたものである。

これらのツールは、職業や立場にかかわらず誰もが、日々の仕事を成功させるために使うことができる。

もう変わらなくていいと信じることが幸せなのではない。

自分は変われると思うことが幸せなのだということであろう。

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